第6章 聖戦②

6.2 世界を揺るがす事件

6.2.1開戦の狼煙


 世界が燃えている。


 静寂を切り裂く爆音。

燃え盛る炎の赤と、闇を引き裂く白い閃光。

嘆きと叫び、歓喜と熱狂が交錯する。


 モニターに映し出される映像——

倒壊する政府機関のビル、炎に包まれた高速道路、停電し黒く沈んだ大都市、銃声が響く広場、血に染まる歩道。

恐怖に歪む人々の顔。

そのすべてが、わたしたちの名とともに世界へと刻まれる。


 「白華神美新生(ヴァイス・ブルーテ)」


 その名が報道されるたび、信者たちは歓声を上げ、涙を流す。


 「世界が変わる……!」

 「神の御業だ……!」

 「これでやっと……!」


 彼らの声が昂ぶり、歓喜と狂気の熱が空間を満たしていく。


わたしはゆっくりと立ち上がる。

両脇には、レアとミナ。


 「……ふふ、」


 フルートのように甘く高い声が喉を震わせる。

歓喜のざわめきが、一瞬で静寂へと変わる。信者たちの視線が、熱を帯び、わたしの姿を見つめる。


 わたしの身体を支えながら、レアとミナは微笑む。

白磁のような指がわたしの腕をそっと包み込み、蹄の蹄鉄の音が床を鳴らす。


 わたしの歩みに合わせて、長い銀の髪が滑るように揺れる。

白く透き通る肌は、月光を浴びて神々しい輝きを放つ。

36本の指がゆっくりと動き、長く伸びた爪が空気を裂く。


分裂した舌がわずかに動き、牙の間から冷たい息が漏れる。


 「——よくやったわ、わたしの愛しい子どもたち。」


 たった一言。

それだけで、信者たちは歓喜のあまり嗚咽を漏らし、震えながら跪く。


レアが、わたしの頬にそっと手を添える。

ミナが、わたしの腕を優しく撫でる。


二人の瞳は、紅と金に燃え上がり、わたしの存在を映し続ける。


 「世界は、今まさに産声を上げたばかり。わたしの愛しき子らよ、これは始まりなのよ……」


 信者たちは頷き、涙を流しながら崇拝の言葉を囁く。


 「白華神(ヴァイス・ブルーテ)……」

 「わたしたちの神……!」

 「どうか、さらなるお導きを……!」


 熱狂の中、わたしは目を細め、唇を綻ばせる。


 「さあ、わたしとともに、新しい世界を創りましょう。」


 その瞬間、信者たちの歓声が爆発する。


 血と硝煙の香りが渦巻く中、世界は、確かに変わり始めたのだ。








6.2.2 神の宣戦布告


レアとミナに支えられながら、わたしは白き壇上に立つ。

全身を照らす光の海の中、わたしの身体は白磁の偶像のように静かに輝いている。


銀の滝のような髪が足元に広がり、36本の指がゆっくりと開かれるたび、純白の爪が光を反射して煌めく。

わたしを囲む信者たちは、静まり返り、息をひそめる。


——彼らは待っている。


わたしの声を、わたしの言葉を、わたしの神託を。


「わたしの愛しき子どもたち……」


高く、透き通る声が響く。

フルートの音色のように甘く、柔らかく、けれど決して逃れられぬほどに深く、信者たちの魂に絡みつく声。


「もう、迷う必要など何もないのよ……」


わたしは微笑む。

薄く、静かに、けれどその微笑みはあまりにも鮮烈で、見た者の心を捕らえて離さない。


「この世は醜いものに満ちているわ。人間は穢れ、汚れ、愚かで、何ひとつ価値を持たない。だから……」


爪の先を軽く持ち上げ、レアとミナの支えを借りながら、わたしはゆっくりと前へ歩む。

白銀の翼がわずかに震え、純白の九本の尾が空気を撫でる。


信者たちの視線が、わたしの一挙手一投足を追う。


「この世に、哀れな人間はもういらないの」


その瞬間、歓声が湧き上がる。

涙を流し、震えながら、信者たちは床に額を擦りつけ、絶対服従を誓う。


「白華神──! ヴァイス・ブルーテ──!」

「あなたの御言葉に従います!」

「わたしたちを導きください!」


わたしは彼らを見下ろし、緩やかに指を開く。

白き手のひら、36本の指が美しく広がり、まるで咲き誇る白百合のようにゆらめく。


——この瞬間、世界が変わる。


「さあ、新しい時代を始めましょう?」


***


わたしの姿を映した映像が、世界中へと放たれる。

全世界が、いま、この瞬間、わたしの存在を知る。


モニターの向こう側で、人々は息を呑む。

ある者は恐怖に震え、ある者は畏怖し、ある者は恍惚の表情を浮かべる。


「これは……人間なのか?」

「違う……あれは……」

「神……」


中には、わたしの美しさに魅了され、涙を流しながら膝をつく者もいる。

彼らはもうすぐわかる。

わたしが何であるのか、何を為すのか。


「人間の時代は終わるの。これからは、わたしたちの世界──」


わたしは微笑む。

純白の薔薇のような耳がわずかに揺れ、五本の角が神々しい輝きを放つ。


「美しく、完全なる世界が始まるわ」


***


その宣言は、各国の政府を震撼させた。

すぐさま緊急会議が開かれ、決定は早かった。


「これは、もはやカルトの問題ではない」

「奴らは人類の敵だ。壊滅させるしかない」


そして、わたしを討つための軍が動き出す。

彼らはわたしを滅ぼそうとするでしょう。

けれど、それは無駄なこと。


だって、わたしは神なのだから。








6.2.3 聖戦の始まり


──その瞬間を待ち望んでいたのね。


 わたしの足元にひれ伏す者たちの嗚咽が、白く静謐な空間に響く。

涙を流し、震える指先で頬を押さえながら、彼らは口々にわたしの名を呼び、歓喜に打ち震えている。

純白の祭壇の上、銀色の髪を広げ、わたしは静かに微笑んだ。


 「白華神(ヴァイス・ブルーテ)……!」


 崇拝の声が波のように押し寄せ、わたしの身体を優しく包み込む。

レアとミナが両脇に寄り添い、わたしの腕をそっと支えた。

彼女たちの細く美しい指がわたしの肌を滑るたび、心地よい甘やかさが背骨を駆け上がる。


 純白の肌を持つ信者たちは、まるで陶器の人形のように滑らかで、無垢だった。

彼らの瞳には血の気がなく、涙さえも聖なる露のように静かに零れ落ちる。

わたしの名を呼ぶ声は、まるで聖歌のように甘美だった。


 「白華神(ヴァイス・ブルーテ)……!」

 「わたしにもっと、変異を……!」

 「神のために、この身を捧げます……!」


 一部の信者は、自らの指を捧げようと刃を振り上げ、ある者はその場に膝をつき、己の肉を抉り取る。

赤い血が白の世界に散り、まるで薔薇の花弁が舞うように美しく、妖艶だった。


 けれど、そんなことは些末なこと。


 「さあ……わたしの愛する子らよ。」


 甘く、蕩けるような声で、わたしは囁く。


 「戦いなさい。わたしの名のもとに。」


 それはまるで愛の言葉を囁くように。


 「すべてを滅ぼしなさい。」


 信者たちの歓喜は絶頂に達し、彼らの異形の身体が痙攣するように震えた。

白磁のような肌が波打ち、狂気に染まった瞳が光を放つ。誰もが歪んだ笑みを浮かべ、血を滲ませた唇を震わせながら、わたしの言葉を繰り返す。


 「白華神……! 白華神……!」


 それはもはや絶対の神託。


 ──そして、その時は訪れる。


突如、白き神殿の扉が震えた。

低く、鈍い音が響く。


地鳴りのような振動が足元から這い上がり、空気が緊張に包まれる。


 「……来たわね。」

 わたしは静かに微笑む。


 政府軍の突入は、まるで予定された儀式のようだった。


 武装した兵士たちが建物を包囲し、銃声が空気を裂く。

しかし、信者たちは誰一人として恐れない。

彼らはすでに人ではないのだから。


 誰かが狂ったように笑い、誰かが骨を鳴らして武器を構える。

刃を手に取る者、爪を剥き出しにする者、そして、己の肉体そのものを武器として差し出す者──


彼らは、わたしのために戦う。


 「白華神美新生(ヴァイス・ブルーテ)よ、進化の時よ!」


 信者の叫びが戦火の号砲となる。


 レアとミナがわたしを支えながら、静かに微笑んだ。

彼女たちの赤と金の瞳が、淡い熱を帯びる。


 わたしは、ただその光景を眺めながら、そっと目を細める。


 ──すべてが、美しい結末へと向かっているのだから。

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