第5話 糸が切れた操り人形
シャンロン軍は、事前に周到な準備を整えていたかのように、日本の防衛ラインをいともたやすく突破し、主要な港に上陸した。
東京湾、大阪湾、福岡の三カ所に展開し、瞬く間に制圧を開始。すでに制空権はシャンロン側に握られており、日本の航空戦力は地上に釘付けになっていた。各地の空港は麻痺し、自衛隊の輸送機すら飛び立てない。
しかし、そのとき自衛隊は 何もできなかった。
沈黙する指揮系統
自衛隊司令部では、迎撃命令を待つ隊員たちが、張り詰めた空気の中で指令を待ち続けていた。
だが—— 何も指示は下りてこない。
「命令が来ません!」
「どうすればいいんだ!? 早く撃てと命令を!」
混乱する隊員たち。しかし、自衛隊は独自の判断で敵を攻撃する権限を持っていなかった。命令がなければ、何もできない。
上層部は政府からの指示を待ち続けたが——その政府自体が 決断を下せず、機能を停止していた。
「総理、決定を! 迎撃命令を!」
「……検討中だ」
「敵がすでに上陸しているんですよ!? 早く撃たないと——」
「外交的な配慮も必要だろう。無用な刺激は……」
総理は自分の言葉にさえ自信を持てず、官僚たちはお互いの顔色を窺うだけ。防衛大臣は怯えたように電話を握りしめ、何度も総理に進言しようとするが、結局何も言えずに終わる。
その間にも、シャンロン軍は着々と進軍を続けていた。
各地の駐屯地からは繰り返し司令部に問い合わせが入る。
「指示を! せめて指示を!」
「……未だ政府からの正式な命令はない」
「くそっ、何をしてるんだ政府は!」
やがて司令部の電話が鳴り響く。官邸からの連絡かと期待したが、そうではなかった。
「閣僚の一部が羽田を離陸しました!」
「……は?」
「防衛大臣も、副総理も、政府要人が次々に国外へ脱出しています!」
裏切りだった。政府は戦う前から敗北を受け入れ、要人だけがいち早く日本を脱出していたのだ。
最後の望みは、日米安保だった。
防衛省の一部は在日米軍に救援を求めた。
「敵軍が上陸した! 迅速な軍事支援を!」
しかし、返ってきた答えは冷酷だった。
「本国と協議中だ」
「本国? 協議中!? 日本が侵略されてるんだぞ!」
「我々の最優先事項は、米国の国益だ。まずは状況を見極める必要がある」
それは、何もしない という意味だった。
日本政府が完全に機能不全に陥っていることを確認した米軍は、あくまで「交渉の余地」を探ることに終始した。
「シャンロン政府と接触を試みる。日本が安定するならば、どんな形であれ、我々はそれを支持する」
「ふざけるな! それじゃあ、日本を見捨てるってことじゃないか!」
「我々は軍事的選択肢も排除しないが、今すぐ介入するとは言っていない」
絶望が広がった。
もはや日本は、守るべき政府もなく、頼るべき同盟国もなかった。
そして、時間切れが訪れる
命令のないまま、シャンロン軍は電撃的な進軍を続けた。
迎撃の指示が出ない自衛隊は、各地で次々と武装解除され、48時間後、東京は完全に制圧された。
政府があっけなく崩壊する中、国会議事堂にはシャンロン軍の旗が掲げられ、日本の独立は終わりを迎えた。
その頃、アメリカではホワイトハウスの報道官が声明を発表していた。
「現在、シャンロン政府と建設的な対話を続けており、日本地域の安定化に向けた交渉を行っている。アメリカの国益を第一に考え、慎重に対応していく」
結局、彼らは最初から日本を救うつもりなどなかったのだ。
新たに設立された「東アジア平和統治評議会」は、日本の政策を全面的に管理下に置いた。
だが、シャンロン政府が特に力を入れる必要のない分野が一つあった。
通常、占領国家が最初に行うのは、反乱防止のための人口操作だ。
出生率を低下させ、国民の活力を削ぐための政策を導入し、長期的に支配を確立する。
しかし、日本の場合、その必要はなかった。
なぜなら、シャンロンから賄賂漬けにされていた政治家率いる日本政府自らが、すでに完璧なまでに人口減少政策を進めていたからだ。
シャンロン政府の官僚たちは、日本の統治計画を練る会議の場で、思わず顔を見合わせて笑った。
「これは驚いたな。こんなに理想通りに日本政府は、もう何十年も前から自国民の出生率を削り続けていたのか?」
「当たり前だろう。金も女も腐るほど与えてきたのだからそれぐらいやっておいてもらって当然だ。」
実際、日本政府の政策は完全にシャンロンの意図に完璧に沿っていた。
✔ 重税と社会保障の削減 —— 若者の生活を圧迫し、結婚・出産を困難にする。
✔ 育児支援の名目で予算を無駄遣い —— 実際には役に立たないAIや広告キャンペーンに税金を投入し、支援策は形だけ。
✔ 教育の過度な競争化 —— 子供を育てること自体を「贅沢品」にし、庶民には手の届かないものにする。
✔ 労働環境の悪化 —— 長時間労働と低賃金を推奨し、家庭を持つ余裕を奪う。
シャンロンの人口管理専門家は、日本のデータを見ながら皮肉っぽく呟いた。
「もう何もしなくても、この国の人口は勝手に減り続けるな。」
「普通は、ここまでの政策を実施すると暴動が起きるものだが…」
「マヌケな日本人は急激な状況の変化には敏感だが、緩やかに状況が悪化する分には何も気が付かないのだよ」
「その通り、彼らはむしろ『仕方ない』と諦めているらしい。」
すでに出生率は壊滅的なレベルまで落ち込んでおり、何もしなくても、誰も子供を産もうとしなかったからだ。
シャンロンの役人たちは、日本出生数のデータを見て乾いた笑いを漏らした。
「年間出生数、たったの20万人か…?」
「我々が厳しく統制しなくても、勝手に減っていくな。」
シャンロン政府は特に追加の措置を講じる必要もなかった。
シャンロンの上層部は、日本の状況を見て、ある結論に至った。
「この国は、我々が何かをするまでもなく、勝手に滅びていく。」
もはや、武力による弾圧も、厳しい法律も必要ない。
ただ待っていれば、次第に日本人は減り、経済は縮小し、シャンロンの支配が自然と確立される。
「このまま30年も経てば、日本という国は地図から消えるだろう。」
そして、その最後の一歩を、シャンロンの操り人形となった日本政府自身が進んで踏み出していたのだ。
こうして、日本はシャンロンに占領されたのではなく、自ら衰退し、ゆっくりと吸収されていくこととなった。
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