京都出身の美少女転校生が毎日京都弁で話しかけてくるので、いつぶぶ漬けを勧められるかビクビクしているんだが、思わせぶりなセリフは全部皮肉なんだよな? そうだよな?

小萩月歌

前編

 俺――浅木 蓮司あさぎ れんじの朝は早い。

 ……いや、普段はそんなことないけど、っていうかなんなら寝坊常習犯だけど、今日ばかりは間違いなく早起きをしている。

 理由は簡単。身だしなみを整える時間をゆっくりと確保するためだ。


「ふん、ふん、ふん~~♪」


 鼻歌混じりに階段を降り、真っ先に洗面所へと向かう。


 なんといっても、今日は――俺のクラスに、季節外れの転校生が来る。

 しかも、聞いた話では女子だという噂だ。


 少しでも転校生からの印象を良くしたい俺は、朝から張り切って顔を洗い、化粧水をペチペチ塗って、入念に歯を磨き、髪のセットに取り掛かった。


 俺は決して誰もが認めるオシャレボーイではない。むしろ、どちらかというと見た目には無頓着なほうだ。

 なので普段は無造作なボサボサヘアでいいやと、遅刻ギリギリの時間までぐーすか眠っているわけだが。


 今日は特別な日なので、洗面所でホコリを被っているヘアワックスのフタを開けて、髪が少し立ち上がるようにセットする。全体にワックスが馴染んだら、部分的に髪を指先でねじって、微調整。

 セットが終わると、鏡を見て、「よし!」と力強く頷いた。


 ――今日の俺は、一味違うのだ。


「俺に惚れると……ヤケドしちまうぜ? 転校生の子猫ちゃん……」

「お兄ちゃん、キモイ。早く洗面台どいて」


 妹の容赦ないツッコミ(いつものことだ)も華麗にスルーを決め込み、俺はうきうきと家を出た。



***


「今日は予告通り、転校生を紹介するぞ~」


 担任の後ろから、しゃなりしゃなりと優雅に一人の女子が現れる。


「京都の学校から来ました、東雲 碧乃しののめ あおのいいます。生まれも育ちも京都どす。標準語に慣れてへんさかい、喋り方が田舎臭くて照れてまうけど、よろしゅうお願いします」


 転入生が緊張気味にお辞儀をすると、クラス中から大きな拍手が巻き起こった。

 東雲碧乃、と名乗った彼女は、艶やかな黒髪ロングが印象的な女子だった。光の加減により、濃紺のようにも、深緑のようにも見える、美しい髪。


 女子にしては身長が高く、落ち着いた雰囲気を醸し出している。スラリとしなやかな体つきをしているように見えて、出ているとこはしっかり出ているのが、制服の上からでもばっちりとわかった。


 切れ長の涼しげな瞳に、すっと通った鼻筋。薄い唇は、淡い桜色をしておりとても風流だ。透けるように白い肌だって、普段からきちんとケアを行っているに違いない。

 

 ……おっと。もっと率直に、わかりやすく表現しようか。

 めっっっちゃくちゃ顔が良い! 可愛い! オマケにスタイル抜群の超絶美少女!



「席は……えっと、浅木の隣が空いてるな。浅木、ちょっと挙手してくれ」

「はい!」

「い、いつになく反応がいいな……。東雲、あいつの隣の席に座るといい」

「はい~」


 これは……仲良くならないという選択肢があるだろうか! 否、あるはずがない!


 珍しく早起きして、万全のビジュアルで登校してきたことを心の底から良かったと思った。まあ、そんなこと言っても、俺の容姿なんて元が地味だし、東雲の眩さとは比較にもならないレベルだが。


「よろしゅうなあ。えっと……」

「浅木 蓮司だ。好きに呼んでもらっていいぞ」

「ほんなら……蓮司くん」


 いきなりの名前呼びキタ!

 俺は東雲に悟られないよう、内心でガッツポーズをする。

 近くで見ると、本当にそこらの女優顔負けなくらいのド級の美人だ。もっとよく観察したいのに、無意識に視線が泳いでしまうほど。


「……」


 しかし俺が目を逸らしても、東雲はずっと俺の方を凝視したまま。

 これは……まさか早速恋の予感?!


「蓮司くん。あんた、えらい洒落てはりますなあ……」


 京都人らしく、東雲はゆったりした口調で、そんなことを呟く。

 ファーストインプレッション最高! これはワンチャンあるぞ! と喜んだのもつかの間――俺はふと、に気がついてしまった。


(あれ……? そういえば、京都の人ってこんなにストレートの相手のこと褒めたりするんだっけ?)


 俺は京都という地には縁もゆかりもなく、中学の修学旅行で訪れたくらいの薄っぺらい思い出しかないので、詳しいことはわからない。

 だが、最近ネットやテレビの影響か、京都の人はあまり直接的な物言いをしない、というイメージがうすぼんやりと頭の中にあった。


 例えば――有名なものだと、京都の人に「ぶぶ漬けでもどうどすか?」と勧められたら、間違っても「喜んで!!」などと浮かれてはいけない。

 言葉の裏に込められた意味は、「早く帰れ」という拒絶でしかないから……という話を、聞いたことがある。


 京都の人はたいへんに奥ゆかしい。

 たとえ心の中では不満に思っていても、それをストレートに言葉にすることはないのだ。

 その代わり、卓越したワードセンスから成る、的確かつ辛辣な皮肉で相手を地獄の底まで叩きのめす。


 東雲碧乃は、京都生まれ京都育ち。

 とどのつまり、その言葉の真意は――。


「都会の男はかっこええんやねえ」


 ――お前、めちゃくちゃダサい。


 そういうことだ!! 絶対に!!

 こんなスペシャルな美少女が俺のような人間を「かっこええ」と思うことはお世辞だとしても絶対にあり得ないが、皮肉だと考えると合点がいく。


「す、すいません……調子に乗ってごめんなさい……」

「え? な、なんで謝るん?」


 きっと張り切ってオシャレをした……否、オシャレを俺は、天然美少女の東雲の目からするとそれはそれはみっともなく映っているということなのだ。

 変に気取って、鏡の前でカッコつけ、子猫ちゃんなどと鳥肌モノのセリフを口にしていた数時間前の自分を思い出すと、途端に吐き気を催すようになった。

 穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。


(くっ……! 彼女には全部お見通しってわけか……!)


 ぜひともお近づきになりたいと思ったのは撤回しよう。

 こんな地味でダサくて風流さのカケラもない俺という存在は、美しく洗練された東雲碧乃の視界に入ってはならない。

 俺はそう心に決め、彼女のほうをなるべく見ないようにして、ほのかな恋心をグシャグシャに丸めて心のゴミ箱に投げ捨てた。


 くそう、早いところ、気持ちを切り替えなくては……!



***



 しかしながら、隣の席同士というのは思った以上に厄介なものだった。


「あの、蓮司くん。教科書、前の学校のやつとは違うて、まだ新しいの届いてへんさかい、見してくれへん?」


 最初こそ、とんでもないアドバンテージを得られた、神様ありがとう、とさえ思っていたが……状況は一転、非常に困るシチュエーションとなってしまっていた。

 彼女の視界に入らないようにしたいのに、この席の配置では、転校初日で右も左もわからない彼女をサポートできるのは、間違いなく俺しかいない。


「……わ、わかったよ。これ一緒に見よう」

「わ、おおきに。蓮司くん、優しいわあ」

「……!!」


 脳内ジェネレーターで東雲の言葉を変換すると、つまり彼女は……俺がこの程度のことで恩着せがましくしているのを鬱陶しく思ったようだ。そうに違いない。


「す、すみませんんん……! いくらでも見てください……!」

「だから、なんで謝るん?!」


 授業はまったく身に入らなかった。




「見してくれて助かったわあ。最初は教科書なくてどないしようて思たけど、うち、蓮司くんが隣の席でよかったぁ」

「……!」


 生きた心地がしないまま授業は終わり、休憩時間になる。

 すると隣の席の東雲が、頬を赤らめながら話しかけてきた。


 一見感謝を口にしているようだが、落ち着け、これもきっと皮肉なのだ。

 変換すると、たぶん、こんな野暮ったいダサダサ男の隣で、新生活サイアク!! とか、そういった意味合いだ。

 俺は頭を抱えた。


「あ。もう教科書なおしてええよ。おおきに」

「……ん? なおす?」


 東雲の口にしたセリフが一瞬理解できず、俺はぽかんと口を開ける。

 しかしすぐに、それが方言であることに思い至った。


「なおす……えっと、しまえってことだっけ」

「あ、堪忍な。なおすっちゅうのんは方言やったね。蓮司くんの言わはった通り、もうしまってええよって意味やったんやけど」


 東雲もそれに気づいたらしく、は、と口元に手を当てる。


「田舎もんで恥ずかしいわ。引っ越しを機にうちも標準語にしたろ思たんやけど、やっぱり簡単にはなおらへん」


 そして照れくさそうに指先で髪をいじりながら、ふんわり笑った。

 ぐっ……可愛い!


 しかし、俺は本来彼女とは会話をすることすら許されないほどのドがつく脇役。

 たまたま都内で生まれ育ったというだけで、オシャレなシティボーイからは程遠い存在だ。


「……別に無理して矯正しなくてもいいだろ。そういえば、なおすっていうのは福岡とかでも使われてるらしいな」

「へえ、そうなん?」

「あ、いや……テレビで聞いただけだけど」

「よう勉強してはるんやね。……博識な人って、うち、憧れるわあ。かっこええ」


 東雲がうっとりとそう言うが、俺はその真意に気づいてハッとなる。


(あああ、やってしまった! きっと、テレビで見ただけのあっっっさいウンチク垂れ流してドヤ顔する、痛いヤツだと笑われてるんだ……!)


「調子乗ってすみませんッッ!!!」


 頭皮が擦り切れそうな勢いで頭を机にめり込ませ、必死に謝った。


 俺は一体、あと何度同じ過ちを繰り返せば良いのだろうか……。

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