五、心境の変化

 もう聞いたことだから、飛ばしてもいいのに。そこまできてようやく、吾妻は、自分がいかに異常で残虐な考えに浸ってしまっていたのかを自覚した。これでは仮面の男と変わらない。さらには、そんな自分に大した嫌悪感を抱かなくなっていた。


「ねえ、あんたこの人のなかふぁなの? 助けてよ! あたし、ただの薬剤師だよ! こんな仕打ちをされる筋あいないよ!」


 女性が訴えかけるのを、吾妻は目をそらして黙殺した。


「どうせ振りこめ詐欺グループのメンバーだったんでしょ」


 目をそらしたまま、吾妻は自分の憶測を口にした。


「何よそれ。あんたには関係な……痛いっ!」


 仮面の男が、女性の頭を槍の柄で叩いた。


「耳がないのに聞こえるの?」


 吾妻は、我ながら冷ややかにもほどがある質問をした。


「耳道や鼓ふぁくがふじなら聞こえるよ! それより、あ、あたしがこにょ詐欺グループにひゃいっていたっていうんにゃら、せみぇて証拠をだしなよ!」

 

 吾妻に拒絶されたことで、一時的にせよ女性の反発はかえって強まったようだ。座ったままではあるが。


 仮面の男は、一言もないまま女性の頬を小さく刺した。口の中まで穂先が入るほどではないが、無視できる傷ではない。


「痛いっ! や、やみぇて! もう許して!」


 女性の願いをまったくかえりみず、仮面の男は二つ目の穴を女性の顔にうがった。


「やみぇて! やみぇて! いう! いうから! たしかにあたしは、このグループにひゃいってた!」


 ようやく仮面の男は槍を下げた。


「で、でも、あたしは下っふぁだった! 被害者の家族役って設定で、おふぁあさんに電話し……痛いっ!」


 三つ目の傷がついた。


「ねぇ、ねえっ、聞いてよ! あたし、あのときはみゃだ中学生だったし! 親から虐待されて飢え死にするところだったし! おしふぁいの練習に協力するってひゅれこみだったから、闇バイトとは思ってなかったし!」

「それで自殺にまで追いこまれた人がいるんだから、あんまり同情したくない」


 吾妻は本音を述べた。彼女自身、仮面の男に拘束されているのだから、まずはこの私刑を受けている女性とどうにか協力しあって脱出するのが建設的だろう。にもかかわらず、吾妻は、もはやぐちゃぐちゃになった顔面を晒す振りこめ詐欺犯……の、一人……への嫌悪感から、とうていそんな気になれなかった。


「そ、そういえふぁ。こ、この人も、この人にやられたの……?」


 最初の『この人』は、仮面の男が吾妻を前にして槍で刺した男性だ。二番目のそれは、仮面の男である。


「うん」

「なら、起きてよ! ちょっとくらいケガしていても……」

「もう死んでるんじゃない? 脈でもとったら?」


 どのみち吾妻は、岩から腰縄の長さ分までしか動けない。それでは倒れた男まで届かない。


 現在は薬剤師とらやいう、振りこめ詐欺グループのメンバーは、仮面の男之様子をこわごわと確かめた。微動だにしない。


 膝を少しあげて身体を伸ばし、彼女は槍で刺された男の右手首を右手で軽く抑えた。


「し……死んでる!」


 ああ、やっぱり。動揺もあらわな彼女に対し、吾妻は、安堵すら感じかけていた。とにかく事実が一つ確定したのだから。いや、安堵どころじゃない。この異常な事実を受けいれまいと、自分の殻に閉じこもっているだけだ。強いてそう思いこむことにした。


「あ、あんた、どうしてそんなに冷静なの? やっふぁりこの男と……」

「だったら縛られてるはずがないでしょ」

「そ、そういうひぇんたいプレ……痛いっ!」


 仮面の男の手で、詐欺師の片割れの顔にまた新たな傷がつけられた。

 

 それからすぐ、仮面の男は岩の周りを踊りだした。最初の犠牲者のときと、同じ振つけだった。


 半ば予期していたとおり、吾妻にはまた幻影が見えだした。どうやら前回の続きだったらしい。ハミング音は変わらないまま、岩に面した半裸の女性がいる。最初にいたのと同じ人間だ。岩には、刺された男性に加え、新たに犠牲となった女性が頭を下にして岩にくくられてもいた。


 半裸の女性は、また踊りながら岩の周りを練り歩いていた。あいかわらず一人だけで。そこで、吾妻は、より積極的に自分之手足が動く……というよりうごめくのを意識した。


「あんた、やっふぁり一味じゃない! いっしょに踊ったりして!」


 薬剤師だか詐欺師だかの女性が糾弾する声に、吾妻はハッと我に返った。腰縄はびくともしていないのに、どういうわけでか足腰の痛みはずっと軽くなっている。


「もうイヤッ! 今日はずっと、好きな動画を見ておふぃるからチューハイ飲んでゆっくり休めていたのに! 痛い! あたしの顔、ふぉとにふぉどしてよ!」


 どうあっても解放される望みがなくなりそうなのに、唇と耳を失った女性はむしろ怒りを強めた。


 だからというのではないだろうが、仮面の男は、踊るのをやめた。女性の背後まできて、男の犠牲者のときと同じように槍を持ちなおした。


「な、何するの? あ、あたしを犯すの? 犯すのね!? そ、それだけはやふぇて!」


 女性がカンちがいしているのは、吾妻にも推測できた。


「ねぇっ、あんたからふぉ何かいってよ! ここからでたら自首……ぎゃあああーっ!」


 女性の顎の下を、槍の刃が突きぬけた。女性は両手でもがくように暴れた。仮面の男が、彼女の後頭部を仮面ごと頭突きすると、うめきながら両手が床に垂れた。気絶まではしていない反面、抵抗する力は消えたようだ。


 女性の顔の皮をはいでから、仮面の男は左手にそれを持った。ついで、立つと同時に彼女の左胸を刺した。


「痛いーっ!」


 女性が両手で傷を抑える暇もあればこそ、今度は右胸。


「うぐぅっ……おぶぇええっ……」


 女性は、唇のない口から血をどばどば吐いた。


 その様子から目が遠ざけられないまま、吾妻は一つの疑問で心を占められた。


 なるほど、彼女が振りこめ詐欺グループの一員なのはわかった。しかし、彼はどうやってそれと知ったのか。


 断末魔を通りこして、最期のけいれんまでもが女性の手足から去ろうとしている。


 その様子をぼんやりと眺めながら、吾妻は仮面の男が手にしているはずの根拠について想像した。


 まさか、警察からもたらされたのではないだろう。それならとうに逮捕されている。となれば、自力でつきとめたとしか思えない。


 探偵や記者なら可能かもしれないが、こんな恐ろしい仕打ちまでは必要ない。いや、それどころか、警察が知ったら仮面の男もまた厳しく罪に問われる。そうなれば、吾妻も遠慮なくありのままに説明するつもりだ。殺意があったのは明確だし、吾妻への拉致監禁もあれば顔の皮をはぐという暴挙もある。死刑はほぼ間違いない。


 いや、死刑になってでもここまでしないと気がすまないというのなら、職業はともかく被害者の家族……というより遺族なのだろう。


 いうまでもなく、吾妻にも家族はいる。特に不満はなく、去年も帰省している。


 そういえば。まさに去年、帰省したおりに、母と世間話をした。近所で振りこめ詐欺の被害があったと。もっとも、事件そのものは十年くらい前になる。たしかに、だまされた老婆が自殺したとも聞いた。犯人はいまだに捕まってないとも。


 老婆には息子夫婦と孫がいたが、事件を受けて引っこしてしまった。家も取りこわされて、更地になっている。


 息子夫婦には、少なくとも事件当時、子が……つまり、自殺した老婆からすれば孫が……一人しかいなかった。高校生くらいだったろうか。面倒見のいい、優しい男の子だった。もっとさかのぼって、吾妻が幼稚園児のとき、何度か遊んでくれたことがあった。

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