Ep14.ニアールの子孫たち
犬の吠える声で、ジョン・マコーレーは目を覚ました。
「チッ……うっさいなあ……」
飼い犬のアンソンはよくしつけてある筈なのに、今日ばかりはよく吠える。二日酔いで重たい頭を押さえながら、ジョンは起き上がった。
起き抜けで霞む視界の中に映るテーブルの上には、調達したばかりの拳銃が置かれている。それを見て、ジョンの顔は思わずほころぶ。
良い家で生まれ良い家に育ち、やがて酒と色に溺れながら好景気の狂騒を過ごしてきたジョンは、もう人生においてこれ以上の時間は過ごせないのではないかという贅沢な悩みへと行き着いた。
そんな彼が出会ったのが〈C〉だった。
人種も社会階層も関係なく、鬱屈とした者たちが集まるならず者集団。それが〈C〉だった。しかも、それを先導しているのが明らかに身綺麗な上流の人間なのだから驚きだ。
犯罪という新しい日々の彩りが、ジョンを満たした。
強盗は金のない輩のすることだと思っていたが、奪うという行為に快楽が伴うのを初めて知った。そしてなにより、
これまで絡むこともなかった下流の人間とも話すようになり、家に彼らを招いてどんちゃん
昨夜が正にその騒ぎであり、下の階のリビングには男たちと酒瓶が転がっている筈だ。それと、今度のでかいヤマで使う銃も。
標的はなんと、街を牛耳る巨大なギャング、オニール・ファミリーのお偉いさん。ビビって逃げる奴も居たそうだが、ジョンは違った。この退廃を打ち砕いてやるという強い意思があった。
覚束ない足取りで階段を降りる。とにかく顔を洗って、水をしこたま飲む。今日が始まるのはそれからだ。
ぴしゃり
水たまりを踏んだ。
酒浸りの上に水浸しにまでしたのか。しょうがない奴らだ。掃除が大変だなあと呆れながら下を向くと、足は真っ赤に染まっていた。
ついてきたアンソンがマヌケに「ワン」と一つ吠える。よく見れば、犬の体表は元々の茶色とどす黒い赤の混じったまだら模様だった。
驚愕と共に神経が過敏になると、嗅覚が戻って異常な悪臭を感知する。すぐそばで、知った顔の男が首から血を垂れ流して死んでいた。
慌ててリビングに向かうと、むせ返るような死臭に思わず足を止めた。
そこら中に転がる死体。死体。死体。すべて昨日まで生きて、一緒に酒を飲んでいたはずの。
壁までもが赤く染まっているかに見えたが、よく見れば違う。赤いペンキで──否、赤い血で、文字が記されていた。
Rich boy, Be 〈C〉areful──お坊ちゃん、気を付けて。
男は叫び狂ってのたうち回り、警察を呼んだ。
パトカーはまるで待機していたかのようにすぐさま到着し、メガネをかけたヒョロ長い刑事がやって来た。
「ネルソンと申します」
ネルソンは現場を見聞すると「こりゃひどいなあ」と他人事のように呟いた。アンソンが懐いたのか、彼の足元で忙しなく走り回っている。
「刑事さん、こりゃ奴らの仕業ですよ! どうにか──」
「マコーレーさん。自分がなぜ生き残ったか、おわかりですか」
浮かべた仏頂面を少しも変えないまま、ネルソンは問いかけた。
犯人のことなど考えるのも嫌だったが、ジョンは自分なりの推論を述べる。
「……二階に居たから?」
すると、ネルソンは小さくため息を漏らした。
「なるほど、
「なんだって?」
「あちらさんも
意味がわからなかった。たしかに仲間たちの中には、字もマトモに読めない無学な奴も居た筈だが。
「はあ。僕だってね、この役回りを好いちゃいないんですよ。でもわかりやすい名前だからパイプ役を任じられてるもんでさ」
ぼやきながら、ネルソンは足元のアンソンを抱きかかえて頭を撫で始める。その顔がわずかにほころんでいたが、ジョンにそんなものを見ている余裕はなかった。
ニアールのつづりは時と場所を経るにつれて変遷を重ね、ニールやネイルと読まれる形が主流となっている。
そしてアイルランド系によく居る〈
例えば、
玄関の戸が開く音がして、幾人かの足音が邸内を近づいて来る。
「……刑事さん、あんた」
「まあ、僕から言えることがあるとすれば」
ネルソンは仏頂面のまま、けだるげに告げた。
「
その後、犬のアンソンはネルソン刑事の同僚が飼うことになった。物怖じしない図太い子だったらしく、犬としてはかなりの長生きをしたという。
〈To be continued〉
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