ジョウント・ベッド
ジョウント・ベッド
目が覚めたとき、俺は息を飲んだ。
喉がからからに乾いて、頭皮や首筋、胸元から汗がワッとあふれ出てくる感覚がある。
目頭を押さえ、再びカーテンの向こう側の世界を眺め、慎重な足取りでペットボトルを手に取った。
ホテルの隣にあったコンビニで買った、変哲のない水――。
ごくり、と水を飲む。
変哲のない、昨日と変わらない水だ。
そうして窓の外を見る。
「……ま、まさか」
眩しい陽射しが室内に降り注ぐ。
点在する純白の薄雲から、薄氷のような清廉な朝日が街に降り注ぐ。
そびえたつ特徴的なビル群と芝生のように群生する背の低い家々――。
高架を走るモノレールと道路をめぐる多くの車やバイク――。
俺は窓を開けた。
ぐわっと入って来る異国の匂い。
晴れた陽射しに混じる湿気が、寝起きの身体にまとわりつく。
ここは、間違いなく『クアラルンプール』だ。
ぞくぞくした。
あの卵型のベッドが鎮座している。
「まさか、本当に……ワープしたのか」
緊張が足元から這い上がって来た。
* *
事の始まりは昨日の事だ。
俺は仕事で江東区にある奇妙なクリニックへ足を運んだ。
つるりとした頭の中年医師は訝し気に俺の名刺を見てから。
「ほおおん、ほおおん……」
唸っては、俺を見る。
医薬業界で『エム医師』と呼ばれる中肉中背の男性は、明らかに違法な場所でクリニックを開業していた。どうして団地の一室で、こうした診療所のようなものを開設しているのか理解に苦しむ。
なぜ、こうした違法な医院を誰も摘発しないのだろうか。
「外国の香台ですか」
「大変な珍品なのですよ。七世紀の前半にスマトラ島のシュリーヴィジュヤ王国からマラッカ貿易で中国大陸へ持ち込まれた香台です」
「マラッカから……ふうーむ」
エム医師はパンフレットの中身をむっつりと眺めてから。
「わたしはどおーにも、こうした美術品に対して知識がありません。おカネには困っていませんが、こうしたものを買ったことがないのですよ」
「もしお好みのインテリアなどがあれば、ご用意いたしますよ」
「わたしはね、自分の事よりも他人様に喜んでいただくことの方が好きなのです」
彼は怪しげに笑う。
他人様に喜んでいただくことの方が好き――?
そんな馬鹿げた人間がいるだろうか。
そもそも『名前』すら名乗らない、団地の一室で診療している違法な医師である。エム医師と呼ばれているが、本当に医者なのかも怪しい。
怪訝にエム医師を見てしまったのか、彼は笑みを絶やさずに「よろしい!」と頷いた。
「あなたに、ひとつ良いものを処方してさしあげましょう。あなたの悩みをスパッと解決する、素晴らしいものです」
「いえ、悩みなんて……」
「あなたは時間が欲しい。とおーっても、時間が欲しい。もっともっと時間があれば、あなたは素敵な珍品を『価値の分かる人々』にもっともっと届けることが出来る。そうすれば、みんなが笑顔になりますね? 違いますか」
「ええ……まァ」
「こうしてお会いしたのもご縁です。これをお持ちなさい。あなたの悩みを解消するものです」
エム医師は一枚のカードを差し出してきた。
ブラックカードのようなものであるが、金融系のカードではない。
受け取ってじっくりと眺めてみると……なんてことはない。
全国の駅前に展開している『インパレス・ホテル』の会員証だ。
「インパレス・ホテルって駅前にあるビジネスホテルですか?」
「それを受付でお出しなさい。機械はいけません。スタッフにお渡しするのです。そうすると……あなたの悩みをスパッと解消する部屋に案内してくれます」
「いや、ですから……悩みなんて」
「えーえー、いいんです。なにもおっしゃらないで」
エム医師は突き返そうとする俺の手をぐいと拒絶して顔を振る。
「宿泊費はこちらでお支払いしますから、騙されたと思ってお泊りなってください」
「ええっ、宿泊費を――!?」
するとエム医師はふいに真剣な表情を浮かべて、俺をジッと見据えた。
「あなたの真面目なところを見込んでの事です。決して、不真面目な事はしてはいけません。もしも後ろ指をさされるようなことをしたら――」
「も、も、もちろんですよ! 宿泊費をお支払いいただくんですから、ちゃんと節度を持って利用しますって!」
「そうおっしゃって頂けて、安心しました。あなたは時間から解放され、たくさんの幸せを世界中に届けることができます。これらの珍品を『価値の分かる人々』にお届けするのです」
そうすることで、幸せの種がたくさんまかれるというわけです。
エム医師は愉快そうに「ぬあっ、はっはっはっ」と笑い始めた。
もう商談どころではなかった。
カネのある医者なら、外国の珍品を買ってくれると思ったが……大ハズレだった。
貿易商として世界中をふらふらしている。
大学時代に東南アジアを旅行して、ちょっとした品物を日本に持ち帰った。
それらをフリマアプリで、それっぽい文言をつけて再販したら、いい値段で売れた。
俺が貿易商として『才覚があるかもしれない』と思い始めた、最初の出来事だ。
旅行が出来て、外国の文化を知れて、異国語も学べて、商売にもなる。
もちろん損をすることだってあったし、資金が途切れそうになって危険なバイトをしたことだってある。
ちゃんと就職もした。
眼鏡を拭く布繊維を扱う地方の会社であったが、一年ほどで辞めた。
世界はひろいのに、俺の人生は自宅と繊維工場と会議室と営業所の四か所しかなかった。しょうもない賃金で、何十年も同じ景色を見るのかもしれないと思ったとき……辞表をメールで送っていた。
それから、また海外に出かけた。
ちょっとした貯金とキャッシングをして。
気ままなその日暮らし。
バイトして、旅をして、日本に帰ってきたら土産っぽいものをフリマサイトで転売する。
そうした経験を経て、三十五歳になり……なんとか貿易商と名乗って生きて行くだけのノウハウを手に入れた。
大学や高校の同級生たちは、企業に入って昇進し、家庭を持って家を買っている。
絵に描いたような安定した生活だ。
俺はそうしたものから外れた道に来てしまったが……後悔はしないようにしている。
不安定な収入と未だに見つからない嫁――。
家もなく、根無し草な生活である。
それでも……悪くないと割り切っているが、どこか心が乾いている。
もう少し豊かになりたい。
絵に描いたようなサラリーマン連中よりも、豪勢な暮らしがしたい。
外車に乗って、東京のマンションに住んで、若い嫁と世界を旅しながら仕事をする。
そうした羽振りの良い生活をしたい。
だからこそ、最近では土産物の物品を『珍品』などと言って高所得者に売りつけている。
俺にはそうした『商才』があった。裕福ではないけれども、多少は食いつなげるだけの売り上げを作る才能が。
「さて、安宿だけど人様のカネで泊れるなら、文句はねえか」
江東区の駅前にある『インパレス・ホテル』に入った。
エム医師に言われた通り、案内係にカードを示すなり――彼らは丁重に俺を案内してくれた。
「このカードはさ、どこの『インパレス・ホテル』でも使えるの?」
「もちろんでございます。全国、全世界、どちらの『インパレス・ホテル』でもお使いいただけます」
案内係の返答に「ほう……」と思った。
大きな駅前には、必ず『インパレス・ホテル』がある。主要国の主要都市にもあるわけだから、あのエム医師のおごりで、泊まり放題というわけだ。
外国の旅先で宿を確保する手間と費用が、浮いたかもしれない。
ずっとエム医師のカネで泊れるとは思えないが、ある程度は甘えてもいいだろう。もし支払いが止められたとしても、一泊分ぐらいは自分で払える。そうしてから、このブラックカードを捨てればいい。
なににせよ、エム医師の気分が変わるまでは『泊り放題』というわけだ。
もしかしたら、意外といい取引だったのかも知れない。
キャリーケースの中に入っている『珍品』たちの重みを感じながら、俺はそんなことを考える。旅先の宿泊費が浮くのは、なかなかデカい。
「こちらのお部屋です」
そうして案内された部屋は、ふつうのシングルベッドの一室――。
「な、なんだ、これ……」
「ジョウント・ベッドルームでございます」
「ジョウント・ベッド?」
案内係はそう言って部屋の片隅に異様な存在感を放つ、卵型のベッドを示す。
楕円形の巨大な物体は、卵を横に倒したように置かれていた。見方によっては、巨大なヨーヨーが横たわっているようにも見えた。とても近未来的なヨーヨーである。
「偉大なるアルフレッド・ベスタ―氏によって生み出された最新鋭のベッドでございます。一九八三年には『神々のワードプロセッサ』にて装置化され、世界中で広く愛されている、とても珍しいベッドでございます」
案内係の話に「そ、そんな歴史の話はいい!」と声を荒げてしまった。
明らかにおかしな『装置』であり、ベッドには見えない。
「なんだよ、これ……!!!」
「ジョウント・ベッドでございます」
「どこがベッドなんだ。馬鹿にしてるのか。こっちは泊りに来た客だぞ!」
語気を強めて「ほかの部屋にしてくれ!」と部屋を出ようとしたとき、案内係がなにかボタンを押して卵型の『ジョウント・ベッド』を起動させた。
すると楕円形の中心(ヨーヨーのくぼんだ部分)がわずかに持ち上がり、内蔵されているベッドのマットレスが現れた。
なかは日焼けサロンのカプセルとか、酸素カプセルベッドのような空間になっている。
「お客様のカードは、こちらの『ジョウント・ベッドルーム』の宿泊のみのご利用となっております。持参されるお荷物はこちらの置き場に。こちらのコンソールで、翌日の滞在先をご選択いただけます」
「おい、待て。待て待て……!!! どういう意味だ」
「そのままの意味でございます。こちらをご覧ください」
ベッドの脇に備え付けられたタッチパネル。
それは複合機のパネルのようにも見えた。
世界地図が映し出され、指先でアメリカを選択し、光点のある都市を選択する。そのなかから『インパレス・ホテル』の支店を選ぶ。
「翌日にお目覚め頂いたときには、そちらのお部屋にお移りになっております」
案内係の言葉に「あっ?」とケンカ腰で挑みかかっていた。
「そちらのお部屋にお移りになっておりますぅ? それってなんだ。まるで、目が覚めたらニューヨークにいるみたいな口ぶりじゃねえか」
「さようでございます」
「……さようでございますだと? はっ、笑わせんなよ。ベッドで寝たら、外国にワープでもするっていうのか?」
案内係は少し困惑したように眉を寄せて小首をかしげる。
なんだ、これ。
「バカバカしい。じゃあこうしようぜ。これで、俺は寝る。三日後にクアラルンプールで仕事があるんだ。おまえさんの言い分なら、目が覚めたらクアラルンプールにいるわけだろ。もし、明日の朝も江東区のこのホテルにいたら……百万円をよこせ」
「はい、構いません」
「――なっ!」
案内係の返答に面食らってしまう。
こんな馬鹿げた要求を受けられるはずがない。
案内係は涼しげな顔でベッドの脇へ行き。
「クアラルンプールの『インパレス・ホテル』でございますね。わたくしがセットを致しますので、どうかご安心ください」
「おい、おい、おい……!!!」
「ただし、積載重量には十分にお気を付けください。こちらのお荷物専用の区画にセットしていただかなくてはいけません。ここに乗りきらないものは、分別していただく必要があります」
「まるで飛行機みたいだな」
彼はコンソールの傍らにある区画を示している。
それは洗濯機を置く洗濯パンよりも小さな区画である。キャリーがふたつぐらいしか乗らないだろう。
案内係は熱心にいろいろと説明をしていたが、俺は途中からあまり聞いていなかった。
異様な機械である『ジョウント・ベッド』にも、あの奇妙なエム医師にも……現実とは思えない『胡散臭さ』が漂っている。
土産物を珍品と偽って売りつけている俺が言えたことではないが、どこか現実離れしている物事が目の前で起きている。
ほっぺたをぎゅっとつねって「いてっ……」と痛みを認識する。
夢じゃない。
それであれば、明日の朝にもわかる。
誰が嘘つきで……何が嘘っぱちなのか。
そして――。
* *
目が覚めて、クアラルンプールの『インパレス・ホテル』にいた。
しばらくの混乱を経て、俺は心を落ち着けた。
気持ちがなかなか落ち着かず、幾度も水を飲み、部屋を行ったり来たりする。
「整理しろ。落ち着くんだ」
エム医師からブラックカードをもらった。
これは『インパレス・ホテル』ならば、どこでも泊まれるカードだ。
その『インパレス・ホテル』では『ジョウント・ベッド』なるものがあり、それを使うと江東区とクアラルンプールを一晩にして行き来することが出来る。たぶん、世界中の『インパレス・ホテル』を行き来できる。
「馬鹿げてる……」
うそだろ。マジかよ。
パスポートに出国のスタンプがないことから、正式な出国手続きを踏んでいない。
エム医師は「もっともっと時間があれば、あなたは素敵な珍品を『価値の分かる人々』にもっともっと届けることが出来る」ということを言っていた。
まさに、俺は時間と距離を越えるシステムを手に入れた……。
「これは……すごいことになるかもしれない」
キャリーケースにしまっていた香台やがらくたを放り出し、俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「最高の品物を……みんなに届けてやるぜ――!!!」
世の中で多くの金を稼ぐとき、大概は違法なものを取り扱うことが多い。
それっぽいものを『珍品』として仕入れるとき『うさんくさい』商人が近づいて来る。なかには帽子やツボだと説明しながら、その内部に『違法なもの』を仕込んで国境を渡らせようとたくらむ連中がいる。
俺はそうした連中の狙いを見透かす能力には長けているのか、そのような品物を掴んだことはない。商談の場で鞄の裏地を裂いて、びっちりと詰め込まれた薬物を見破った事は二度ほどある。そのときは、荷受け先が最初から決まっている変な取引だった。
飛行機を使わず、国境審査もない。
そうした『インパレス・ホテル』を活用できれば、ある意味で彼らの仕事を『安全に』手伝う事が出来る。
まず、俺は連絡を入れないように警戒をしていた連中に、片っ端から電話を入れた。
そうして数組の『商人』と商談を行った。
「これっぽっちでいいのか?」
「馬鹿を言えよ。あんたと具体的な取引は、今回が初めてだ。そんなにたくさんの品物は託せないよ」
商談のテーブルに積まれたのは、小さなクッキーの缶に詰め込まれた白い粉の塊だ。
明らかな違法薬物であり、見つかれば逮捕間違いなしの品物だ。
俺は『運び』の仕事を始めた。
最初は緊張したが、購入先の『団体』や『法人』にそれを届けるだけで数百万から数千万円の報酬をもらえた。
一度成功すれば、二度目はもっと多くの品物を、もっとたくさんの報酬で依頼をされる。
彼らは俺がプライベートジェットか船舶で運んでいると誤解しているようだった。
こちらには『安全な輸送ルート』がある。
そう豪語して、迅速に、安全に、個人としては大量の『商品』を目的地まで届ける。
回数を重ねるごとに評判が広がったのか、依頼をしてくるお客は増えた。
南米から中央アジア、アフリカに東南アジア、東欧の小国――。
貧しい国で作られた危険な薬物は、成長が著しい途上国の都市を介して日本やイギリスなどの先進国に渡る。
最初は安かった価格が、ロンドンやニューヨークへ渡るときにはとんでもない金額に跳ね上がる。
まるで錬金術だ。
多くの輸送業者が介するルートを、俺は自在に行き来する。
それもこれも『インパレス・ホテル』を使うことで実現している。
あの『ジョウント・ベッド』がすべてを可能にしているのだ。
たった半年のうちに、俺はとんでもない金額を手に入れた。
マンションをふたつ買い、高級車を四台も買った。
入店をためらうようなレストランやキャバクラで金額を見ずに食事やサービスを注文し、面倒な身の回りの事は誰かに金を払ってやらせた。洗濯も掃除も料理も、ぜんぶ誰かがやってくれた。
それだけ金を使っても、溜まる金の方が多かった。
違法な薬、金塊、よくわからない原材料、そして武器――。
人身の輸送は請け負わなかったが、それでもビジネスとしては立派に成立していた。
酒を飲み、美しい女性を買い、東京を一望できる自邸から動き続ける夜の街を見下ろす。
絵に描いたような成金生活が始まった――。
「最高だ。ああ、最高だ……!!!」
言葉にするとあっけないが、ひどく満足していた。
それもこれも……あの『エム医師』が紹介してくれた『インパレス・ホテル』から始まっている。あのホテルに『ジョウント・ベッド』なる特別な装置があったからこそ、この夢物語は成立している。
カネはある。
好き放題に使えるだけ、ある。
気をつけなくてはいけないのは、売主と買主の機嫌を損ねること。警察に咎められないこと。
そこさえ気を付けることが出来れば、俺の生活は破綻しない。
破綻しない。
しないのに……。
カネもマンションも車も、なんでも手に入る。
それなのに、どこか満たされない。
街を行く家族やカップルを眺めながら、俺はずっと孤独であるような気がした。
それを埋めるために少なくない金を支払う。
カネの匂いに魅力を感じて近づいて来る人間は、誰も好きになれない。
小学生のころに感じた純粋な人間関係は、どこへ行っても手に入らない。
ただ繰り返す。
異国へ行き、危険な品物を手にして目的地へ向かう。
多額のカネと物的な満足を得ても、心が全く休まらない。
危ない連中の機嫌を損ねないように。
警察に見つからないように。
高所得者としての振舞いを破綻させないように。
カネが手に入っても、苦悩の種は消えなかった。
むしろ、人生の息苦しさは前よりもひどくなっている気がする。
「どうしてだ。なんでだ! なんで俺は幸せになれないんだッッッ!!!」
東京の夜景に向かって酒瓶を投げつける。
強化ガラスが鈍い音を立てて瓶を跳ね返す。
広くて暗くて寒い部屋――。
誰かが綺麗に整えてくれた清潔な部屋で、俺はいまだに埋まらない孤独の埋め方を探していた。そうして目についたのは、仕事で取り扱っている白い粉だった。
* *
エム医師は冬の風に首をすくめて夜空を見上げた。
都心の百貨店で打ち合わせがあり、帰りの道すがら……冷たい冬の風に「おおう」と呻いてしまう。
見上げるビル群の高さに圧倒されながらも、にっこりとほほ笑む。
「おカネをたくさん稼げば、それなりの幸せは手に入りますね。でも、自分が求める幸せのカタチがおカネで得られるものかどうか。それを知っているのは、自分だけなんですねえ」
都心の高層マンションに住む人々の生活がどんなものか、エム医師はわからない。
彼は朗らかに冬の鋭い月を見上げて……。
「マンションで空も見えませんが、きっとたくさんの方に幸せを届けているのでしょうから、相応の『幸せ』を受け取る権利があるんでしょう。ああー、わたしもお金持ちになりたいものです」
信号で立ち止まったエム医師は、ふとスマホを取り出した。
「ああー、ずっと前に貸し出していたビジネスホテルの優待を停止させるの、すっかり忘れていました。いけませんねえ。こういう無駄遣いが、わたしのよくないところです」
彼はそう言って『インパレス・ホテル』のアプリから、登録しているブラック・カードの利用を停止する手続きをとった。誰かに貸したことは覚えていたが、どんな人物に貸したかは記憶から薄れている。
どちらにしても、有益に使い、相応の幸せを得てくれたものでしょう。
信号が青になる。
右手に下げた紙袋には、百貨店で購入したちょっとお高いコロッケが入っている。
エム医師はそれを食べるのを楽しみに……江東区へと帰って行った。
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