第六章 国母オギヤカ

第1話 密命下る

 大時の亡骸なきがらは、玉城たまぐすくの屋敷に移送された。

 葬列には、王府からの参列者も少なくなかった。

 大時は、表向きは罪人である。むろん冤罪ではあったが、極刑であっただけに、王府も安易に過失を認めることはできない。おそらく取ってつけたような罪名が付されることになる、と予想された。

 いずれにしても、罪人の葬儀に王府から正式に人は送れない。私行しこうとして、阿波根里主ら武将たちのほか、木田大時をおとしいれた重臣や奸賊らの弔慰使ちょうもんしも、少なくなかった。


 彼らは、木田の呪いを恐れていた。

 木田をうとんでいた者たちではあったが、その命を奪おうとまでは、かんがえていなかった。ただ、木田が王府から去ってくれれば、それでよかった。

 あの場のなりゆきで極刑が下された。みずからが加担した謀計ぼうけいの過ぎた結末に、かえってうろたえ、おののいていたのだった。


 尚真王もまた、非公式ながら護国寺の僧侶をつかわした。護国寺は、王府の国家祭祀をおこなう、格式ある寺院である。

 葬儀といっても、現在の告別式のような式典をもよおす慣習はまだない。ひつぎを載せたがんのうしろに、見送りの人々がつづく「野辺送のべおくり」である。

 

 木田を惜しむ、白く長い葬列。(この時代の喪色は、黒ではなく白だった)

 名刹めいさつの僧侶を先頭に、弔旗ちょうきがかかげられる。大時の亡きがらをのせた朱塗りのがんにつづいて、親族や弟子たち、私淑ししゅくしていた者、そのほか木田を慕う村人たちが、うしろにもうしろにも尽きなかった。

 もの悲しく鉦鼓しょうこの鳴るなか、哭声こくせい啾々しゅうしゅうと、寄せては返す波のように、静まってはまた激しくおこった。

 そしてそのころ、首里や奈波なはでは、理由の明かされない寺院の鐘が、鳴りつづいていたという。


 木田の野辺送りのあと、府内では、表立おもてだってこの事件にふれることは、暗黙のうちに禁忌きんきとされていた。

 それでも、人の口に戸は立てられぬ。木田がはめられたらしいことや、孕んでいたネズミの子の数まで言い当てたこと、故意にウソの狼煙のろしがあげられたことなどが、城内でひそひそと話されていた。


 そんな中で、あることが、男らの口のにのぼった。

 葬儀のとき、龕のすぐうしろに、ひとりの麗人があったという。

 女性が葬列に並ぶときは、被衣かづきをかむって顔を隠す。それでも、その薄衣うすぎぬけてみえてたその女性が、目のめるような美しさであった、というのだ。


「おう、それならワシも見ましたぞ。あれはいったいどなたでしょうかな。大時のうみない(姉妹)でしょうかの」

「おや、ご存知ありませんでしたか。なんでも、木田どのの御内室ごないしつらしいですぞ」

「えっ。木田どのはてっきりひとだと……」

「ええ、ちょうど首里に迎える矢先であったとか」

 そんな会話が、男らの雑談のまにまにかわされた。


 その話はやがて、ある女神官の耳に入った。詭計きけいに加担していたうちの一人である。

 悲しみの被衣かづきけた美麗びれいのひと――。

 それだけなら、俗な男どものたわいもない浮世話うきよばなしである。

 だが、てならぬことが、ひとつ。

 木田との結婚が決まっていたというその女は、棚原の若ノロで、驚くべき霊力を持つという。

 なんでも、自由に雨を降らせたり、人々の病を治したり、これから起こることを言い当てたりするのだという。木田もおよばぬほどの神術仙術の使い手なのだという。

 苗はもうノロではなかったが、まだ「棚原の若ノロ」として名がとおっていた。

「ほう、それなら今度わずらったときは、棚原へゆくとしますかな。ぜひ、そのお美しいご婦人に、お手当てたまわりたいものですなぁ」

 男らは、そんな戯言ざれごとを交わしては、ほおをゆるめているらしい。

 その話は、女神官から、王母オギヤカに耳打ちされた。

「なんじゃと?!」

 それを知らされたオギヤカの顔が、ひきつった。


 神々をおそれ、死霊生霊を恐れて、人々は生きていた。オギヤカもまた、それは同じである。ただオギヤカの場合、それらを畏怖いふする気持ちよりも、権力欲がまさっていたにすぎない。

 そんなものを気にして、政り事なぞできるか。

 みずからへもうそぶくが、実際、王子を病にしたのも政敵らの怨念であったし、その呪縛じゅばくを解いたのも、木田の術であった。

 そのような死霊生霊と通じる巫覡ふげきの者は、脅威であった。

 木田の呪いも気がかりだったが、輿入こしい間近まじかであったというその女もまた、あやかしの術を意のままにするという。

 たしか王子がわずっていたとき、木田とならんで名前があがっていたどこぞの若ノロという、あの女であるらしい。その力は木田にも勝り、伝説の「馬天ノロ」の再来だという者さえあるらしい。

 そのような女であれば、木田を殺されたうらみをはらすべく、報復してくるのは目に見えていた。呪いの矛先ほこさきはとうぜん、愛する我が息子、死罪を命じた尚真王に向けられる。

 オギヤカは、そうかんがえた。


 みずからが権謀術策けんぼうじゅっさくをもちいてきただけに、オギヤカは猜疑心さいぎしんがつよい。邪推じゃすいから生じる懸念に、先手を打つ。そうして、ここまでのしあがってきた女であった。

 しばし、にがにがしい面持ちで思案していたオギヤカが、チッと舌打ちひとつ。

 老顔にきざまれた眉間みけんしわをさらにけわしくして、女神官をめつけた。

「わかっておるな。くれぐれも、内々に、の」

 女神官はごくりとつばをのみ、ははっ、とオギヤカの前に平伏した。

 女を、殺せ――。

 オギヤカの鋭い眼光が、そう命じていた。


 幼童の尚真を王位につけて権勢をほしいままにした、かつての女帝オギヤカ。

 「朝鮮王朝実録ちょうせんおうちょうじつろく」には、当時、朝鮮の漂流民が見聞けんぶんした記録として、

 「出遊する王母は、御簾みすでおおわれた漆塗りの御輿みこしにのり、それをかつぐ者は二十人余り。護衛する者は百人余。美婦をともない、角笛や火砲を鳴らした」

 とある。

 「少し遅れて後ろにつづいた年十余歳ばかりの幼君は、輿ではなく馬にのっていた」

 と、当時のオギヤカの権勢ぶりを伝えている。

 しかし尚真王は、いつまでも母親にあやつられているほど愚鈍ではなかった。成長とともに、王たるにふさわしくふるまいはじめた。

 オギヤカもまた、愛する我が子の成長を頼もしく思いながらも、自身の勢威ががれてゆくさまに、ただ鬱々うつうつとしてはいない。陰に陽に王母として権柄けんぺいしていた。


 そして、棚原の若ノロ暗殺、という密命をおびた刺客が、棚原村へと向かっていった。




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