第8話 明かされた秘伝

 三人は、早朝から神屋にいた。

 まず、この日をもって加那がノロとなることを、神前に報告し、引き継ぎの儀式をおえた。

 重要な話がある、という御婆の前に、二人はあらためて向かい合った。

「よいか、これから、大事なことを伝える。ワシの最後の言葉と思うて、心して聞けよ」

 大事な話――。

 心当たりのない苗と母加那は、いぶかり顔で、御婆を見つめる。

「実はのぅ、この家には、ノロとして代々伝わっておる秘伝がある。これから、それを話す。本当は、これは一子相伝いっしそうでん、ノロを引き継ぐときに、後任ノロ一人だけに伝えよ、というものだが……。まぁええじゃろ。いずれは苗が継ぐことになるしの」

 そう前提まえおきし、一つ二つしわぶいて、御婆は、話しはじめた。


 昔のう――。

 大和にいた、たいへん神威高セジだかいひとりの真言の僧が、ニライカナイ(海の彼方にあるという理想郷・神界)を目指して、海へ出たそうじゃ。

 ところが途中で嵐におうて、与那原よなばるの浜に、流れ着いた。

 そのお坊さんはあきらめることなく、舟を直すと、ふたたびニライカナイへ向けて出航した。

 ところが、舟はまたもや嵐にうて、何日も海をただようた。そのあげく、たどりついたのが、前と同じ与那原の浜だったそうじゃ。

 しかも、砂浜に落ちる舟影の、その舳先へさきの位置まで、寸分たがわず同じ場所であったという。

 これは神命しんめいさとり、そのまま琉球にとどまることに決めたのだそうじゃ。

 やがて、その真言僧のもとへ、多くの者が教えをいにいった。

 ワシらの先祖の大ノロもまた、その門をたたいたのだそうじゃ。

 ところが、女人を弟子にはとらぬという。そこで按司の門中にあった聡明なひとりの若者を婿どのにして、ひそかにこれを弟子入りさせた。

 知ってのとおり、わしらノロの祭祀さいし女事おんなごと、たとえ夫でも男がかかわることは禁忌きんきであるから、よほどのことであったと思う。

 その婿どのはなかなか優秀だったようで、一番弟子に認められたのだそうじゃ。

 これから話すのは、この婿どのが伝えられたという、ノロの秘奥ひおうじゃ。

 昔……、昔というても、その僧が昔と云うておったのだから、おそらく、もう千年も、万年も昔のことよ。大和の国に、縁優馬即安社加那志(ゑんぬばすくあじゃやかなし)という神がおった。その神がさずけた八つの秘法である、ということじゃ。

 その八つというのがな、よいか、よく聞けよ。


 まずは、讖緯しんいの法じゃ。

 これは、これから起こる出来事を前もって知ることができる、という術じゃ。知ってのとおり、苗にはときどき、その力があらわれるの。

 まだ自由にあやつることはできんが、ワシが今日明日にも死ぬということも、こうして見とおしてくれた……。悲しいやら、ありがたいやら、なんとも云われん心もちじゃがのぅ……。

 お、苗、もちろんおまえのせいではないぞ。顔を上げい。

 とにかく、この讖緯しんいの法をもって、これからおこるわざわいを知ることができれば、みんなを助けることができる。

 どこぞの家に火事があるとわかれば、火の始末にも気をつけらりょうし、飢饉ききんが来るとわかれば、あらかじめ米麦こめむぎたくわえておくこともできる、というもんじゃ。

 いいか、苗。

 ワシが死ぬことは避けられんようじゃが、未来はのう、水面みなもうつ景色けしきじゃ。風が吹いたり木の葉が落ちたり、わずかなことでたちまち変わってしまう。

 今を変えれば、悪い未来は変えることもできるのじゃ。

 苗にはぜひともこの術をきわめて、みんなを守って欲しいと思うておるがのぅ。


 さて、次が、天眼てんがんの法じゃな――。

 これは、千里を見通す「神の眼」といわれておる。

 となり村や海のむこうの島々はもちろん、技を極めたあかつきには、大和やまとの国であれ、唐の国であれ、千里万里どんなに遠く離れておっても、まるでその場にいるように、あらゆるものが眼に映るのだそうじゃ。

 また、壁の向こうや、包みの中身まで、かして見ることができるという。

 苗は、人の身体の悪いところを見透みすかすことができるから、もしかすると、これは天眼の法のきざしなのかも知らん。


 それから、たまけの法――。

 これは、己が身から魂を抜いてな、魂だけで動く術なのだという。

 あの世の者たちと話をしたり、目には見えぬ神さまのお姿もはっきり見えるし、話すこともできるのだそうじゃ。

 これも、知ってのとおり、苗にはそのきざしがある。思いどおりにはいかんようじゃが、苗ならそのうちできるようになるじゃろ。

 さらには、この魂抜けの法をきわむれば、ねむっている者や、うつろになった者の身体からだに入って、その者の身体を自由にできるという。

 ただし、前にも云うたとおり、この技はくれぐれも用心せんと、魂が抜けているあいだ、逆に自分の身体が乗っ取られてしまうというから、注意しよ。よいな。


 そして、天駆てんくの法――。

 魂抜けの法は、魂だけで自由に動けると云うたな。ところがこの天駆の法は、魂だけでなく、生身なまみ身体からだのまま、たちまちにして好きなところへ飛んでゆけるのだという。

 なんでも、この秘術を伝えた縁優馬即安社加那志ゑんぬばすくあじゃやかなしはのぅ、大和から朝鮮までも、一夜いちやにして行き来したと伝わっておる……。

 ――苗、おまえ、笑っておるな。

 ――いいや、笑っておる!

 ババは明日あすにも死ぬというに、冗談を云うているひまがあると思うか?

 ウム……、たしかに、荒唐無稽こうとうむけい大法螺おおぼら……。

 ワシもずっとそう思うておった。じゃがな、実際、未熟ながらも、苗は未来を見たり、魂抜けをしたりする。これはもしかすると、このデタラメのような秘術の数々も、本当なのかもしらぬ、と、今は信じておるぞ、ウム。

 苗ならいずれ、このようなことが、本当にできるようになるかも知らんぞ。

 それに、実はのう……。

 ふふふ。

 木田どのは、さっき云うた天眼てんがんの法が使えるらしい。箱を開けずに中身が見えるのだという。まだ、遠い彼方かなたのことなどは見えんらしいが……。

 苗は、まぁ木田どののもとでしばらく学ぶがよい。

 そして、と……。


 天の次は……、そうそう、不溺ふできの法、底津そこつの法じゃ――。

 これはのぅ、水の上を沈まずに歩いたり、海の中をも自由に動ける術なのじゃという。

 もちろんただ泳ぐのではないぞ。いちいち息をせんでも、魚のように、海の中をどこまでも深くゆくことができるようになるのだそうじゃ。

 ――なんじゃ、苗、そんなしかめっつらをして。云いたいことがあるなら云うてみい。

「海の底を歩いて、何の役に立つんじゃ?」

 知らんがな! ワシはただ、伝えておるだけじゃ……。まぁ、好きなだけ貝が拾えるというもんじゃろ――。

 ウーム、おぼれている者を助けたり、まぁニライカナイは海の底にある、と云うしのぅ。この技ができれば、ニライカナイへもけるじゃろうて。

 とにかく!

 いいか、おまえたちも、これらの術ができようとできまいと、とにかく代々伝えてゆかねばならぬぞ。今まで云うたことをちゃんと覚えておろうな? どれ、云うてみぃ。

「ええと……、讖緯しんいの法、魂抜たまぬけの法、天眼てんがんの法……」

 苗と加那は、顔を見合わせ、指を折り折り、今聞かされたことをくりかえした。

 ウム。それから云い忘れておったが、これは口伝くでん、くれぐれも書き置いてはならんぞや。万々が一、不心得者ふこころえものの手にわたっては大変じゃからの。よいな。


 ――なんじゃったかな? どこまで話した?

 そうそう天駆の法か。ええと次は――、隠形おんぎょうの法じゃな。

 これは自分の姿を消してしまう、という術であるらしい。

 あたかも煙のごとくかき消えて、人からは見えなくなるのだという。

 まわりの者にすれば、天駆てんくの法も、隠形おんぎょうの法も、同じようなもんじゃが、さっきの天駆の法はの、一瞬にして身をどこかへ移す、というたな。これはその場に身を置いたまま、人の目には映らなくなるのだという。


 そして最後が、憑座よりましの法――。

 これは、自分自身を依代よりしろにして、神々を自分の身に宿やどし、その力を預かって顕現けんげんできる、という術じゃ。

 雲をおこして雨をよび、嵐をおさめることさえ、自在の法であるという。

 ワシらが雨を乞うときは、龍神さまにお頼みして、雨を降らせていただいておるな。

 この憑座よりましの法はの、神さんに頼むのではないぞ。みずからのうちに呼び込んだ神さんの力をもって、みずから雨を呼ぶことができるのだそうじゃ。

 大和や唐旅とうたびに出たまま、帰らぬ船も多いからのう。嵐をしずめて船を守り、人々のやまいを治し、豊穣ほうじょうをもたらす……、すべて思いのまま、といってもよいじゃろうて。

 ――。

 以上、この八つじゃ。ぜんぶ云うたな? 八つ云うたらや?――。

 三人とも少しく考えながら、指を折ってたしかめた。

 うむ、八つ。まちがいないのぅ。


 そこまで話して、御婆は長いため息をついた。

「御婆、秘伝の術はわかったけど、こんな夢みたいなこと……。修行しろといったって、いったいどうすりゃいいんじゃ? なんで御婆は修行しなかったんじゃ?」

 苗が、ちょっと苛立いらだったような顔でたずねた。

 まてまて、あせるでない。

 では、肝心かんじんの、その修練の方法を、今から教える。

 いいか、よく聞けよ――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る