琉球神女伝

MacBee

第一章 神威高の子

第1話 灼熱の島

 水平線をはなれた朝日が、今日もまた、燦々さんさんかがやきはじめた。

 あきれるほど青い空に、雲は、ひとつも見あたらない。

 空を見あげて、村人たちは、つくづくとため息をついた。

「……、今日も、いい天気じゃのう」

「ほんにのぅ……」

「まだ、おがらんのかのぅ」

「そうじゃのぅ……」

 朝の光に、ジーワ、ジーワと鳴きだしたセミの声が、きそうように大きくなってゆく。大地のげる音とも、太陽の燃えさかる音とも聞こえる、耳底じていがしびれるような騒音の中で、人々は肩を落し、うらめしそうにまぶしい空を見つめていた。


 一四八一年。

 大旱たいかんの夏であった。

 らが泳いでいた川は、膝丈ひざたけより浅くなり、水面みなもふくらめていた湧泉ゆうせんは、鏡のように静まりかえった。女らの声をかき消し、どうどうと清水しみずを落としていた石樋いしどいは、しずくをしたたらすだけになった。

 雨乞いの式がおこなわれた。

 白衣装に身を包んだノロ(祝女・神女)たちが、天をあおいで祈りをささげた。


 雨乞いは、めずらしいことではない。夏のあいだに二度や三度は、あたりまえにあることだった。

 神をたたえて、歌い踊ったそのあとは、つどうた村人酒を酌みかわし、また歌い、また踊る。

 厳粛な儀式というよりも、なかば夏の行事のようでもあって、いつもなら、しきたりのとおり雨をたのめば、天はすぐに聞きとどけてくれていた。

 それが、この夏はちがった。


 干天かんてんつづくこと、ひと月ちかく。

 容赦ようしぉのない太陽が、いつまでも南の島を焼きつづける。

 黒々した雨雲がときどき湧き出てはいたが、まるで村をあざけるように、あるときはプイと向きを変えて彼方かなたへ逃げ去り、あるときは、此方こなたの海に雨柱あめばしらを立てて消え失せた。

 それでも、日照ひでりのまえに、米の収穫を終えていたことが、人々をどこか安穏あんのんとさせていた。

 だが、炎天えんてんはつづいた。


 やがて、ふた月。

 まあ、そのうちに降る――。

 そう云う者は、もういなかった。

 雨乞いが幾度いくどもくりかえされた。

 もう儀式に祭りの気分はない。

 篝火かがりびいて雲をよぶ。歌い踊って一心に雨を乞う。だが、おがむ人々をいたぶるように、あくる日もあくる日も、太陽は燃えさかった。

 やがて、田畑はひび割れ、砂ほこりを黄色くまきあげた。

 伸び盛るはずの二期目の稲がしおれだした。

 底をさらしはじめた川では、干乾ひからびた群魚ぐんぎょむくろが、最後の水たまりの形のままに黒く溜まり、四、五日ほど前からは、とうとう井戸の水面みなもまでが、日ごとに遠ざかりはじめていた。

「下の村では、とっくに干上がったそうじゃ。死ぬ牛馬もでておるそうな」

「このままだと、ワシらの井戸もれてしもうぞ」

「そうなったら、また水争みずあらそいじゃあ」

 神は、我々のことをすっかり忘れている――。

 また、飢饉ききんがくる――。

 状況は、首里の王府に報告された。

 琉球のどこもかしこも同じであった。

 人々の訴えをうけて、王府は、雨乞いの挙行きょこう慎重しんちょうに吟味した。


 王府にとって、雨乞いは、村祭りのように軽々けいけいに行えるものではない。

 祭政一致さいせいいっちの時代である。王府は、天になりかわり、神託しんたくによってこの地を治めている。もし、雨乞いが天に通じなければ、王府の権威にかかわる。

 すでに琉球は統一されていたとはいえ、まだ集権体制しゅうけんたいせいを固めていたところ、その基盤きばんは、まだ盤石ばんじゃくではない。

 しかも時の国王は、まだ若年の尚真王しょうしんおう。息をひそめ、虎視眈眈こしたんたんと時機をうかがっている者たちがいる。「神の代理」がうたがわれれば、彼らに謀反の大義をも与えかねない。

 儀式を先送りすればいずれ雨は降ろう。だがそのあいだにも、民の声は日ごとに大きくなる。民衆の不安が、王府への不信に達っすることもあってはならない。


 ようよう、王府は御輿みこしをあげた。

 王府の雨乞いは、国家の一大祭祀である。およそすべての者たちが動員される。

 その実施が決まった府内は、にわかにあわただしさを増した。

 儀式は三日間。

 暦をつかさど唐栄とうえい(中国人疎開)によって吉日がえらばれると、国王の承認を得て、府内の各所に通達が走る。神官神女たち三十三君へはもちろん、寺院各社へも祷雨とうう要請ようせいされた。

 琉球全土には、殺生禁止令さっしょうきんしれいが出される。

 魚はらず、肉をらわず、百姓はえなどのけがれに触れず、杣人そまびとおのを休ませた。

 民衆の家々からは、一人づつ、あるいは各村から数十人つづが徴用されて、 聖所や道程をととのえるなどの、膨大ぼうだいな雑務に追われた。


 そして、雨乞い当日。

 最高神女である聞得大君きこえおおきみや、大阿母志良礼うふあんしたりら、王府の神女たちの一行が、城内をはじめ、首里の拝所の数々を巡拝じゅんぱいする。

 一方、王族・高級官僚の一行は、久米や泊村、豊見城にある拝所を、泊りがけで祈り歩いた。


 儀式を終えても、空はあい変わらず燃えつづける。

 幾日かあけて、もう一度。

 それでも降らずに、もう一度。

 回を重ねるごとに、儀式は盛大に、厳粛に、深刻になってゆく。それでも、陽は白く燃えて、神女たちの影を、地に焼きつけるだけだった。

 

――霊力が、足りない。


 いよいよ、国王による祷雨とううが決定された。

 国王から民草たみぐさまで、文字どおり琉球全土、朝野ちょうやそろって、万人の霊力を結集するのである。

 国王は、格式高い神々おわす、知念や玉城たまぐすく御嶽うたきを巡幸する。それと時を同じくして、各間切まぎり(地区)では、ノロを中心に人々がつどう。

 男子禁制の聖地に、国王がえりを変え、女装をあらわしてまで御拝ごはいするのは、いよいよ最後の手段であった。

 琉球国王じきじきの巡礼に、げん無しではすまされない。

 巡幸の日に先立って、神女たちは手分けして、首里や那覇の御嶽うたきで、雨の神たる龍王に、必死に雨を懇願こんがんする。

 弁ヶ嶽べんがだけ雨乞御嶽あまごいうたきのほか、首里城そばの魚小堀いゆぐむい(龍潭池)では、数十人こぎの爬龍舟はりゅうせん三艘さんそうそう浮かべられ、鐘鼓しょうこを鳴らしながら、雨乞歌を唱して、龍神を招請しょうせいするのである。

 とくに、首里崎山の雨乞御嶽あまごいうたきでの儀式は、国王はじめ王族・官僚などおよそすべての貴人らが一同する、壮大なものであったという。


 そして、その日。

 国王の聖地巡礼の日。

 王府の威信いしんをかけて、また万人の祈りを負って、国王一行は、神々の地へと向かっていった。


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