第29話:漢、伊吹の青い春③
「なんか、家族って感じでいいですね」
「
「俺の両親の仲悪くて、ギスギスしてたしすぐ別居したから、あんまこうゆう、いい意味でべったりした家庭の鬱陶しさ知らないんです」
「家族間の問題はよくないですけど、大家族の鬱陶しさは一生知らなくていいですよ!私も早く
確かに、うちのような庶民的な庭や一般的な一軒家に、洗練された白瀬は全く馴染んでいなかった。
芸能人の自宅を見ておしゃれに思って思い切って買った家具や小物が、自分の生活感の溢れた部屋に合わなかったような、違和感と言うよりも、無計画さや身分の違いを知らしめられる敗北感すら漂う。
自分にないものを持っていると言えば、僻み根性も隠せるが、白瀬は逆にここの空気を吸う事を純粋に楽しんでいた。
普段ほとんど変えない表情を緩ませて、後ろ手をついて軽く仰け反りシミだらけの天井を見上げる。
「だからか、イブ先輩や
この独特の馴染み深さとか、人の心の奥まで抱き抱えるような愛情を知ると、布団にくるまってるみたいに気持ちいい」
「なるほど。それで、宗谷と部屋であんな、家庭みたいなものを作っているのか?」
ちょっと確信に触れる。
「そうかもしれない。崩したくないんです、完璧なものを。
だって、そうゆう人ってちょっと迂闊じゃないですか?外にどんな悪い人がいるか知らなくて暖炉に隠れそびれる子ヤギみたい。家族に守られて屈託なく生きてますから、狼の怖さを知らずに家の中に入れてしまって身を差し出そうとするんです」
「それは随分、優しいようで穏やかじゃないな」
センシティブな内容を察した衣玖は、さっと立ち上がって弟妹達の方に行ってくれた、妹や弟が大人の配慮を見せると成長を感じて嬉しい反面、少し寂しくもなる。
「ま、今のは大袈裟な例えですよ。本心はただ側で見ていたいんです、あったかい布団に包まれていたいんです」
「なら自分も、そんな家庭をつくろうとは思わないのか?」
「分かりません。俺の人生計画に無いんで、現役引退までは考える余地がないと思います」
「……恋人も?」
「それは……まぁ、でも出来ても学生時代までかな、移籍とか、キャリアの関係で物理的な距離や理解が必要ですし、なかなか恋人同士は難しいです」
「お前なら金に困らんだろうし、さっさと結婚して子供を作れよ。こんな言い方は良くないがその方が選手生命も保証されるし、生活も落ち着く」
「いや、それは」
「恋愛も悪くなくて、子供も好きそうじゃないか。いい人がいるならガツさんみたいに連れて行け」
できればそうしてくれ、宗谷を選ばず。
とまでは言えなかった。
俺とてさすがにそこまでの修羅ではない。
白瀬が嫌いなら、宗谷を奪うもっと狡猾なやり口もあるだろうが、俺にとってはこいつも可愛い後輩なのだ。
落ちたままのバトミントンのシャトルを拾い、ラケットでポンっと真上に打ってあげる。
ぽんぽん、と数を重ねる度に白瀬の本心が分からなくなる。
宗谷をプロの道に引き込んで、そばに置きながら、その先は無いなんて無責任だろう。
俺がその間に宗谷と一緒になっても何も文句は言わないって事なのか。
聞きたいけど、さすがにこんな浅ましいことを聞けるはずもなく俺は体裁を保って黙るしかなかった。
「先輩は、一度離れると縁って切れると思いますか?」
白瀬の持ったラケットのふちにシャトルが当たり、カツッと不細工な音を立てて端に飛ぶ。
それを「あぁあ」と言いながら拾って、またぽんぽん、と小さな声で数を数えながら上にうつ。
どんなに外して、どんなに不利な体制でも、体幹をフルに使って最後までシュートを打ち切るコートの中の白瀬を重ねる。
「思わないよ」
俺の返事に一瞬軌道がズレたのか、グッと体を逸らしてシャトルを拾い、少しずつ元の体勢にコントロールしていく。
「どんなに離れても、縁があれば嫌でもまた出会う。それに「縁と浮世は末を待て」と言うだろう?無理に求めず自然に来るのを待つのもいい」
俺はいつも後手に回ると、監督からも親からも言われるが、それだけ辛抱がきく。
人が焦ってこぼした福を拾っていくのが自分のやり方で、成功例だからだ。
「気の長い先輩らしいですね」
「お前とテトラが親の都合で離れても、また大学で出会えたのも縁じゃないか」
「それは、俺の人生計画にあいつを引き込んだだけですよ。
一方的に南海大で会おうって俺が言ったばっかりに、義理堅いテトラが必死に追いかけてくれただけです」
白瀬の眉毛が赤くなる。
コートや大勢の前では感情をあまり出さない風ではあるが、実は一番、情に弱くて涙脆い。
そんな人間らしさをたまに見せるから、人はこの男に惹かれてならない。
「それだって縁だよ白瀬。お前がいない間にいくらでも誘惑もあったし、進学も根性だけでどうにもならない。縁だよ」
俺の言葉に少しスッキリしたのか、白瀬は高くシャトルを打つ、その瞬間に風は止んで流されることなくラケットの真ん中に落ちてくる。
「すぐ答えを焦るのは悪い癖ですね、先輩を見習います」
いや。
俺は優しいことを言いながら、少し悪いことを企んでいる。
白瀬がいなくなる未来を知って宗谷の心の隙をつこうと画策し続けている。
プレイスタイルが虎視眈々と狙う虎というより、ジリジリ待ち受けてじっと機を見計らう蜘蛛に似ている、と昔ガツさんにも揶揄された程に。
気が長いんじゃなくて、狙いを定めるとしつこいんだ。
急に家の奥が騒がしくなって2人で振り返る。
いつの間にか居間でテレビを見出した
「十兄!
「ニュースで?」
地上波でバスケが取り上げられるのは滅多になかった。
俺達が期待を胸にテレビの方を向くと、無理やり衣玖が意気揚々とテレビ台ごとこちらに向けて、まるで昭和初期の大家族の家に初めてテレビが来た懐かしの映像を思い出す。
白瀬はこの雰囲気が楽しいのか、スニーカーを脱いで居間に上がると畳に胡座をかいた。
人の膝に座るにはもう育ちすぎの逸美と四季がその膝に乗り、ちょっとびっくりしたが、好きにさせる。
特集はニュースでなくお昼の情報番組のスポーツ特集で、なんだ、と今度は目を合わせて期待外れな笑みを浮かべた。
「巴ちゃんデフって何?」
「defはデフバスケ。難聴の人達のバスケ、俺も競技自体をしてるのは初めて見た。すげぇな、全然変わらない」
車椅子バスケはパラリンピック競技に入っていて有名だが、それ以外の競技を見た事がない妹弟は画面を見ながら、俺達がやっているバスケとの違いが分からず戸惑っていた。
障がい者スポーツと言われても、車椅子とは違い、見た目で分かり辛いようで、何の支えもなく立って複雑なフォーメーション練習をしたり、インタビューを受けている選手の姿が不思議でならないようだ。
「難聴?」
「音が分かりづらい人達だよ、ほら見えにくいけど耳に肌色のイヤホンみたいなのをつけてるだろう?あれで音を調節して聞いているんだ」
ちょうどインタビュアーも似た質問をして、カメラに耳元が大写しになる。
肌色でしっかりと耳の中におさまった補聴器の、小さな電源ランプの光も見ながら、逸美は自分の耳を塞いで「あーっ」と聞こえ具合を確認する。
「本当だ、耳栓した方が自分の声、よく聞こえる」
それとはちょっと違うんだが、と思うがまだ少し難しいだろう。
白瀬は興味津々で、監督の指示が飛ぶ紅白戦の短い映像を喰いいるように見つめる。
そこにピンマイクをつけた1人の若い選手が呼ばれ、インタビューが始まった。
内容をしっかり聞きたいのか、白瀬が前のめりになり、それを見たおしゃべり大好きな逸美と四季がお互いの口を押さえる。
『試合中は補聴器をつけていても全く指示が聞こえない時がありますが、その時は周りの動きをしっかり観察して、どのフォーメーションかを判断して動きます。
僕と違って全く聞こえてないチームメイトはヘッドコーチの口の動きを読んでたりしますね。
バスケはとてもリズムのあるスポーツなので、一度崩れると立て直せず共倒れする事もありますが、団体スポーツなんで欠点を補い合える、そこも魅力です』
インタビューの内容に白瀬が「あの状態で周り見て判断ってクレイジーだな」と呟く。
「コート内って俺達でも指示が聞こえづらいし、ハンドサインだって集中してたら気がつかない時あるし、急に変更するじゃん?そんなの意に介さず動いてる」
「聴覚に頼らず、視覚と空気の集中してコート上では戦況の変化を判断しているんだろうか。
フォーメーションの反復練習と後はチームの信頼、これが1番だろうな」
「信頼か、自分だけで判断せず、周りに委ねる。俺に足りないところだ」
簡単な経歴が出たのを見ると
体格は細く、身長もそこまでではないが、彼のプレイの持ち味は人とズレるリズムらしい。
確かにそんなステップの技はあるが、そうそう試合中に出来るものでもなく、大学バスケでもユーロステップを得意技という選手は少ない。
『
『はい、ピアノ専攻で留学も視野に入れてましたが、中学生の時に事故で蝸牛を損傷して補聴器生活になり、夢を絶たれて引きこもりになりました。
その時に通院していた大学病院の待合でたまたまチームの部員募集のポスターを見たんです。
バスケは突き指を恐れて授業もサボってたんですが、なんの因果か今そのスポーツにハマってしまって』
『一人で弾くピアノからの団体競技って戸惑いはなかったですか?全く真逆に思いますけど?』
『ありません。とは言い切れませんが、ピアノの連弾に似ていると思うと出来る気がしました』
『では、今後の目標などありましたら最後にお願いします』
『はい。競技としてまだ知られていないデフバスケを広めるために、今後機会があればプロバスケリーグへの参戦も視野に入れています。僕の出身中学は東北中のバスケバカが集まる学校だったので、あの時に一緒に学んだバスケバカとコートで出会えたら素敵ですね』
『それが実現したらすぐ特集組まないと!それでは今日の特集は難聴と共存するバスケットプレイヤーの伊勢崎
特集が終わり、一気に興味をなくした幼い妹達はまたチャンネルをザッピングし、録画のアニメを見始める。
誰かの頑張る発言や、やる気は連鎖するのか白瀬はソワソワと体をゆすって「俺、寮に戻ります」と立ち上がり、妹達にバレないようにそっと我が家を去って行った。
1時間ほどして子守のお役御免になった俺が寮に戻ると、連休で出払った寮のトレーニングルームで1人体を動かす白瀬がいた。
「精が出るな」と、声をかけるとベンチプレスをゆっくりおろし、タオルをとって汗を拭う。
「あの選手とプレイ出来たらとても刺激的だと思いませんか!たまたま見たテレビにたまたまいた選手ですよ、これこそ縁ってやつですよね」
「確かにそうだな」
「俺も信じます、自分の道と、その先の縁」
男前が上がった白瀬はすっきりとした顔でまたベンチプレスと向き合った。
張り付いた前髪が束になって隙間を作り、合間に見える眉の角度が違う。
俺もつられて少し一緒に汗を流していると、帰省から戻った宗谷が「あ、2人で抜け駆けずるいよ」と慌てて荷物を置いて加わる。
「今日、先輩の家でデフの特集見てさ、すげぇクレイジーな奴がいて……」
白瀬が宗谷の目を見ていつもと違う表情で笑う。
どこか諦めみたいな、でも唇をしっかりと結んで口角を上げた強気な笑い。
何か心の奥で決心がついたんだろう、と俺は思った。
白瀬は宗谷を置いてでも、バスケの道を進む気だ。
「へぇ、俺の出身中学に?そんな人いたかな?」
「名前は忘れた、変わった名前だったけど。ま、会えば分かる。一緒にプレーしたい」
「俺も頑張ろ!」
俺は2人に何も言わずに自室に戻った。
きっと、卒業を機に白瀬と宗谷は別々の道を進むだろう。
同じプロの道に進んでも、そうでなくても。
そうなった時、自分に縁は巡るだろうか。
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