14.アニマル・インセデンス
どうやら平日に救急車が来ていたらしく、ご婦人が入院されたことはご近所界隈では知られた話だったらしい。
その後の顛末を知る方は半分くらい、その老犬がうちに来たことは初耳だった模様。
燻製も喜んでいただけたし、余所者の俺にしちゃ上出来だろう。
独り身だと、何かあった時にネットワークがあった方が良いからね。
ようやくペットを飼う余裕もできた、今の生活。
独りだと良くない考えに囚われがちだけど、動物でも近くにいると気が紛れる。
郊外だからといって、必ずしもペットを身近に置けるとも限らないからね。
〇〇〇〇〇
連休前の土曜日。
雨の日も嫌いじゃないけれど、外お出かけは今日のような陽気だと心も晴れやかだ。
学校に近く、俺の自宅からそれなりに離れた乗換駅で朝からセツコと待ち合わせ。
「おはよう、待った?」
「ううん、そうでもないよ」
「去年の合宿もそうだったけど、セツコって集合だいぶ早くない?」
「待ってる時のドキドキが好きなんだけど、今日は失敗……
駅だと知らない人がいっぱい声掛けてくるの、すっかり忘れてた。
でもお兄さん早めに来てくれて助かったよ」
ボーダーTシャツと水色ニット、青デニムの彼女は、カンカン帽が良く似合う爽やかな春の装い。
何よりその笑顔がより一層目を惹く。
「今日行く動物園の目玉はね、動物ふれあい広場!」
「あれ、パンダの赤ちゃんは並ばなくていいの?」
「あれもいいんだけど混むからちょっとねー
それよりひよこのモッフモフも猫のこちょこちょも白蛇のツルツルもジャイアントラビットのムスーっとした顔もヤギのキモイ瞳もみんな捨てがたいの!
小さい頃家族でオーストラリアへ行ったときにコアラ抱っこして記念撮影したんだけど、ヤツら爪が痛ったくて服にも穴開いちゃってさー」
……動物トークが止まらないまま動物園に到着。
まあ高校には飼育係とかないもんね。
童心に帰ったような彼女は、一通り回ると予告通りふれあい広場へ。
「ひよこはね、そっと手の平で暗く包んであげると大人しくなって抱っこさせてくれるんだよ」
「ホントだ。面白い」
「お兄さん上手だね!
そうだ、キミも農大受験するといいよ、そして同じ大学行くってのもいいねー」
「進路か、まだ何も考えてない……というより進学以前に学校続けられるか不明だったからさ。
さしあたって高校は最後まで行けそうだから、大学行くなら国立かなぁ」
「ふふっ、今の調子なら旧帝大の獣医学部とかオススメしておくよ」
「あれ、セツコの家は畜産業もやってるの?
たしか地主とかケンジが騒いでた気が……」
「べつにわたし跡取りじゃないし、手に職つけたいから家と関係ない。
畜産・食品とか獣医は、単にわたしの趣味w
それよりそろそろお昼にしよっか、おなかすいてきた」
「そうだね、あすこのベンチで食べようか。
ちゃんと手を洗ってからね」
「おおーすごーい良く出来てるー!」
「早起きして頑張ってみた。
玉子焼きとウズラ卵が被ったのは許しておくれ」
「いやいやウズラは黒ゴマで目鼻口まで付けてて凝ってるねー
お兄さんやっぱ器用だし頑張ってる、偉い。
こっちのウィンナーはタコさんと……イースの大いなる種族?」
「ちょっ、イソギンチャクのつもりだったんだけどw
あっこのチーズとニンジンはクッキーの抜型使っただけから、この形に意味ないから違うから!」
「ふっふーあーせーるーなーよー
いいじゃんハート型、カワイイw」
「そっそれよりこちらはいかがでしょうか?
たこ焼き器で焼きおにぎりしてみたんだけど」
「あははっ、この丸いの何かと思ってたけどナイスアイデアだねー!
うん、やっぱりキミ面白い。
それにどれもちゃんと美味しくて感心するよ。
もーウチに嫁に来なさい」
「またそうやって揶揄って。
嫁はアヤメさんだったろうに」
「ふふっ」
●●●●●
食事も済んだ昼下がり。
散策がてらリスザルコーナーのアーチをぶらぶら。
「あっ」
「おっと」
「ナイスキャッチ!よくとれたねー」
セツコの背後から近付いてきたリスザルにカンカン帽を取られたものの、すかさず俺がキャッチ。
主犯はサッと檻の奥の方へ逃げた。
「はい、どうぞ。
麦わら帽子?」
「これ気に入ってたんだ、咄嗟に取り返してくれてありがと。
カンカン帽といってね、硬くて叩いてもカンカン鳴るって意味らしいよ」
「そうなんだ、前も被ってたけどセツコによ、良く似合ってる。
き、今日のパンツスタイルとシャツも、オシャレでか、か、可愛いよ」
「あはっ、今になってwww
でも今回はちゃんと褒めてくれた、嬉しい。
前のデートはそれどころじゃなかったからね。
よしよし、及第点だよ」
「う、恥ずかしいんだからな、こういうの」
「いいよいいよ解ってるって。
お兄さんもライダースジャケットとブーツカット、良く似合っててカッコイイ。
去年のあのぶかぶかパジャマからえらく進化したね」
「パジャマて。
先週夏目先輩に付き合ってもらって買い物行ったから。
ついでに音源巡りも連れて行ってもらったし、あの人には感謝しかない」
本当に、進学して部活入ってから俺の人生は随分変わった。
良い人たちと廻ら得ただけでも存外の幸運なのに、こんな可愛い子と友達だなんて。
このままがずっと続けばいいのに。
●●●●●
「ふーアニマル分満タン!満喫したー
お弁当も美味しかったし、今日もうんと楽しかった。
ありがとね」
「いやいやこちらこそ一緒に出掛けてくれてありがとう。
純粋に楽しいだけのお出かけって、すごく久しぶりな気分」
「キミは事情が事情だからね。
これからたくさん楽しいを積み重ねたらいいんじゃないかな。
ホラおそろいのピンバッジ、単独や逆に大人数のお出かけじゃできないよ?」
「はは、しかしセツコそこまで動物大好きなの意外だった。
匂いとか汚れは平気だった?」
「それも含めて、だね。
人ごみに紛れるよりは郊外で動物と一緒に居た方が性に合ってるみたい。
農学系進みたいのもそういう事情かな。
ね、やっぱりお兄さんもそっち系の進学考えてみない?
わたしと同じ学校かどうかは置いといて、お兄さんも適性ありそう、なんて」
「将来の事なんて考えたことなかったから、特に拘りもないし。
漠然と自然科学くらいに思ってたから、農学もいいかな。
俺も都会で息を潜めるより、田舎暮らししたい」
「じゃ決まりだね、また一緒に勉強しよ!
科目揃ってた方が合わせやすいし、化学とか物理はそろそろわたしが教わる方が多くなったから」
「それもこれもセツコ大先生のおかげです。
誠心誠意頑張らせていただきマッス」
「よーし、じゃあ方針も決まったことだし、お店でも回りましょー!」
「時間大丈夫かい」
「晩御飯までに帰ればヘーキヘーキ!
一応お母さんにメールだけ入れておくから、安心しておつきあいなさい」
「ケータイ、じゃないスマホだっけ、便利なもんだね」
「お兄さんも今度余裕が出来たら買うといいよ!
ちょっとした用ならその場で済むし、長電話しなきゃ維持費もたぶん?大丈夫。
そうだ、参考までに今見に行ってみよっか」
一緒にスマーホフォンを眺めて回り、夏休み短期集中バイトのターゲットに決めた。
しかしその後服やバックなどのウィンドショッピングかと思いきや、動物園で見ないような爬虫類や珍しい昆虫のお店なんかを見て回ったのは驚愕だった。
本当に生き物好きなのね。
でもよい一日だった。
また一歩、近づけた気分。
〇〇〇〇〇
ご近所さん方にお裾分けをして回ったはいいけれど、皆率先して各ご家庭の特産品をどっさり分けてくれる。
特に銀杏とジャガイモ。
銀杏は洗ったものを頂けたので嬉しかったが、ジャガイモはとにかく量が多い。
主食としてモリモリ食べても一冬越せそうな勢いだ。
ザワークラウトでもつくって、当面はドイツ気どりの生活と洒落込みましょうか。
ちょうど燻製ソーセージもあるし、退屈はしないだろう。
そういえば覚えのある数少ない母親の得意料理の一つに、じゃがいもで作ったおもちがあった。
実家が北海道で、いももちとしてよく作ってもらったと子供の頃聞かされたなぁ。
そうか、母親からは貰ったものもたくさんあるのかもしれない。
年末辺り、久々に様子を見に行こうか。
何時ぶりだろう、心に余裕が出来たのは。
ワトソン君のおかげかな。
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