【完結】さよなら、幸せの青い鳥

改案堂

01.眩しかった日々

新年度初めの慌ただしさも落ち着いた、春先のある日。

コンビニの外に設置された喫煙コーナーで一服。

ぼんやり交差点を眺めていると、女子学生と隣り合って歩く男子学生が自転車を押して歩いている。

二人ともにこやか、青春を謳歌してるなぁ。


現在でこそしがないルート営業で糊口をしのぐ毎日だが、かつて俺もあんな時代があったっけ……と最初はぼんやり、やがて連なるように思い出す。




そうだ、俺を未だ生にしがみつかせる。

青春の呪縛ともいうべきあの眩しかった日々の、記憶。

昔の過ちなんて忘れたくて逃げ続けてきたのに、ふとした切っ掛けで浮き上がり、追い縋られる。

あの時に戻れたら、もしやり直せたら、俺の人生はもっと違っていたんだろうか。




〇〇〇〇〇




彼女に初めて出会ったのは、高校入学して直ぐの入部説明会だった。




中学まで柔道部だった俺は、全国大会の晴れ舞台で膝を壊した。

日常生活には支障なかったものの全力運動には耐えられず、図書館で受験勉強に勤しんだ。


努力の甲斐あって、県内では上から数える程度には偏差値の良い進学校に合格した。

進路相談で教師にも『記念受験だな』と軽く扱われたが、補欠からの滑り込み。

身長は高く体格に恵まれたため目立ったのだろう、高校入学と同時に方々の運動部で声を掛けられた。

そんな見た目だけの期待への反発から立ち寄った漫画研究部・美術部の入部説明会。


そこに青鳥おどりセツコは居た。




「ずいぶん古風な名前だな」


「よく言われるよー

 キミはずいぶん大人びてるね、本当に同級生?」


「老け顔もよく言われる。

 これでもピッカピカの一年生だぜ?」


「ふふっ、面白いねキミ。

 大きいし年上に見えるからお兄さんと呼ぼうか。

 あ、わたしはそのままセツコでいいよ。

 クラスは違うけど部活一緒だといいねお兄さん、これからよろしくー」


冷やかしのつもりだったが、思いがけない女子との接触。

偶々隣に座っていて、自己紹介の名前が印象的で思わず声を掛けてしまった。

返ってきたのは、透き通った声と慈しむような微笑。


隣に座っていた彼女は少し小柄で、大きく編み込んだ黒髪を後ろに下した三つ編みが黒猫のしっぽのように揺れる。

座高の差で視線がすぐ横にない所為か切れ長で知的な瞳をやや斜め上に向け、しっかり俺と目を合わせ話す。

誰でも対等として接するような、それでいて勝気な物言いの彼女。


一方俺はガタイばかり大きく鈍重で、特殊な家庭環境と相まって目つきも悪く誰しも寄り付かない人相。

柔道一直線だった俺には、女性への免疫なんて当然無かった。

救いだったのは物怖じせず返答されたこと、そして本や漫画の共通話題があったことか。

ファーストコンタクトのその日から、俺は彼女から目を離せなくなっていた。




●●●●●




高校の部活動、文化部王道のひとつ漫画研究部や美術部となれば、部員数は多い。

各学年とも10名近い。

部室や教員の関係か、その学校は"絵を描く"という観点から漫画研究部と美術部が同じ美術室で活動し、掛け持ち入部も多い。


新入生歓迎・親睦会も合同で、学年対抗のソフトボール大会が開催された。

各学年でチームを作れる程度の人数、かつ部の伝統行事なのだとか。


「2年生の圧勝だったねー」


「仕方ないさ。

 1年は皆入ったばっかでお互いよく知らないし、俺なんて特に協調性ないから」


「お兄さん、全然本気出してなかったでしょ。

 どっか……足とか調子悪かったりする?」


「よくわかったな、中学ん時に部活で膝痛めた。

 普段歩く分には問題ないけど、長距離走はキツい」


「そっかー、じゃあ動物園デートはお預けだね」


「は?」


「打ち上げの話。

 そしたら有志でカラオケにしよ!」


さらっと揶揄う、そんな子だった。


膝のことを隠す気はなかったものの、自ら周知して回るものでなし。

だがほかの連中に広まらなかったから、彼女から言う事もなかったのだろう。

親睦会のおかげか同学年で男女問わず皆とすぐに打ち解けられたけど、セツコとは妙に気が合って二人で話すことも多かった。




●●●●●




打ち上げのカラオケは学年混合で部全体の1/3、だいたい10名程度が応じた。

高校以外の知り合いに会いたくない俺にとって、家から遠いこの学校寄りの待ち合わせは却って嬉しい。

電車に1時間も乗れば大概の人は生活圏外だから、俺は迷わず出席した。



「みんなすごいセンスだねぇ……

 特にお兄さん、服ぶっかぶかじゃないか」


「仕方ないだろ、運動やめると身体が縮むんだよ」


「ふーん、身長高いのにもったいないなー

 ねえアヤちゃんにエリちゃん、今度1年でお買い物行かない?」


アヤメさんとエリさんはともにセツコの幼馴染、同中学からの進学組だ。

野口アヤメさんは明るい茶色のセミロング、目と口がやや大きく派手目の印象。

一方吉田エリさんは銀縁メガネと鋭い眼差しで、いかにも優等生の雰囲気が漂う。


「アタシはいいけどエリどーする?」


「そうねぇ……明後日の学力テストで赤点取らなかった人たちの打ち上げでいいんじゃない?」


「えっ、あのテスト赤点なんてあるの?!

 わーアヤメ様エリ様、一緒に勉強しませんか!」


「お……」


「おおなんだデカいやつ、お前も入部するんだってなー。

 やっぱせっちゃん狙い?ライバルしちゃう?」


大岩ケンジ、彼は同クラスで同じく漫研・美術部に入部した男だ。

チャラい……というよりは古風な不良を気取った感じの茶髪だが、親しみやすい。

彼のおかげで、俺達も勉強一緒に……と言いかけたのを誤魔化せた。

彼女らの軽やかな春の装いに見惚れて、変なこと口走るところだった。


「ダメよ大岩君、セツには地元に良い人いるんだから。

 それよりホラ、とりまカラオケでしょ?

 さっさと行こ行こ」


「エリちゃん、それ違うからね?」


仕切りたがりなエリの催促で、皆ぞろぞろ動き出す。

セツコの意見は流されたらしい。


余談ながら2年生の夏目先輩(♂)が洋楽に異様に詳しくて、俺や大岩君は大いに意気投合し有意義なカラオケ打ち上げになった。




●●●●●




進学校だけあって、入学後すぐに開催された学力テスト。

結論から言うと、俺の結果はボロボロだった。


9教科中5教科で30点未満の赤点。

総合点数でもクラス35人中33位と、ちょっと泣きたくなる順位だ。

重い足取りで部室へ向かうと、皆悲喜こもごもで報告しあう姿が。


「ねーアヤちゃんどうだったー?」


「赤点はなかったけど、全体の順位は中くらい。

 予想通りかな。

 エリは?」


「私は学年4位。

 特進クラスだし本命落ちのすべり止め組だから、このくらいはね。

 肝心のセツはどうなのさ」


「わたしはね…数I赤点だった。テヘっ☆」


「テヘじゃねーよどーすんだせっちゃん!

 じゃあオレたちだけでカクエツモール行くのかー?」


「うんしょーがない、わたし言い出しっぺだし残るよ。

 ケンジくんたちハメ外しすぎないように。

 あっお兄さん来た!テストどうだった?」


「赤点5つ。

 順位もクラスぺけ3…」


「お前そんな頭悪かったのか、若干引くわ…

 なんだ暗記物の科目ばっか駄目じゃん。

 てかなんで数学Iと数学A満点でソレなんだよ」


「うっせケンジ、暗記苦手なんだよ。

 つか俺が補欠入学って知ってんだろ」


「さっそくケンジ呼ばわりwww

 せっちゃんも赤点取ったみたいだし、お前ら二人で居残りな。

 なんだお前役得かーw

 オレらでさっさと買い物行こうぜ!じゃーな」


「ケンジそそういうのいいから、さっさと行けらっしゃい」


知らなかった、部活の同学年たちは皆頭いいんだな。

とはいえクラスで赤点取ってたのは病欠がちか運動部メイン、高校デビューで意気がったヤツだけ。

セツコと居残りの事実より、頭の悪さ加減で悔しさ半分情けなさ半分で泣きそう…



「ねえ、お兄さん数学得意なんだ?

 わたし計算苦手でさー

 英語なんかの語学系は手伝ってあげるから、教えあいしない?」


心配して残ってくれたわけではなく、彼女も赤点で居残り組だと教えられた。

地に落ちた気持ちは急上昇、彼女にはそれを契機に勉強の仕方まで教えてくれた。




〇〇〇〇〇




今思うと、セツコには学校の勉強だけじゃなく色んなことを教わった。

俺なんて"お兄さん"なんて呼ばれる柄じゃなくて、彼女こそ"お姉さん"だったよ。


おっといけない、休憩時間取り過ぎた。

急いで得意先回り済ませて営業所戻らないと。

だが今日は金曜日。

良い蒸留酒も手に入ったし、帰ったらちょっとしたツマミでも作り独り酒しよう。

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