第45話 過去の海

『死ぬ』という謎の選択肢を選んだ瞬間に、私の意識は真っ暗な闇の中に引きずり込まれる。先ほどから、辺りの景色がチカチカと光りだしたり、消えたりしていて、深夜の都会を宇宙の上から観ているような気分だった。


 そのうちに、光はおさまり目を開けるともちろん、当たり前なのだが私はダンジョンにいた。しかし、私の目の前には、見たことのない団体が背を向けている。彼らの目線の先には、先ほどまで私が戦っていたムカデ型の魔物が、数を増やして彼すらを迎えていた。


 彼らは手に持っている今では使っている人が珍しい武器たちを使うが、劣勢なのは目に見えていた。腕についている勲章は、ダンジョン協会のものだろうから、仲間なのは事実だろう。


 すぐに助けなければ……。私が足を動かそうと一歩踏み出したとき、何かに気づいた。そう、かすかに違和感。


 私が現れたというのに、何も反応を示さない人々。そして、彼らの持っている武器の種類。そして、あのムカデの魔物の数。身体の疲労による重み。


 どう見ても、可怪しい。まるで、創作物の中の回想シーンを観ているような気分だ。しかし、私は彼らを助けたいという意思は変わらない。たとえ、これがなにかの魔物の幻覚でこの人たちは現実には存在していなくても、私が彼らを助けることは変わらないだろう。


 声を掛ける。しっかりと大きな声で、自分の存在がここにあることを証明するために。


「大丈夫ですか? わたしも手伝いますから……」


 声をかけ続けるが、彼らは一向に振り向かない。確かに、相手の姿を視線にとらえておくのは大切で、魔物に背を向けないのは、ダンジョン攻略の基本である。しかし、これだけ声をかけても誰一人も振り返らないのは、おかしいのではないか? 後衛の人もいるのに、全員の目線は奥の魔物だけを見つめている。


「あの……。わたしも……!」


 彼らの中の一人の肩を叩こうとした時だった。まるで、そこには初めから何もないと言わんばかりに彼の肩に置いた手は何もつかめない。彼の体にわたしの手が貫通しているのだ。まるで、そこにいないような感覚。触れることができない。もう一度、彼に触れようとするが、何度やっても結果は同じだった。


(どういうこと? え? 私、死んだ?)


 そんな思考が一瞬頭の中をかすめる。(いいや、それは絶対ない……。ないはず……。)と、完全に否定できない自分が少し悔しい。実際、あの選択肢では、【死】を選んでいるのだから。私のSkillのような生き物の生死に直接干渉できるものがあっても不思議ではないのだから。


 もし、そのSkillがGOLNさんのものになったとしてもおかしくはないのだから。


 この現象は私がこの世界に存在できていないことの証拠なのだろう。ここにいるのに、誰も気付かない。その苦しみがジンジンと私の心を毒していく。


「隊長! 待ってください! この人数では……」


 とある青年が、声を上げ隊長らしきベテランであろう、ガッチリとした身体をした男に声をかけていた。なぜか、その青年に親近感を抱いているのは気のせいだろうか? 体格差があるからか、経験の差なのか、2人の姿を見ただけで、どちらがより強者なのかは一目瞭然だった。だから、男の答えを聞いたとき、私は『やっぱりな、』ということを思ったほどだった。


「クルマ! お前は特に戦闘要員ではないのだから、黙っておけ。お前の使えないSkillは必要ないんだ。」


「それでも……、ここでは一度撤退を……!」


「撤退してどうする? この周りの地域の人々にはどう説明するんだ? いきなり、現れたダンジョンにより、あなたたちは大人しく故郷を捨てろというのか? あと、ここだけなんだ、このダンジョン・ロイさえ攻略できれば、わが国はダンジョンという不確定要素がなくなるんだからな。」


「そしてら、またリベンジしたらいいじゃないですか、まだ、1目の挑戦なんですから。」


 彼の言葉に一瞬思考が支配される。1回目のダンジョン・ロイ攻略作戦は、だいぶ前に失敗に終わっている。それなのに、彼は今1回目だと言った?


 もし、それが事実なのだとすれば、私が今いるのは、ダンジョン・ロイではある。しかし、ここは何十年も前の第一回ダンジョン・ロイ攻略作戦が行われているときであるという結論にいたる。


 それならば、私が死んだのではなく、過去に飛んでいる。過去にさかのぼることができるSkill? そんなのは聞いたことがないし、この作戦に参加している探索者や、ダンジョン配信者にそんなSkillを持った人もいなかった。


 いや、それだけじゃない。この親近感を覚えるこの青年は……。そうだ、思いだした。私は、


 そう、彼こそが私にSkill使い方を教え、この前いきなり、「さよなら」を告げて、ダンジョン・ロイで待ってるという意味深な言葉だけを残して去っていた張本人。


『クルマ』とさっきの男性は、言っていたが……。これは、クルマのSkillによるものなのだろうか。でも、この攻略作戦は失敗する。そして、生存者はほとんどいないと言われているこの作戦。この作戦に参加しているということは、彼はもう……。


 この世にはいない。


 その答えが頭をよぎったとき、すぐにその思考を頭からかき消した。彼が、哀れに思えて、会うことがなかったはずの人物に、どうしてここまで心が動かされているのかその時の私は分からなかった。


 その時、始めて私は自分の努力では変えられない未来ということを思い知ったのだから。




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