第20話 特別変異現象

 いきなりだが、特別変異とくべつへんいという言葉を聞いたことがあるだろうか?


 この言葉は、今社会のなかに爆発的に広がっている都市伝説としでんせつの一つである。


 普通の変異体とは、違い人の言葉を操る魔物が、一定の条件を満たすと生まれるというのだ。


 その条件は……


 ***


 結愛ゆめたちの前に、現れたのは人狼のような見た目の魔物。口からは血がたれているが、アレ﹅﹅自身の血ではないだろう。


「全員!戦闘態勢!」


 赤池の怒声で全員、気を引き締め直した。それぞれの武器を構え直す。結愛も、自身の眼鏡に手をかけた時。アレが、喋った。


『お前ら、何もんだ?』


 声が濁っているからだろうか、「オメェら、なにゅもんりゃ」と聞こえたが、確かに言葉を発した。


 赤池が、ユックリと後ずさりを始める。


「リーダー何やってるんですか?」


 一人のメンバーが、彼に問う。しかし、彼は小さく、「に、……。」と、つぶやくだけである。メンバーが、聞き返す素振りを見せると、今度は大声で叫んだ。


「お前ら!逃げるぞ!」


 そう言うと、同時に彼は駆け出した。出口に向かって。しかし、言語を理解できる敵の前で戦略を口に出すのは、ご法度である。


『逃げるの〜(笑)、追いかけちゃおうかな〜。』


 人狼との地獄の鬼ごっこが幕を開けるところ


 ゆめが、人狼の目を直視したのだった。身長差があったため、目を合わせるのが大変だったが、赤池に目線が行ったおかげで、上手く合わせることができた。


 これで、あの魔物は死ぬ。


 そのはずだった。実際、人狼の魔物の首はあり得ない方向に曲がり、地面に落ちた。しかし、その断面からまた首が生え頭は元通りになる。その再生時間は、一分にも感じたし、一秒にも感じた。


「え、?」


 パーティーメンバーからも、恐ろしい異形の魔物を前にして恐れの声が漏れる。


「だから、ダメなんだよ〜、アイツからは逃げられない。俺らは、アイツに食われちまうんだ。」


 赤池の声だった。さっきまで、一目散に逃げていたはずなのに、結愛たちの後ろで座り込んでいる。その姿は、さっきまでの感じの悪いおじさん。という、イメージはなくなり子供のようにむせび泣いている。


「リーダー、しっかりしてください!」


 メンバーが口をそろえて話すが、彼の耳には、心には届かない。


 ただ、ひたすら言うだけである。


「アイツには敵わない。俺たちは、みんなアイツに食われるんだ。」


 と。


「一旦、別の場所に避難だ!リーダー、早く立ってください。」


 メンバーの1人が声をかけ、結愛たちは本当にが、始まった。


 ***


 しばらく走り、小さな小部屋で一旦休憩を取ることにした。腰が抜けてうまく立ち上がれない赤池リーダーを背負っての全力疾走は一人のメンバーには負担が大きすぎるため、わたし以外のパーティーメンバーで、交換で背負うことになったのだ。


「お前ら……。もう、諦めろよ。アイツからは逃げられないんだよ……。」


「なんで、わかるんですか。あなたはこのパーティーのリーダーでしょ!」


「俺は、。アイツは特別変異個体だ。殺せねぇよ。何をしても。倒せないんだ…。」


 どういうことだろうか。すぐに一人のメンバーが、問いただす。


「2年前にいたんだ。あいつと似たような魔物が。オレは、見たんだ。裏切られたんだよ。そう、裏切られてんだよ!


 


 彼が、指を指したのは結愛だった。


 しかし、彼女は今日、彼に始めてあったわけであり、彼を裏切ることは到底無理である。だから、こらは彼の被害妄想に過ぎない。


「どういうことですか?リーダー、しっかりと答えてください。」


「俺のSkillは、複製製造ドッペルゲンガーだ。一度に、3体まで分身を作れたんだよ。でも、2年前のあの魔物に出会って、1体を失ったんだよ!


 お前らには、わからないだろ!目の前で自分が食われていく姿を見ている時の気持ち、絶望感をさ!


 全部、アイツのせいなんだ。お前ら、ダンジョン配信者が、盾持ちの配信者が、すぐに逃げ出して、俺らをおいていくから。


 俺のパーティーは、オレと、新人の探索者以外は、全滅した!盾持ちの配信者も出口の前で普通の魔物に食われて、死んでいた。


 俺らは、全員ここで食い散らかされている所を見つけられるだけなんだよ……。」


 彼は、笑っていた。その目は虚空を見つめていた。何もその目は、映していなかった。さっきまで、イライラしていた、パーティーメンバーも、その様子に後ずさりをする。


 それは、結愛も同様だ。


 彼が配信者を嫌う理由もわかったし、自分もSkillをもらった時に人が死ぬところを見た。それも、自身のSkillが関係して……。それは、すごく怖いことだし、恐ろしいことだと言うことも、知っている。


「それでも……、それで……」


 パーティーメンバーが、何かを言いかけた時、大きな足跡が、辺りに響いた。


 尻尾を引きずるような音と、自身の心臓の音だけが響く空間。全員の本能が、息を殺すように叫んでいた。しかし、人狼というのは、半分は狼。鼻は良い。いくら息を殺したって、生き物ならば少なからず匂いがついてしまうものである。


 一つ曲がった通り道で、人狼が進路を変えたのか、こちらに向かってくる音がする。次第に、足音の感覚が速くなっていく。


 結愛は、覚悟を決めると足音を響かせながら前に出た。『今、自分の出番だと』普段は、持っていないはずの自信が溢れ出していた。次第に、笑みがこぼれる。


 彼女が、好きなのは戦闘系ダンジョン配信者。それは、命のやりとりによる、ドキドキ感が売りの危険を伴う配信。


 それに憧れた彼女は、自然とこのような状況を楽しんでしまうようになっていった。VTuberとして、ダンジョン配信をはじめても、いつ中級者向けのダンジョンに行けるのか、楽しみにしていたほどに。


 配信なんて、していないのに彼女は微かに呟いた。


「Let's ダンジョン!」


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