第13話 VTuberとしての価値

「あと一人なんだけどな…。あと一人…。VTuber部門で…。」


 そう言いながら、結愛ゆめは、パソコンと向かい合っていた。事務所には、もう合格通知を受け取った勇也ゆうやさんの姿がある。


 勇也さん――通称、ユーゥ(事務所内でのあだ名)の面接から約2週間。もう、事務所には慣れていて昔からの顔なじみのような対応になっている。

 すなわち、「アレとって、」で、何か伝わるような関係なのだ。


 私もアマネとしての配信もちょくちょくやりながら、VTuber部門の新人となる原石の動画たちを観るのにも慣れてきた。


 ユーゥの時は社長のお気に入りとして入ったことを受け、うちの中の評価基準の最上位に【やる気】という文字が浮かんだのだ。


 しかし、現在はVTuber飽和時代ほうわしだい。企業VTuberになりたいと思っている個人勢の方々は結構いる。よって、たくさんの応募が来ている。どの動画の人も熱意がすごい。そして、個性がすごい。


「この人の芸すごい!」「それなら、こっちの人のスピーキングスキルのほうが…」「今は多言語を優先したほうが…」と、意見も割れ【やる気】という

 ふうに絞っていくときりがないのである。


「どうするのだ?社長。お気に入りの子がいたらさっさと決めてほしいのだ。」


 ついに、すべての責任を社長に任せようとするリンさん。


「それなら、お前はVTuberのモデルとか、アバターでも作っといてくれ。」


 時間稼ぎをしようとする社長。しかし、これは失敗してしまう。


「アバターなら、Live2Dは作ったのだ。ところで、社長。VTuberの方は見つかったのだ?」


 リンさんが、社長の咲羅さらさんに向けて聞く。


「みんな、やる気はあるからなぁ…。こういうのってどうすればいいんだろうね?」


 と、薄暗く笑みを返すだけだった。


 もう、最終面接を何人かやっていてその中には残念だが、『この人だ!』と、感じる人はいないらしく、ユーゥさんが、決まった初日からわたしたちはVTuber部門の募集の壁に当たっている。


「歓迎会の名前は、どうしましょうか?」


 などと、言って新入社員が、ライバーが来たら、なんて名前の歓迎会をするか…。そんなよく分からないコンテストを開き精神をたもっている始末である。


「VTuberのオーディションって、狭き門で受かるのは難しいって、言われてますが…。オーディションをする側も大変ですね。」


「こんな、新企業でもたくさんの応募が来てるからね。それに、うちはまだスタッフも多くないし。スタッフを募集するのが先だったか…。」


 社長も深くため息をつく。確かに、ウチのスタッフというか、裏方さんはリンさん、チセさん、社長、そして取引会社の方ぐらいだ。VTuberのモデルはらリンさんのコネを使っている始末。


「うちの会社って、いつ倒産してもおかしくないですね…。」


 少し冗談交じりで、言ったつもりだった。しかし、隣の社長の目がカッと、見開くと、「そうなんだよ!」と、ドスが効いた声で言った。


「はやく、結愛ゆめの仕事が、配信アプリで収益化が安定すると良いんだけどね。今は、前やったコラボの時の山分け資金で成り立ってるよ。」


「もう、沈みかけの舟じゃないですか。」


「はは、ようこそ泥舟へ。ユーゥくん。」


 いきなり、話を回されたユーゥさんは


「何ですか?」


 と、真面目に聞き返してくれたが、まさか『泥舟にようこそ!』なんて言えるわけがない。


「ところで、結愛は気になった応募者いないの?」


「気になった…ですか?うん…。」


 考えるまでもなく、頭には【夢風 アマネを徹底解析してみた】という動画が再生されていた。それが表情にでていたのだろう。パソコンを開き、自己PR動画一覧を見せてくる。


「これです。」


 わたしは、正直に白状した。隠し通しても意味がない。


「どれどれ〜。」


 品定めをするように動画に手を伸ばす。しかし、再生ボタンをクリックしようとしたところで、「あぁ〜。これか。」と、内容を思い出したらしい。


「これね。大学生くらいの女の子のやつでしょ。書類の方にも学業をやってるからあんまり、VTuberとして働かせるの抵抗があったんだよな。」


「社長!わたしも学生なんですが!それに、中学生なんですが!」


「まぁまぁ、来年から高校生でしょ。ギリギリセーフよ。それに、結愛の場合は支援が必要そうだったし、ね。辞めたいなら、止めないよ。それは、君の自由だし。」


「辞めませんよ。わたしも誇りを持っているんで。わたしの中で今はもう、VTuber活動は最優先事項なんですよ。」


「そっか。そっか。それは、良かった。それで、この子、最終面接呼んでみようか。」


 動画を指差し、笑顔を向けて言った。


「良いんですか?学生をVTuberにするのは、引け目があったんじゃ。」


「このままじゃ、ウチも倒産だからね。このくらいのことはやらないと。自分の、身勝手な考えぐらい折らないと。リンっ!この子にメール送って、最終面接の!」


「分かったのだ。」


 彼はすぐに応じると、定型文を書いたメールを彼女に送った。


 改めて、動画を見てみる。今まで見ていなかったが、彼女の名前は山口ヤマグチ メリサというらしい。(すてきな名前だな…。) 


 その時の感想はそれだけだった。この後の人生で何回その名前を呼ぶかも知らないで…。


 ***


 雨の中、わたしは絶望していた。


 メールには返信があり、5日後、急ぎで時間を作ってもらい、山口 メリサさんの最終面接が行われることになった。


 最終面接がある時は、必ず飲み物を近くのコンビニで、買うことにしている。よって、その日も飲み物を買いに出かけたのだが…。


 傘を盗まれた。なにせ、こっちは昭和のおじさん? のようにポケットに二百円ほど小銭を入れ出てきてしまったのである。


(誰だよ〜!こんな時に傘盗むやつ。)


 内心、イライラしながら…こりゃ走ってゆくか…。実際に会うわけじゃないんだしいっか。


 そして、まさに走り出そうとしたとき後ろから声をかけられた。


「すいません。傘取りたいんですけど…。」


「え!?すいません。今、どきます。」


 急いで横にずれる。なぜか、すごい顔を見てくるんだけど、何か顔についてる?


 あれ?この人見覚えあるな〜。


 この人、山口 メリサさんじゃん。ヤバい。顔バレする。それに、すごいこっち見てくるし…。もしかして、バレてる?


「傘、良いんですか?」


「え?」


「あの?傘持ってないんですか?」


「あぁ。はい。でも、すぐ近くなので問題ないです。それでは…。」


 言いかけた時、いきなり、腕をつかまれた。え?不審者。このまま顔を、ネットにさらされるの?わたし。


「子供なんだから、風邪引くよ。今、お姉さんがコンビニで傘を買ってきてあげるから、待ってなさい。」


 彼女はそう言って、コンビニの中に消えていくと、ビニール傘を片手に戻ってきた。


「はい。」


 そう言って、手渡してくれる。


「ありがとうございます。」


 ゆっくりとお辞儀をし、わたしはその場を後にした。

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