飛べない鳥のセッション(KAC2025)
右中桂示
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
10年以上前、まだ幼い頃の記憶。
「キウリャ、良い子にしていたかな?」
待ち望んだ久しぶりの帰宅。
立派な体格の父親が問えば、幼い少女は勢いよく飛びついて満面の笑みで答える。
「うん! ママのお手伝いたくさんしたよ!」
「そうか。よっし、勲章をあげよう」
嬉しそうに缶バッジを子供用ジャケットに着けてくれた父。飛び跳ねて喜ぶ娘。
何度も繰り返した、微笑ましい家族の姿だった。
父であり、英雄。憧れの存在。
その後を追ってキウリャもまた同じ道を歩んだ。どんな苦労も背負い続けた。
果たして今の彼女はどれだけ近付けているのか。
キウリャは目を覚ました。
薄く軽く高性能な布団を退けて体を伸ばす。
懐かしい夢を振り切って、現実の味を噛み締めた。
小柄で細身の女性である。
頭に巻いたバンダナから少しはみ出すのは水色の髪。グレーの瞳は常に半眼。冷たく見える真顔も普段通り。
服装は軍用ジャケット、パンツ、ブーツ。可愛い絵柄の缶バッジを幾つもつけているのは夢の名残り。
あの日から毎日見ている夢。
いくら激動の日々とはいえ気恥ずかしい。
二度と会えないかもしれない不安や心細さのせいか。
大人になって強くなったと自負していたが、幼い思い出に縋り付く程弱かったのかと自嘲する。こんな可愛げがまだあったのかと呆れかけ、今も大事に身に付けている癖に何を、と思い直す。
自分の幼さを改めて思い知った。
こんな事、あの男には知られる訳にはいかない。
と、そこに当の男の声が届いた。
「よう、起きたかい嬢ちゃん」
「なんでいるワケ」
反射的に男へ布団を投げつけた。
頭から被って絡まり、そのまま子供がオバケだと遊んでいるような格好で肩をすくめる。
「そりゃ俺の工房だからなァ」
そう言われ、キウリャは部屋を見渡す。
作業台に工具類、装備が雑然と置かれた部屋だ。
しかも彼女は工具箱を椅子代わりに壁にもたれて眠っていたらしい。
言葉に間違いはなかった。自室ではない場所で居眠りしていた自分の落ち度。しかも布団までかけられていた。
「……謝る。寝惚けてた」
「んん、素直でよろしいィ」
しかしよくよく思い返せば、整備中の彼が「もう少し」と何度も何度も繰り返し、延々と待つ間に居眠りしてしまったのだ。
やはり謝らなくてよかったのでは、と思いつつも不満は呑み込む。
「いい加減終わった?」
「おうバッチリよ。えーとォ? どっこだァ?」
「いつまで被ってるつもり?」
ふざけた言動にイライラと呆れた声を突き刺せば、大人しく布団は落とされる。
その下から出てきたのは中年手前の男性。
くすんだ緑の髪は天然パーマ、多機能ゴーグルの奥に焦茶の瞳、こだわりがあるらしい顎髭。油汚れのこびりついた作業服を着たメカニックの彼はギンペー。
キウリャにとって不本意ながら現在唯一の相棒だった。
「嬢ちゃんは相変わらずユーモアが足りてないねェ」
「それはオジサンの方でしょ。つまんない事ばっかして」
「うおう手厳しィ」
何処までも不真面目なギンペーを他所にキウリャは作業台を覗く。
拳銃と携行火砲。武骨な武器を前に、わずかばかり眉をひそめた。
「これだけ? 光学兵器は?」
「流石に現状きついねェ。我慢してくれや」
事態の深刻さは理解している。彼の人間性はともかくメカニックとしての信用は置けた。
文句を言わず、制限を受け入れるしかない。
キウリャは拳銃を背中のホルスターへ静かに収めた。
万全ではないが、準備は完了。
「ちょうどお仕事の時間だ」
「なら出発する」
「……死ぬんじゃねえぞ」
「サボろうとするな」
重い雰囲気を醸し出したギンペーをキッと睨み、携行火砲を押し付けて強引に引っ張る。
そうして二人は宇宙船を出た。
後方に穴の空いた、宇宙を飛べない住処から外へ。
そこは小高い丘。
視界には雄大な景色が広がる。
遠くには豪奢な城と広い城下町。道を行き交うのは馬車。空を飛ぶのはペガサスか。
キウリャ達の常識とは時代も文明もまるで違う光景。
惑星FN82。
8日前、キウリャ達が調査を目的として訪れ、そして不時着したこの星には、剣と魔法の世界があった。
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