第15話 餓竜の夜③

「味方……なんだろうな」


 呟くライオルの視線の先は、謎の黒い騎士。


 細長い何かに跨がって空中を移動し、竜に向かって攻撃を繰り返していた。

 だが、それも効果が無いようだ。


 まあ、相手が相手だから仕方が無いが……と考えたところでフィナを思い出した。


「大丈夫か!?」


 慌てて駆け出すと、岩陰に倒れているフィナが見えた。


 ショックで倒れたかと思ったが、抱えてみると様子が違うことがわかる。

 荒い呼吸と発汗。そして赤くなった皮膚。


「魔素過剰症か……」


 この世界の生物は、大小はあれど必ず体内に魔石を持っている。


 魔素が溢れている世界で生きていく為には必要な器官であり、魔石があることで、人は常時【マナ・スキン】を纏うことができているのだ。


 しかし、魔素濃度が濃い空間に長時間晒されると、【マナ・スキン】が薄い人間は皮膚から魔素を吸収してしまい、魔石に負荷がかかる。


 この負荷を乗り越えた生物が、魔獣であり魔族なのだが、乗り越えられない場合多いは魔石は壊れ死に至る。

 それが魔素過剰症だ。


 冒険者は厚い【マナ・スキン】を持っていることが多いのだが、一般的に言ってギルドの受付嬢はその密度が薄い。


 その為、深層階の濃い魔素に体が耐えきれなくなってしまったのだろう。

 放っておけば、死が待っているだけだ。


「このままじゃ、マズいな……」


 未だ脱出の目処が立たない中、絶望混じりにそう呟くライオルの背後で爆発音が響く。


 振り向けば竜の頭で炎が爆ぜていて、例の黒尽くめが此方に降りてきた。


 救助なら有難いのだが。

 あの男の仲間なら、万事休すといったところだ。


 ライオルの右手がバスターソードに伸びるが、それは杞憂に終わる。


「救助に来た。送られてきた者は、全員無事か?」


 金属質の奇妙な声だがイントネーションは穏やかで、何故かはじめて声を聞いたのではないような不思議な印象だった。

 だからだろうか、ライオルは素直に声に応えた。


「ああ、こっちに送り込んだ男は竜に踏まれちまったが、こっちのメンバーは全員無事……いや、受付嬢がヤバい。魔素過剰症が出てる」


 それを聞いた黒尽くめの男は、ライオルが指さした先のフィナを確認すると、一瞬何かに躊躇して留まり竜を見上げた。そして、


「地上へ送る用意がある。オレがもう一度奴を引きつけるから、その間に全員一カ所に集めてくれ」


 そう言い残して、再び上昇して竜へと向かって行った。


 地上へ戻れる術があると言うだけで、幾ばくか心が楽になった。

 どんな手段かは知らないが、突然ここに現れたのだから、何かしらの方法があるのだろう。


 希望の光を瞳に宿し、ライオルは仲間を集めるべく指笛を吹いた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 フィナのことは当然気になったが、最優先は地竜だ。


 喩えフィナの治療に向かったとしても、地竜に邪魔をされては結局何も出来ない。


 だからオレは、地竜へ向かった。

 牽制に【ファイヤー・ランス】を数発お見舞い。そして、


「デカいヤツも、確実に当てれば問題ないだろ! 【ファイヤー・ボム】!!!」


 地竜相手では意識を反らす弾幕程度の威力しかない【ファイヤー・ランス】から、命中後に爆発する【ファイヤー・ボム】に切り替えて放つ。


 火力が上がったのは勿論だが、喉元に当たれば爆発の反動で首を仰け反らせることが出来た。

 が、それにしても流石は地竜。皮膚に傷がひとつも無い。


 硬いったらありゃしないな!

 かつてギルマス達が苦戦したというのも納得だ。


 そして、上を向いた地竜の目に映るよう、ワザとその上空を飛び越えていく。


「こっちを見ろよ!」


 激怒する地竜の金色の瞳。そのさらに下方には、集結に向けて動く人影が見えた。

 もう少しだな。


「火ばかりじゃ飽きるよな。ってんでダブルで【トルネード】!」


 と、人の背丈程の竜巻を二つ、地竜の目の前に作り出す。


 眼球のすぐ傍で吹き荒れる風を嫌がり、目を瞑り頭を振って振り払おうとするが、生憎と追尾式なので逃れることは出来ない。


 ここまでの手が、嫌がらせしかないって感じなのが、情け無いが仕方が無い。


 少し時間が出来たのではと下を見れば、ライオル達は集合を終えそうだ。

 やり過ぎて地竜を怒らせて、ヤケクソに暴れ回られても困るので、そろそろ此方も限界かも知れない。


 自由落下の様に自重だけで降下すると、方向を変えて再びライオルの元へ飛ぶ。


「どうだ?」


「もうちょいだ。あの二人で全員だ」


 と指さす先には男が二人、一目散に此方へ向かってきていた。


「了解だ。揃ったら出来るだけ固まってくれ」


 オレの声にライオルが頷き指示を出す。

 その様子を確かめて、オレはまた上昇する。


 見れば、地竜に纏わり付いていた【トルネード】が消えかかっている。


 此方が見えていない内に地竜の後ろに回りこむと、顔面に向けて【ファイヤー・ボム】を数発放つ。


 嫌がらせ兼目眩ましのつもりだ。

 爆煙が晴れた頃には、オレは後頭部側に移動している。地竜が慌ててオレを探すが、見つかる前に【ファイヤー・ランス】を連射。


 それで此方の場所が分かったのだろう。振り向いたところで【ファイヤー・ボム】をぶち込んだ。


Gyaoryuryuryu!!!!


 怒りの唸り声を上げるが、知ったことか。


 見れば冒険者達の集合が終わったのか、ライオルが手を振っている。


 効果範囲と射程距離は問題ない。

 オレは左手をライオル達に向けて、【転送】の魔法を放った。


 見知らぬ場所への【転送】は座標指定が必要な為、本部の【転送リング】を使用するのだが、見知った場所ならオレだけで【転送】が可能だ。


 そしてライオル達を白い光の柱が包み込み、その光と共にライオル達はこの空間から姿を消した。

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