第9話 王都の夜
エルドルリア王国・王都エルディア。
その中央にある王城の一室から外を見る少年がいた。
金髪で碧眼。白い肌。その整った容貌は、いかにも王子様だった。
アズール・エルドルリア第一王子、十七歳。
紛れもない王子である。
自室から彼が見下ろす先には、今まさに出立しようという兵士と、腹違いの弟であるブランズ・エルドルリアが見える。
いつもなら既に寝静まっている時間であり、王子一行が旅立つには不適切な時間だ。
暗がりの中で周囲を警戒しながら動く様は、
「まるで野党ですわね」
隣で同じ風景を眺めているシアリス・エルドルリア第一王女が、蔑む様な目で呟いた。
今年で十六歳。来年には成人の儀式を迎える美しい妹。
アズールと同じ金髪を長く揺らすその妹の紫の瞳は、怒りに染まっている。
「まるで、ではない。正しくだよ」
そう、彼らはこれから城を出て聖都へと向かうのだと、アズールは小さく答える。
既に聖都近郊の駐留軍によって確保された【オーブ】を、聖女が使う前に奪う為に。
本来ならば国民を救うはずの力を強奪する為に動く軍を、ニ人は国軍として見ることが出来ない。
ただ、彼らも命じられたら動くしかないのだから、それも酷なことだろうが。
王であるならば、王子であるならば。
民の為にあるべきだ。
己の復讐の為になど、あってはならないはずだ。
アズールとシアリスは、それぞれ「第一」という立場にいるが、どちらも同じ側室の子。
第二王子であるブランズは、正妃の息子である、
生まれの順で自分が「第一王子」と呼ばれているが、血筋で言えばブランズが王位を継ぐべきとの声もある。
民の為に王の力を使うのであれば、王位などブランズにくれてやる……とアズールは思うのだが、現実には王も第二王子もその目は国民を見ていない。
三年前。
永く対立関係にあった魔族領から、和平の申し入れがあった。
農作物の自給に難がある魔族領は、我が王国の肥沃な土地を欲していて、幾度も争いが起きていたのだか、このままでは疲弊するばかりと交渉を持ちかけてきたのだ。
不毛な争いを憂えていたシルヴァリア・エルドルリア王妃は、この交渉を前向きどころか身を乗り出すかのような勢いで賛成した。
そして事もあろうに王の目を盗んで、交渉の場となる国境付近の街まで交渉団と共に訪れ、殺害された。
勿論、魔族側は否定したが、同行していた外務官の言葉を王は信じた。
そして進軍。
当初は数と十分な兵糧で圧していたエルドルリア軍だったが、膨大な魔力を操る魔族軍に苦戦を強いられ、戦線は後退。
最後の決戦とされた戦いの最中、彼が突然現れた。
十五歳程の少年は、武器も持たずに戦場に現れた。
動揺した魔族の剣が少年に振り下ろされる寸前、少年から放たれた光によってその魔族は消滅した。
そして少年から二度めの光が放たれた時、周囲にいた数十人の魔族のみが消滅した。
後日、その話を聞いた聖女は「恐らく防衛本能の暴走で、斬りかかってきた本人とその同一種族を、自身に危険の無い程度に排除したのだろう」と語っていたという。
その少年の力に、魔族軍は一時撤退。
王国軍も少年の保護を言い訳に、王都へと帰還した。
そして国王と謁見した少年は名を問われ、「マリトッツォ」と名乗ったが、偽名のようだった。
そして、平民なので姓は無いと言った。
マリトッツォはその力から【勇者】の称号を与えられ、暫く城に滞在することとなったのだが、異世界から来たという事実に興味を持ったアズールは、何度か部屋を訪れたものだ。
異世界の話は興味深いものばかり。
聞いた話をシアリスにすれば、自分も会いたいと言い出し、気がつけば三人で立場も忘れて語り合った。
だが、そんな日も長くは続かなかった。
王国は優しい彼を戦場に立たせるのは難しいと判断した。
そして、極秘会談と称して国境近くで魔族の上層部に会わせたところで、魔導具を使って彼の魔力を人為的に暴走させた。
後日現場を確認すると、現地の大地は抉れ、何も無かったかのように消失していたという。
「自分たちが手放した力を、再び得たいが為の、愚かな行いだな」
そんなアズールの声に瞳の奥に仄かな炎を宿したシアリスが呟く。
「本当に愚か。もう少し、あの方を戦力以外の目で見ていれば、違う今もあったでしょうに」
そう。魔族の問題は食料だが、彼には異世界の農業や政治の知識があった。
それを活用すれば良い交渉材料になるし、我が国も潤っただろう。
「だがこの三年、父上とブランズには母上の仇討ちしか頭にないからな。
止めようとしても、ブランズには「所詮、貴方たちの母は別にいるから」と言われる始末だ」
「私たちの母は私を生んで直ぐに亡くなりましたから、優しくしてくださった王妃様は、母も同然でしたのに」
「お陰で、今では二人仲良く王族の冷血兄妹だ。ブランズ派もよくやる」
「奪った【オーブ】で民を見殺しにして勇者を召喚したとして、その勇者をどうお使いになるつもりでしょうか?」
「まあ、あの魔導具はもう無いから、魔族領に乗り込んで城もろとも……ということは無いだろう。
だが自国民ですら見捨てるのだ。異世界人の命などさらに軽いもの、どう使われることやらだな」
「勇者ではなく、まるで戦闘奴隷でも召喚するかのようですね」
城門が開く。
王国軍の旗をはためかす盗賊が行く。
「さて」とアズールは妹を見る。
「それで、我々の医師団はどんな様子だい?」
「参加表明をしている各所のギルドの手配により、感染した町の周辺から登録医師と治癒魔法師の派遣を進めています。
病名が判明しているのは幸いですが、何分薬が足りません」
そうか。となると、彼が言ったトリアージという手段も必要となるのか?
「治癒魔法師の魔法は生命力の活性化。それ故、体内の菌が原因の病は根治は難しいという話だが。
聖女の【広域治癒魔法】なら治るというのも不思議なものだ」
この世界でも幸いにも、菌による感染や感染防止の概念が医師たちにあった。
しかし、聖女の魔法は不浄を祓うものであるため菌にまで有効なのだが、ニ人にはまだそこまではわからない。
「まずは通信石での聖女の言葉に従いましょう。
王族との衝突を避けるため【オーブ】は引き渡す。しかし、【広域治癒魔法】も発動させるという奇跡を信じて」
その言葉に小さく頷くシアリスの向こうに、アズールは今はいない彼の姿を見た気がした。
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