供花に毒を添えて

まるま堂本舗

第1話 依頼

 赤銅しゃくどう色のフード付きマントを着た姿が二人、大森林の中を歩いている。時折そよぐ風は木々を揺らし、さまざまな匂いを運んでくる。


「今日の依頼は、どの辺なのさ?」

「あぁ、この道沿いだと聞いている。このウサギの面を付けていても、少し臭うだろ?」


「若干、獣臭い?違う臭いが混ざってて、気配は感じないけど、近寄ってきちゃうかもね」

「そうだな、手早く片付けないと厄介だからな、野生動物も魔物たちも」


 少し歩いたところで、依頼があった物体が横たわっていた。それは、冒険者たちの遺体。二人は背負っていた荷物を下ろし、手際よく作業に入る。小柄な姿は、臭い消しの灰を遺体周辺に撒き、魔物が寄ってこないよう、香を焚いた。大柄な姿は、遺体に凍結の呪符を貼っていく。数分で装備ごと全体が凍りついた。そして、遺体収容袋に足元から入れていく。


「持ち物あった~?」

「武器や指輪なんかは、すでに盗られてる。冒険者登録証は身につけたままだから、遺体安置所に運べば、後の連絡をやってくれるだろう」


「はぁ~、結局5人か。馬車があれば楽なのに・・・」

「借りられなかったもんは、しょうがない」


「あの店は、ボクらに貸したくないんだよ!」

「確かに返り血対策と呪いよけ、マントと面の魔道具装備した姿は異様だからな。そのうち、片方の中身が若い娘とは思わぬはず」


「もう片方は、筋肉ムキムキなオヤジ殿とは気付かないっしょ」

「なんだよ、オヤジ殿って。お前さんの父親は、ちゃんといるじゃないか」


「そりゃいるけど、父親というより、爺様な見た目だよ」

「年齢不詳だよな、魔法使いって。でも、その爺様の作った魔道具のお陰で、オレらの仕事は他の連中より依頼が多いんだぞ」


 二人が冒険者の回収が全て終わろうとした頃、何かが駆け寄ってくる音が聞こえてくる。音がする方を見ると、段々と近付く姿は王国の騎兵隊だった。


「よ~し、動くな!そこで何をしている!」


 騎兵隊の先頭にいる甲冑姿から問われた。二人は両手を挙げ、武器を持っていないことを見せる。


「我々は、冒険者管理組合から依頼を受け、冒険者の回収に来ている。許可証を見せるが、動いてもよろしいか」

「妙なことするなよ。他の兵士がすぐに制圧するからな」


 声をかけた兵士は馬から降り、二人に近付く。二人はマントを開いてめくり、腰元にある冒険者回収許可証を見せた。


「許可証は分かった。そのウサギの面を取って、顔を見せ、名前を言え!」


 二人はフードを外し、ゆっくりと面を取り、騎兵隊に顔を見せる。大柄な男性は、白髪で中年層。小柄な女性は、少し短めな黒髪の若い姿をしている。


「オレは、バラトコ」

「ボクは、ストナス」

「・・・あんたたちは、先日の調査隊を回収した二人か?」


「あぁ、旧鉱山で力尽きた兵士たちは、オレらが回収している」

「ただ回収するだけでなく、運んだ後も花まで手向けてくれてたんだよな」


「それが、死者を弔う礼儀だ」

「アルディラ王国兵士を代表して感謝する。調査隊の負傷者が多く、回収に行ける兵士が足りなかった。しかし、家族に仲間を引き渡すことが出来た」


 兵士は姿勢を正して右手拳を胸元に置き、二人に敬礼をして感謝を述べた。


「回収作業はまだ続くのか?」

「いや、後は運ぶだけだ」


「冒険者を襲う野盗が、この大森林にはいる。気を付けられたし」

「了解した」


 話が終わると、騎兵隊たちは馬を走らせた。


「・・・ああいう物言い、偉そうにしちゃってさ」

「持ち物まで調べられなくて良かったな」


「確かに。冒険者回収作業の連中には、"特権"があるからね」

「こっちも命がけで遺体回収やってるから、冒険者が落とした持ち物は"頂戴"しても構わない。今回も、"弔いの花代"は頂いている」


「それくらいは貰わないとさ。この前も、獣と魔物に襲われたし」

「あぁ、花屋が営業中の間に戻ろうか。さて、重力軽減の呪符貼ってくから、紐で連結してくれ」


「あいよ、オヤジ殿!」

「・・・なんか、ヤダな、その呼ばれ方」


「ん?オヤジさんがいい?それとも、おっさん?」

「どれもヤダ。ほら、お嬢様、作業にかかりな」


 バラトコが収容袋に重力軽減の呪符を貼ると、50cm程の高さに浮き上がった。ストナスは収容袋同士を紐で結びつけ、5つの収容袋が繋がった。

 そして、ストナスは再びウサギの面を装着し、遺体があった場所に改めて臭い消しの灰を撒く。


「お~い、踊りながら芸術的に灰を撒かなくてもいいぞ~。効果は変わらない~」

「これは、ボクなりの儀式なんだよ」


 バラトコもウサギの面を装着して、フードを被り、魔物よけの香炉に火をつけた。二人は荷物を背負い、大森林から城下街に向かって歩き出した。


 大森林から城下街へと続く道は、緩やかな上り坂。先頭にバラトコ、続く5体の遺体、最後尾に後方警戒をしながらストナスが歩いてくる。宙に浮いた状態の遺体であっても、引っ張り続けながら坂を上る。


「オヤジ殿~、途中休憩ありだからね~。疲れたら言ってよ~」


 後ろの方からストナスが声をかける。バラトコは、振り返りながら返事をする。


「ここで踏ん張れば、風呂が気持ち良くて、酒がうまくなる。何より、この冒険者たちの帰りを待つ者がいるんだ。お役目だと思って行くぞ」


 バラトコの言葉に言葉は発しないが、ストナスは手を挙げ返事をする。

 そして、ストナスは思う。冒険者は『生きて帰られる』ことが当然と思っているフシがある。実際、恐れなければならないのは、同じ人間なんだよ。今回の冒険者たちは遺体の様子を見れば、野生動物や魔物に襲われた形跡ではない。食いちぎられてないし、溶かされてもいない。しっかり急所を狙われて絶命している。王国側は、国内外から冒険者を集めているけど、魔物がダンジョンから溢れ出てはいない分、命を落としている冒険者も多い。姿形があって、ボクらのような者に運び出されるだけマシだって考えてほしいな、と。

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