3/8(執筆者:金柑)

 走り回ってみてわかったことがある。世界がなんだか小さいこと。ここが知らない町だってこと。見慣れないものがたくさんあること(特に「すまほ」はみんな持っているみたいだった。歩きながら小さくくて四角いものを持っている人の多いことといったら!)。自分が知らないはずのものを、例えば難しい漢字や言葉の意味などを、今の自分は知っていること。

 疲れたなぁと思っているうちに「七つの子」が鳴ったので帰る時間になってしまった。結局ホラ貝になるためのヒントはなかったし、ホラ貝にもなれなかった。今日はもう家に帰ろうと思ったけれど、家を飛び出してしまったから家がどこかもわからなくて、どうやら便利らしい「すまほ」も誰かの声がするままベッドに置いてきたから、使えそうなものもない。日が落ちるとともに気分も下がってきて、お腹も減ったし親にも会いたいし、泣きたい気持ちだった。そのとき。


「いたーーーーっ!」


 大きな声がして振り返ると、お姉さんが自分を指さしていた。


「いきなり海に行くって言いだして、そのあとは『ホラ貝になりに行く』。わけわかりませんよ本当に。家に行ったら鍵も開けっぱなし、スマホも置きっぱなしでどこ行ったのかと思いましたっ、あーーーよかった、先生が生きててよかった」


 あ、また「先生」。


「あきら、先生じゃないよ」

「何言ってるんですか?こんな時間になったのにまだ寝ぼけてるんですか? いいから家に帰りますよ」

「家? あきらの家に連れて行ってくれるの?」

「……頭でも打ったんですかね」


 呆れたようにそう言って、お姉さんは家に連れて行ってくれた。

 

 家に着くと、散らかったコピー用紙の間に正座させられた(気持ちばかりの座布団はある)。


「ほんとに何の真似ですかこれは……。全部説明してください」

「えーっと、あきらもわからないんだけど」

「その一人称も気になります。最近変なことはありませんでしたか?」

「変なことといえば……あきら、大人になったよね?」

「大人になった……? むしろ子どもに見えますけど」

「さっき鏡を見たら、大人っぽかったんだよ! 身長も伸びたみたいだし」

「外見はいつもと変わりませんけどね…………ん? 先生、それ今日の話ですか?」

「え? うん、今日起きたら顔がちょっと違ってた。変なことはもっとあって、なんかもう一人の自分?がいたらしいとか、難しい漢字も読めるようになったとか、あとさっきすまほから知らない人の声がしたよ」

「それ私っ! どうりで変だと思った、しかも海から帰ってきてもこの人無事じゃなかったっ」


 お姉さんはひとりでにしゃべり始めた。


「あきらくん、たぶんあなたは先生の過去ね。先生っていうのはあきらくんの未来の姿で、今は作家さんなの。本を書く人。その人が、『先生』って呼ばれる人です。だからあなたは今『先生』としてこの世界に存在している。ここまでいいかな?」

「うん。あきらは大人になったんだ」

「まぁ大体そう。それで、私は先生の『担当編集者』っていうお仕事をしてるの。担当編集者っていうのは、作家の先生と本を出す会社の間に挟まれる人のことね。今は先生の新しい作品を待っているところ」

「作品……」

「さっきスマホから私の声がしたのは、電話。今の時代にはスマホは必須で、スマホでは何かを調べたり人と連絡を取ったりするのがとてもスマートにできるのよ。……こんなに全部わからないのに、『君のホラ貝になりたい』ってメモだけ見て、ホラ貝になりに行ったの……? アホだろこの人、っていうか子どものころからアホだったんだこの人」


 なんだか最後はちょっと馬鹿にされた気がする。



<続>

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