第3話 朝、目覚めると

 長い沈黙の中、楪はずっとトウヤに抱きしめられていた。

 彼の胸に耳を当てると、大きく跳ねる心臓の音が聞こえる。

 嫌ではない。むしろ彼の真剣さが伝わって嬉しいと感じていた。


「トウヤ、私は……」

「わかっている。俺がここを去る時、このことは忘れてくれ」

「そうじゃなくて……」


 神籬楪は迷っていた。

 立場上、彼の好意を受け入れることには問題があった。

 神籬家に生まれ、幼い頃から霊力の才能を見出され、一流の討魔師になるべく修行を続けてきた。それが意味することは妖魔を、トウヤを滅ぼさなければならないということだった。


 しかし彼の事を知れば知るほど、彼女の心は揺れていた。


 トウヤとはほんの一週間、それも日に一時間程度を共に過ごしただけだが、彼とは色々な話をした。その人生はまさに壮絶だった。正体が分かれば迫害を受け、何度も住処を追われた。信じていた人間も、最後には必ず裏切られてきた。ただ平和に生きたい。そんなささやかな願いさえ踏み躙られてきた彼を、どうして滅ぼすことができるだろうか。今の彼女に答えを出すことはできなかった。


「………」


 どのくらい時間が経っただろうか。

 夕陽が沈み始め、辺りは次第に暗闇を纏おうとしていた。


「トウヤ、私そろそろ……」

「あ、あぁ」


 彼女がそう言うと、トウヤは名残惜しそうに体を離した。


「じゃあ明日、また来るから……」

 

 楪が小屋の外に向かって歩き出そうとした、その時だった。


「あ……っ!」


 突如、目の前が真っ暗になった。


。またこの感覚――)


 足元がぐらつき、全身の力が吸い取られるような感覚。ここ最近、彼女は何度もこれを感じていた。


「楪……ッ!!」


 崩れかかった彼女をトウヤが抱き止める。


「ト……トウ、ヤ……」

「しっかりしろ楪……楪ァァ!!」


 彼の声が遠くに聞こえる。

 ごめんなさい……私は貴方を―――――


 そのまま彼女は意識を失った。



 ******



 目を覚ますと、木の天井が見えた。


「………」


 ぼんやりとした意識が次第にはっきりとし、徐々に記憶が蘇ってきた。


「……! いけないっ。私、どうしたんだっけ!?」


 勢いよく布団から起き上がる。


(あれ……ここは……?)


 辺りを見回すと、見覚えのある部屋。


「ここ……私の部屋? どうして?」


 いつの間にか部屋に帰っていて、巫女装束ではなく寝巻を着ていた。


「え? え? 私、なにがどうなってるの……?」


 わけもわからずあたふたしていると、ふすまの向こうから声をかけられた。


「目が覚めたか?」


 スルスルと戸が開き、声の主が現れた。


「お、お姉ちゃん……」


 神籬雅ひもろぎみやび。楪の実の姉であった。

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