第22話
初めての先輩への登校だったから、それはもう初めての事でいっぱいだった。
例えば、景色を眺めるときの穏やかな視線。ホームで待つ時に暇そうでリュックの中身を気にしたりする動き。
きっと、本を普段なら読んでいるんだろう。先輩は前に紙の本が好きだと言っていた。家にある本棚は今どれだけ埋まっているのだろうか。なんなら、飛び出すくらいに本があるかもしれない。
そんな彼だから、電子書籍をスマホの中に入れるなんて考えそもそもないんだろう。冬場に紙で指を切ったりしても、ページをめくる動作を愛してやまないのだ。
そんな拘りは彼らしいと思うから、別に読んでくれても構わないのだけど。だって、眺めているだけで楽しいから。
でも、私を放っておいてそんな行動を取るなんてことしたくないんだろう。
一緒に学校に向かっているんだから、何かを挟む余地なんてない。そういう考え方をしているに違いない。
半年前の私は、そんな事にすら目を向けて居なかったんだと。彼のことを眺めていて思う。
あまりに熱心に見ていたからか、それに気がついた樹先輩の頬が赤くなった。照れている、可愛い。
と、そんな所で電車の到着時刻がやってきた。まだまだ手は繋いだままだ、私が離したがらないから。
あれから黙ってしまって、あんまり会話も出来ていない。間違いなく手を繋いでいる恥ずかしさもそれの原因だった。
これは、私から話しかける以外に膠着状態を抜け出す方法は無い。
電車に乗って、私と樹先輩の距離は更に近付く。朝7時45分ぐらいの電車は、他の高校生だったり社会人の方がいてそこそこ混んでいた。
だからその分、詰めないといけない。ほんの少し、それだけ傾いてしまえば樹先輩と抱き合う形になる。それだけの距離にまでなってしまった。
そんな事を意識してしまわないように、樹先輩は窓の外に視線を投げている。
繋いだ手から感じる私の鼓動も、まだ繋いでるって事からそれを伝えに言ってる事すらも分かっているはず。
樹先輩が外を見てどれだけ落ち着けているかも分からない。緊張してる時の手遊びぐらいの誤差程度の効果しかないのかもしれない。
ただ、どんな抵抗でも、私と居る以上意識させ続けてやる。
もしかしたら、嫌がられているかもしれない。なんてこと考えでも仕方がないから辞める。
「樹先輩」
ぎゅっと握る手に力を込める。足りない勇気は彼から沢山貰うから、握っている間は何とか頑張れる。
「お話しましょうよ、暇ですから。」
そうして私の瞳は、確実にドキッとした彼の表情を捉えたのだ。
†††
「な、何あれ…!」
駅に着いた時だった、須永がお姉ちゃん以外の誰かと手を繋いで居るのを見たのは。
なんで、どういうこと?なんて考えで足が止まる。まさか、お姉ちゃんというものがありながら二股…?
ありえないと思いたい事が、ただ見えた先で起きている。誠実そうな奴だと思ってたのに、まさかそんなのはとんだ勘違いだったのか。
今すぐ掴みかかってやりたかった。というか掴みかかれでもしたら、勢いのままに頬をひっぱたいていたかもしれない。
ただ駆け寄ろうとした時には電車が行って、どう頑張ろうとも手の届かない距離になった。
電話を即かけてやろうかとも思ったけど、そもそも連絡先を持ってないことに気がつく。
手が怒りで震える、こんな経験は初めてだ。お姉ちゃんが振られたと知った時ですらそう思わなかったかもしれない。
次の電車は7分後、学校の最寄り駅にもそのぐらいの差で着くことになるだろうか。
なら、ギリギリ走れば現場に直行出来る…?少なくとも写真の一つでも撮って、証拠として残るものを作らないと。
ぶつぶつ、ぶつぶつ。考え事をするなら小さくでも言葉に出した方が頭が回る気がする。幼い頃からの私の癖。
どう締め上げる…?どうすれば須永を最大限怯えさせられるだろうか。そもそも、浮気する男なんてクズだしお姉ちゃんに知らせて距離取らせる方が良いかもしれない。
「うーんとな、勘違いしてるぞ姫野さん…。」
肩をぽんぽんと叩かれる。振り向いてみれば加藤がそこにいた。
「勘違い…?」
「おう。須永は今あの子と付き合ってもないし、別に勝負がほったらかしになったわけでもねぇよ。」
私を落ち着かせるためかゆっくりとそう伝えてくる。ただお姉ちゃんをないがしろにしないのと、見た光景とでは繋がる理屈が浮かばない。
「じゃあなんでお姉ちゃんが居ながら他の子と手を繋いでるの。」
有り得ないでしょ、正常な思考を持っていたらそんなこと。それとも、男というものは浮気をするものなのか、そうなのか。
「あの子、小牧さんって言うんだが。樹に告ってだな?勝負する流れになったんだよ。」
「はぁ!?一体どんな訳で割り込んできたのよそいつ!」
先に告白してそれを待っているのはお姉ちゃんの方だ。話をひとつにまとめる方が手っ取り早いとしたって、そしたらお姉ちゃんが須永と居る時間が減るじゃんか。
誰かは知らないけどそんな唐突に割り込んで来て勝負に混ざって、それからすぐに須永の手を握る?どんな野蛮人なんだ。
そりゃあ、お姉ちゃんだって私のアドバイスもあって攻め攻めだけど、それは一年以上の付き合いがあって成り立つもの。
でも須永にこれ以上告白されるような親しい間柄の相手なんて、そんな人は見たことが無い。
部活内の関わりがほとんどだったけど、それでも1年見てきた。校内にそんな相手いる訳ない。
そんな私の考えを裏切るように、加藤は口にした。
「樹の元カノだからな、小牧さん。」
なんて、それを事実としてありのまま飲み込むのはあまりに苦労する言葉を。
「えっ、あ……はぁ!?!?どういうこと!?私にだって彼氏居たことないのに!!!」
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