第4話

 一限目の時間が終わって、僕は聡太郎に連れられて人気のない適当な場所へと移動していた。


「えっと、まぁ。とりあえず聞きたいのは昨日の事なんだが。」


 要件は当然それの事だった。姫野さん同様、昨日に先輩が言ったことだけではどうにも飲み込めなかったらしい。


「うん、僕もさすがに何も説明しないままで行けるとは思ってないよ…。と言っても、先輩が言ったこと以上の事も無いんだけど。」


「お、おう…。」


「ただ、どうあれ聡太郎と姫野さんには見つかると思うし、姫野先輩としては予め話して起きたかったんだと思う。」


 ただ、いきなり過ぎるんだけどそれにしたって。巻き込むなら巻き込むなりに、せめて僕の同意を得てからにして欲しかった。別に、断ったりとかもしなかったし。


「それで、樹はどうするつもりなんだ?」


「断るよ。先輩には悪いけど。」


 僕の答えは最初から変わってない、そんな返答に対して聡太郎は予想通りとばかりの顔をした。


「ま、そうなるか。とりあえず、何かあるなら相談してくれ。」


「うん。ありがとう。」


「っと、そろそろ戻らないとか。」


 聡太郎のそんな言葉に適当に相槌をうって、僕らは次の授業に遅れないように少し早歩きで教室へと向かった。


 †††


 それから、何も無く放課後を迎えて家に帰った。

 何も無いとは言っても先輩と一緒には帰ったんだけど、もうそれぐらいは些事として受け入れることにしたのだ。

 明日は土曜日で、家にでも来られない限りは2日間会うこともない。先輩ならやりかねないから、完全にないと言いきれないところだけど。

 それに、これからの攻めを問題にするなら月曜日からが本番だろう。

 来週からは午前授業も終わって丸1日あって学校にいる時間が長くて、学校での自由時間もそれ相応に伸びる。

 今日までは放課後に一緒に帰るぐらいのものだったけれど、まず間違いなく校内で何かしてくるはず。それがどんな手になるかは想像つかない、そしてその時の僕が苦労しないわけもないと思う。

 気を張ってても仕方ないものだけど、でも身構えずには居られずに2日間が過ぎるのを待つことになった。


 †††


 4月15日、月曜日。

 不安があるにはあるけれど一旦置いておくことにして僕は家を出た。

 どうあれ、今は落ち着いて考え事が出来るんだから後でいいだろうと。登校している最中に、ゆっくり覚悟を決めよう。

 電車内で本を読めばいつもの調子に戻る、そう期待して。


「おはよう、須永君。君は朝が早いんだね。」


 そう考えて、駅近くの分かれ道を歩いている最中だった。ここまで来ると呆れてしまうのも仕方がないと思いたい。

 そりゃ、出来ることには出来るけど。わざわざ僕を待つ為により早くここに来るなんて、そんなの想定して回り道する方が異常だ。


「…………どうして居るんですか。」


「待ってたからだけど?」


「ソウデスカ…。」


 どうしてこんな事をしたのか、そういうつもりで言ってみたけれど当然とばかりにそう返された。

 絶対に質問の意図を分かって返してる、まともに取り合う気はないらしい。

 先輩は恋愛において僕を弄びたいみたいだから。


「それじゃあ行こうか。」


「はい…。」


 半ば諦めるように返事をして、先輩の隣を歩いた。

 落ち着け、落ち着いて歩けと心に命じる。これ以上僕が先輩のペースに呑まれる訳には行かない。僅かばかりのプライドが僕をそう諌めてくる。

 ドギマギしてはダメなんだ、それは付け入る隙になるから。僕は先輩に諦めて貰いたいんだから。


「少し、照れくさかったんだけど。やっぱり言うよ。」


「…?」


 急にした声に不思議に思って先輩の方を向く。赤みがかった頬は日の出と錯覚しそうな色合いで、どうにも眩しい。

 そのせいで、気が抜けてしまったのを僕は次の瞬間に悔やむ事になった。


「さっきの返答だけど、本当は違うんだ。好きな人と、君と一緒に学校に行きたかったんだよ。ほんと、それだけ。」


「っ…!そう、ですか…。」


 不意打ちが、過ぎる。自分の顔が相手以上に赤くなっていくのを感じる、身構えてもいつも通りじゃないか、こんなの…。

 先輩の隣は落ち着こうにも出来そうにない。でも、道が同じな以上一緒に向かうのは避けられない。

 少なくとも、先輩は毎日通いたがるだろう。あの時、勝負を切り出した時に少しでも食い下がっておけば一緒に行くことを断る事も出来たかもしれないけど。

 それももう無理な話だ。こうなってしまった以上、僕はそこまで拒みたくは無かったから。

 だから思いっきりそっぽを向いてみた、せめてもの抵抗として。

 そんな僕を見ているんだろう、先輩は嬉しそうな笑い声がして。彼女の足音について行くのが精一杯。

 少し歩いて、ようやく表面上の冷静ぐらいなら取り戻した僕が顔を上げてみれば、もうそこには駅があった。

 改札口を通ってしまえば先輩も静かになる。今に至ってはそれもちょっと恨めしい。ただそれも僕が先輩を意識してるって事で、恥ずかしくなる。

 これだけ弄ばれて先輩は楽しむだけなんて馬鹿らしい、反撃したいけれど今の僕の熱っぽい思考回路ではそんな案は浮かんでこなかった。

 そんなことを考えている内に電車は到着して、互いに乗り込む。少しでも気を逸らそうと僕は窓の外へと視線を投げた。

 様々な色の屋根の住宅街があると思えば、大きな川へと差し掛かって両端の緑が遠くまで続く景色が映る。

 それもすぐに見えなくなって、交差点を行き交う人々が見えて、また住宅街の中へと入っていく。

 細かく目を向けて見れば、登校中の中学生が見えた。そんな景色に懐かしくも苦しくもなって、またそれすらも視界の端へと消えていった。

 そして、視界の全てを空が覆う。広く見える曇った空は、灰色のようにも白いようにも見えて、遠くの真っ青な空へと流れて行っている。

 不意に、先輩の方が気になって。僕は何となしに覗いてみようと思った。

 隣に立ってつり革を持った先輩は、さっきまでの僕と同じように外の景色を見つめている。

 それが、何とも綺麗に映った。写真として切り抜いて持っておきたいほどに、そんな衝動に駆られるような焦がれる透明感がそこにあった。

 普段接している限りじゃ見えない先輩の側面、いつもは明るくて強気な先輩だけど、こうして見てみればその輪郭が少し幼く感じる。

 先輩は僕と1つしか変わらないんだって、そう意識させられる。そうして綺麗な瞳に魅入られるように眺めてしまった。


「ん…。須永君、どうしたんだい?」


「いえ、なんでもないです。」


「そっか。」


 慌てて視線を逸らす、あまりに長く見すぎてしまった。ほんの少し気になっただけというのに。

 自分から飛び降りたような気分だ。間違いなく、あの瞬間には目を奪われていたんだから。

 気が付かれてようやくそれを理解したのも、僕の中から溢れ出る恥ずかしさに拍車をかけていった。

 これに関しては僕の行動を計算なんてしているはずもない。偶然ですら僕が動揺するんだから、一緒に居るだけでダメじゃないか。

 そんなところで、電車も目的の駅に着いて僕らは駅を出た。

 そこから先は対して驚かされたりはしなかったけど、まだ登校しただけなんて現実に気が付いてため息を吐く。

 これを2週間繰り返すことになるんだと、そう思うと2週間後というのが随分遠く感じられた。

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