第1話

 日を跨いで目が覚めて、思い浮かんだのは先輩の事だった。

 というよりも、寝る前だって先輩の事で頭がいっぱいにさせられていた。

 普段の生活に身が入らなくて、ふとした時に頭を過ぎる彼女の顔や、告白された一瞬のことで思考を乱される。

 それのせいでほんの少しの寝不足を抱えて、今日から何をされるんだろうかと思いつつ、学校へと向かった。

 勝負と、何度でも告白すると言われたけど、果たして何をする気なんだろうか。

 まるで、熱が冷めない。そんな中ぼんやりと朝のHRが始まって時間が過ぎ去っていった。

 そして、二限終わりの休み時間に部活内チャットグループに1件のメッセージが来た。


 姫野咲希『放課後に、文芸部室に集合。』


 それは意図の分からない文章で、タイミングを考えても単なる部活の集まりとは思えなかった。


「この時期になんかやることってあったか?」


 後ろから聞こえる声に振り向いてみれば、幼稚園からの付き合いの友人がそこにはいた。

 運動神経抜群、頭もそこそこ良くて割となんでもそつなくこなすような奴。ただ、本人は面倒臭がりで適当に生きているところがある。

 短く揃えた茶髪も手入れが楽という理由だし、それもすっきりとした顔立ちには似合っているけれど。


「無かったと思う、部誌の話するとしても早すぎるし。」


「だよなー。」


 そう言って席へと戻っていく聡太郎を見送って、僕も次の授業の準備を始める。

 心当たりが無い訳でもないけれど、流石に言えないまま放課後へと時間が過ぎていった。


 帰りのHRも終わり、掃除当番でもなかった僕は聡太郎とすぐさま文芸部室へと向かっていた。

 2年生の教室出て、棟を移って階段を上がる。そうして向かった部室棟の三階、その廊下の一番奥が、今回の目的地だ。

 元はただの空き教室だったのを文芸部室として置いているだけで、まるで使われることの無い場所。そこに僕と聡太郎は足を踏み入れる。

 引き戸を開いて中の空間を見渡せば、先輩は既に教室内に座って待っていた。凛としたその佇まいは昨日の告白と地続きとはまるで思えない。


「よし、揃ったね。」


 先輩はそう言って読んでいた本をパタンと閉じると、とりあえずいつも通りの席に着いた僕の方へ向き直る。

 教室内には僕を含めて4人だけ、僕と先輩と聡太郎と、そして最後は。


「で、なんの集まりなの?お姉ちゃん。」


 姫野先輩の妹である、同級生で尚且つ同じクラスでもある姫野恵さん。

 先輩と似た顔付きは良く整っていて、ただ目付きの部分だけは少し鋭い。髪は肩口に切りそろえられた黒髪で、夜の浜辺に流れ込んだ波のような透明感があった。

 どうやら、今日集まった理由の心当たりは彼女にもないらしい。

 何の話をするんだろうか。告白の話ならこの4人でするような話でもないし。

 ただ、姫野先輩はそんな僕の想像を裏切って、僕へと指差しながらこう言った。


「……端的に言えば、私が告白し、彼がフッたのだ。」


「「「はぁっ!?!?!?」」」


 まるで誤解を恐れない常識外の言い方、あまりに自然にそんなことを言うものだから知っていた僕ですら驚いて3人の声が同時に響く。

 もちろん、知らない2人は僕以上の衝撃があったに違いないと思う。


「ひ、姫野先輩!」


「どうしたんだい?須永君。」


「もっと言い方がありましたよね!」


 抗議を入れずにはいられず、声を荒らげる僕に対してまるで動じす、先輩は穏やかな笑みを崩さない。


「別に事実じゃないか。私は別に気にしないよ?」


「僕が気にするんですよ…。」


 普通、悪びれもせずに告白して振られた話を出せるだろうか。並の神経じゃない、そもそも断られるのを前提で動いていたとさえ感じたんだ。

 でも、どうして始業式の日に告白したかは謎だけど。


「そうかい、じゃあこれからは気をつけるよ。君に惚れてもらわなきゃなんだし。」


「…た、頼みます。」


 そんな事を言われてしまって口ごもる。僕が会話するだけで先輩の手のひらの上だ。僕の言う反論も予想の範疇なのか、それとも特に考えずにこれが返ってくるのだろうか。せめて、策士な分仕方がないと思えるから前者であって欲しい。

 これから、常にこんな調子で話されればならないのなら、慣れるしかない話ではあるのだけど。

 ただだとしても、強敵なんて度合いじゃ済まされないのは確かだった。


「で、本題はここから。」


「本題…?ですか。」


 ここまでですら十分な衝撃だったのに、まだそれも始まりに過ぎないらしい。

 辟易しながらも何とか僕は食らいついてその言葉を繰り返して尋ねてみた。それに先輩も淀見なく返答してみせる。


「うん、私は君を惚れさせるとは言ったけれど、流石に何ヶ月もそうしている訳にもいかない。それに私としても時間制限というのは設けておきたいし、分かりやすく行こうじゃないか。」


 嫌な予感がした、ただでさえ公開処刑の如く人の前で告白の話をバラされた後だと言うのに、それ以上の面倒事が起きようとしているような予感が。

 今は思いっきり先輩のペースで、部室内の先輩以外の3人は驚いてまともな対応がとれないのに。そんな中で自信げな微笑みを一層強めた先輩によって、その予感は確信になる。


「須永君、今より2週間先の月曜日に私はもう一度君に告白をする。」


 それは誰よりも強気で、綺麗で、この上ないほどの絶対的な宣言だった。

 今の状況下じゃ、いやどんな時間面と向き合ったって僕にはその言葉に口を挟めないだろう。

 この空間そのものを支配してるみたいな眼差しで僕を射抜いて、その視線の熱が僕の身体を溶かすように熱くする。

 昨日も思ったばかりだけど、この言葉自体が告白のようなものじゃないか。他に、2人も話を聞いている人がいると言うのに。


「ただ、2人の中での取り決めだと少し不安もあってね。協力するかどうかはともかく、他に知っている人が欲しかったんだよ。どうあれ時間が経てばこの2人には伝わってしまっただろうと思うしね。という事で頼めるかな、2人とも。」


「えっ、と…はい。」「う、うん…。」


 立て続けの情報量で空返事気味になった2人を先輩は眺めて、言いたいことを言い終えたようで先輩は僕の方へと視線を戻す。

 気がつけばその手には既に鞄が握られていて、これから彼女がしようとしていることは明白だった。


「じゃあ、一緒に帰ろうか須永君。」


 普段なら、少しの間くらいはその返事も考えてから言葉を発したと思う。だけれど、今においてはその限りではなくて、僕はこう口にするしか無かった。


「分かりました、帰りましょうか…。」


 なんて、諦めに近い形で。


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