19-2
うーんと唸って背伸びする。こめかみを揉んでいると居室にアタリさんが入ってきた。彼女は私を見ると、カノンは、と尋ねた。
「お風呂に行っています」と私は返す。
「珍しいね。一緒に行かないのかい?」
「ちょっと考え事をしていて」
「ふうん」アタリさんは荷物をベッドにおいて、カノンがいた椅子に座った。「何分前?」
「え? 何がですか?」
「あいつが風呂に行ったの」
「ええと、五分前くらいだったと思います。ついさっき」
「なら丁度いい」
「丁度いい?」
思わずタメ口で聞き返してしまった。アタリさんは口角を歪めて続けた。
「いやあ、ちょっとカノンが嫉妬しちゃうと思って」
「何の話ですか?」
「あの二年のトラブル娘……シズクとさ、仲いいって前に言ってたよな?」
「はあ、まあ」
「そいつを連れて今度、街に外出しようよ」
「シズクと外出ですか? なんで、というか……」
そう問うとアタリさんは肘をつき、意味深な間をおいて私の目を見つめた。
企みのこもった目つき。
「七月くらいにさ、公開演習でクリーチャーを殺す実演あっただろ。シズクにぶち壊されたんだけど、あのとき壇上にいた先輩と、まさしくこの部屋で一緒だったんだ。アジキさんっていうんだけど、覚えてる?」
その名前はキイロから聞いた覚えがある。
「そのアジキ先輩がシズクをスカウトしたいんだってよ」
「な、なんのですか」
「剣道の」
あいつ棒で殴るのとか好きそうじゃん、とアタリさんはあっけらかんと言った。私は唖然とした。言葉を失う私をよそにアタリさんは続ける。
「今度、他の基地と対抗試合があるんだけど、怪我人が出て人員が足りなくなったんだ。で、助っ人を決める話し合いにシズクの名前が出て、あんなに強いんだから、いっそのこと入部してもらえばということになったんだよ。ほら、あいつ一人で乙級とかやばいじゃん? その入部の見返りとして、外出に連れて行ってやろうと……」
「えっと」再起動する。「シズクに外出許可が下りるんですか? 確か特待生にしか与えられないと記憶しているのですが」
「アジキさんが特待生なんだよ。強いんだよ、あの人」
「もしかして外出権をあげるなんてことができるんですか?」
「与えられた外出権は誰に使っても自由なんだよ。特待生に媚びを売れば誰でも街に出られるんだ」
だから悪い話じゃないだろ、とアタリさんは言った。
「アジキさんは入部させろとか言ってきたけど、ぶっちゃけそこまでしてもらわなくていい。助っ人に来てもらえばオーケー、入ってくれれば万々歳って感じだ。どうだ? ニコはシズクを誘ってくれさえすれば外出できるんだぞ?」
「……」
話をまとめればこうなるのだろうか。先輩のアジキさんは剣道部であり、外出許可を餌にシズクを入部させようとしている。アジキさんから事情を聞いたアタリさんは、丁度よく私とシズクの仲がいいことを知っていた。よってこうして私に双方の仲介を頼んでいる……。
しかし。
「……無理だと思いますよ」
「え、なんで」
「あの人、本当に協調性がないんです。マイペースだし、部活とかの集団行動、向いてないと思います。本人も人嫌いを公言してますし、外出を餌にしても協力してくれるとは……」
というかよしんばシズクが入部したら、問題を起こすことはまず間違いない。シズクの非常識な行いを知っているもの(基地の全員だろうが)であれば、どうなるか想像つくはずだ。入部を推しているアジキさんは阿保なのだろうか。
「一応、言ってはみますけどね。期待しないで下さいよ」
「頑張れよ。上手くやれば無料で外出できるからな」
別に私に外出する理由はないのだが。よく考えればこの話、私にとって旨みがない。街に憧れはあったのだけれど、そのくらいだ。
「逆に失敗すれば酷い目に遭う。アジキさんは怖いからな」
「酷い目に遭うのはアタリさんですよね?」
私が言うとアタリさんは、「あっはっは」とわざとらしく笑った。
「……まあ頑張れや」
「嘘ですよね? 会ったことない下級生に酷いことなんて。……え? 何をされるんですか?」
焦りようがおかしいのか、ますます大きな声でアタリさんは笑った。私が反応すればするほど、彼女は屈託ない笑顔になった。
肩を揺らして目を細めて。
アタリさんは笑っていた。
今の私には、できない表情である。
身近な人が亡くなった際、その悲しみを癒すのは時間だそうだ。
トウカさんが亡くなって二週間、私はまだ立ち直れていない。
個人差はあるのだろうけど。
――トウカさんとはねえ、親友なんだよ。わりと。
式典会館で行われた合同告別式。アタリさんが友達らしき数人と話していたのを見た。
当然、それは静かなものだったけど。
彼女は、友人の肩を叩いていた。
軽く、フランクに。
まるで昼休みの教室のような。
私はアタリさんの悲しむ素振りを、一度も見たことがない。
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