13




 懲罰房での刑期が満了し、私は荷物運びという奉仕活動にまわされた。今日さえ乗り切ればやっとカノンやアタリさんに会える。そう鼓舞して両手に余る荷物を運んだ。なにぶん何百人のレナトスを擁する基地だから、物資の量は半端ではない。持ち上げるとき、背筋が痛んで悲鳴をあげた。


 昼になって休憩が貰えた。休む場所を探して廊下を歩いていたら、シズクに出くわした。彼女は開口一番に、釈放おめでとう、と憐れむように言った。


「で、休みなのに何、そのダサイ作業着は?」


「奉仕活動。朝から物資とか搬入してるの。もうくたくた」


 はあ、とシズクは息を漏らした。「奉仕活動ってそれ? 兵士にそんな雑用をさせるわけ?」


「兵士……どちらかと生徒って感じだけど、私たちの扱いって」


「それは建前だよ。誰かを納得させるための」


「誰かって?」


「知らない」シズクはにやりと笑った。「とりあえず私ではないね。少なくとも」


 言えていると思った。私も同じだ。


「教育も止めさせればいいのに。こんな授業なんてさせても、いつか脳味噌と共にぶちまけるんだから、意味なくない?」


「死ぬとは限らないでしょ? それに大人になったら戦えないんだから。卒業して職に就いて、お金を稼がないと」


「私は大人になったら死ぬよ」シズクは平然と言い放った。


「嘘でしょ?」


「本気だよ。もう決めたんだ」


「冗談……」


 ではないようだった。獲物を見つめているような澄んだ瞳だった。シズクはすねたように口を尖らせ、あんたは違うの、と言った。


「もっと向こう見ずなやつだと思ってたんだけど」


「死ぬって自殺するの?」


「自殺……ある意味そうだね」


 そのとき、シズクの肩越しに見覚えのある顔が歩いてくるのが見えた。カノンだった。カノンはまだこちらに気づいていないようだった。


「……えっと、シズクは何か用事があったんじゃないの?」


「あ、そうだった。注文してたCDが届いたからね、取りに来てたんだよ。もしかしたらニコの運んだ荷物にあったかもね」


 シズクは笑い、手を振って別れた。ほとんど入れ違いでカノンが私に気づく。浮かない顔をしていたが、目が合った途端に笑顔を取り戻した。


「久しぶり」カノンは手を振りながら近づいて来た。「元気そうでよかった。探したんだよ」


「久しぶり。探した?」


「アタリさんから、教室棟のどこかで奉仕活動してるって聞いたから」


「へえ」なんでアタリさんが奉仕活動のことを知っているのかと思った。「今、休憩中なんだ」


「よかった。話せそう? 時間ある?」


「少しなら」


「もっとゆっくり話したいんだけどね」カノンは背中を壁に寄りかける。私も壁際に寄った。「……特別作戦が決まったんだ。私たちのチームで」


 特別作戦とはリンが電話で言っていたあのことか。「特別作戦って、なんの?」


「工事中の新基地で、いたずらするクリーチャーが現れたらしいからその討伐。物を投げつけたり落としたりする被害があって、襲ってくるようなことはないんだけど、一応凶暴種エストルスらしいの」


凶暴種エストルスの討伐を私たちのチームに? まだ二年生なのに?」


「丁級だからだって。リンがすごく意気込んでる。こういう任務がくるようなチームは期待されてるんだって」


 ふとシズクのチームはどうなのだろうと思った。彼女は期待されていないとでも言うのだろうか。


「ごめんね。大変なのにこんな話して。でも早めに伝えた方がいいと思ったから」


「うん、ありがと」


「……で」


 すごいじゃん、とカノンは私の肩を打擲した。


「何が?」


「何が、じゃないよ。盾職スクートムなのに勇敢にさ、クリーチャーに挑んだじゃん。かなりいいところまで、いったって聞いたけど」


「いいところまでって……」


 それは誇張だと思った。


「ニコって大人しいからすごく意外だった」


「まあ、はは」


「それで思ったんだけどさ」カノンは私の傍らに来て、背伸びして耳元で囁いた。「もしかしてニコ、盾職スクートムじゃないでしょ」


「え?」驚いてカノンの目を凝視する。「そんな。違うよ」


「でも普通に考えてさ、盾でクリーチャーを倒すなんて無理じゃん」


 隠してるんじゃない、とわざとらしくふざけた調子でカノンは言った。


「本当に盾職スクートムだって。殺傷能力なんてほとんどないし。それに隠す理由がないよ」


「誰にも言わないから。あれでしょ? やっぱり剣職グラディウスは死亡率が一番高いからね。怪我も多いし。あ、別に卑怯なんて思ってないよ。誰だって死ぬのは嫌だよ。……危険な目に遭わないのに、越したことはないんだから」


「だからそんなんじゃないって」


 躱しつつ、私はカノンの事情を思い出した。彼女のようなトラウマ、クリーチャーへの強い恐怖があれば、そう考えるのが普通なのだ。盾で挑むなど正気の沙汰じゃない。不思議がるのも当然だろう。


「本当に?」


「違う」


「……ふうん」カノンは納得しかねるように鼻を鳴らす。「盾職スクートムなのにクリーチャーを倒そうとしたわけ?」


「そうだよ。信じられないかもしれないけど」


「なんで?」


「小っちゃい兎だったから、私でもできるかなって」


 まだ疑っているような、胡乱などんぐり眼だった。


「……まあ、いいよ」カノンは苦笑して頭を振った。「ニコってちょっと変わってる」


「そう、私、変人だから」


「変人と言えば、シズクと仲いいんだね」


「え?」カノンの口からシズクの名前が出たのが意外だった。「うん。実は助けてもらう前からね。話してるとこ見てたの?」


「あ、いや」


 急にカノンはばつが悪そうにうつむいた。よく分からなかった。


「聞かれて困るような会話はしてないよ。シズクが軍部の学校教育に文句言ってたくらい。あと搬入口の方にCDを取りに来てたらしくて、そういう話」


「……ああ、なるほどね」


「そろそろ休憩終わりそうだから、お勤めが終ったらお喋りしよ」


「うん、頑張ってね」


 互いに手を振り合ってカノンと別れた。私は荷物運びの作業を再開し、二十時間の奉仕活動を完遂させた。そして次の日からその特別任務まで、元の生活に戻った。

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