11
ササムラ司令への報告を終え、その日のうちに懲罰房へ移動した。着替えと勉強道具と数冊の本を持って。カノンとアタリさんにお別れを言う暇もなかった。
独居房はシズクの言う通り、卓袱台と便座の他に何もなかった。窓もないから昼も夜も感じられない。暇だったから一日目で反省文と課題を終わらせ、後は本を読んで過ごした。二日目も読書でやり過ごそうとしたが、流石に一日中読む集中力は無かった。活字に飽きたら目を瞑ったり、むやみに部屋を歩き回ったりした。でもそう効果があるわけでもない。入居三日目にして既に参ってしまった。これを十五日間続けたシズクは凄いなと思った。
懲罰房は職員居住棟の奥にあり、基地で唯一電話できるボックスが併設している。申請すれば誰でも使える公衆電話だ。放課から就寝までが特に人気で、近いからぼそぼそと話声が聞こえる。たまに扉を閉め忘れる人がいて、そのときは会話が丸聞こえだった。数少ない懲罰房の娯楽である。常連がおり、毎日のように泣いているレナトスもいて、彼女の心の回復を祈るのが日課だった。
それは四日目の昼休みのことだった。私が仰向けになってぼんやり天井を見つめていたら、足音がした。続いて面会室を開ける音。昼に電話とは珍しいと思いつつ立ち上がり、通気口に耳を当てる。それは通りのいいはっきりした声で、また人格の腐ったような印象を与え、つまりリンであった。
「もしもし。お父様」
リンの「お父様」という言葉が脳内で意味を持つのに時間がかかった。お父様! なかなか古風だと驚いたし、あんなやつでも人から生まれたのだと感心した。
「今、大丈夫ですか? ……ごめんなさい。昼食中でした? こっちはもう食べましたよ。そうです。はい、はい……。以前に電話で聞いたのを覚えていたんです。珍しく休みなんですよね。だから電話したんです……」
まるで普段から善良であるかのような話し振りである。聞いているだけで気分が悪い。
「……掃討戦も問題なく。早く上級のクリーチャーの討伐を任されたいです。……はい、でも、学年の問題なんて特待生になれば関係ないですよ。お姉ちゃんみたいに、私も……え? 腰が? 座って話した方が……」
数分くらいそんな会話が続いた。リンはお父様の腰痛をひとしきり心配した後、「……で、決まったんです」と話題を切り替えた。
「特別作戦。今度、私のチームで」
「私のチーム」とは、もしかしてトウカさんのチームのことか? それに特別作戦とはなんの話だろうか。私は聞き逃さないよう、ぐっと耳を通気口に押しつける。
「心配しないで下さい。私が優秀なのは知っていますよね。……無茶なんてしません。丁級だから危ないわけないです。……なぜかいつもより心配性ですね。そんなに娘が信用なりませんか? 一番強いから私のチームが選ばれたのでは? だから喜ぶだけでいいんです。……分かってます、はい……分かってますから……はい。……」
心配されているらしく、リンはそのことが気に食わないようであった。父親の不安がうっとおしかったのか、彼女は母親に代わるように言った。
「お母さん」
明るい声だった。私は――いきなり体が重くなって、腹に石でも詰め込まれたような気分になった。……気絶しかけて、自分との高低差に吐きそうになりながら、私は幸福について考えた。他人を当てにする幸福は魅力的だが、喪失といつも隣り合わせである。それに関係が自らの首を絞めることにも成り得るのだ。他人を背負い込むのだから足取りだって鈍くなってしまう。
でも、それでも、魅力的なのだ。体温で暖め合い、互いを縛る、柔らかな幸福。
「シャンプーありがとね。クリームは……まだいいかな。時期的に。あれ、クラスの子にすごく評判いいんだよ。そう! いい香り! ……うん、そうだね、キイロも。……え? 本当にキイロの話が好きだね。最近あったのは、あれ、本当におかしかったんだけど……」
寄る辺ない羽根のような会話が許されている。そこまで聞いて、そっと顔を通気口から外した。一人で幸福になるのは、恐らくとても難しいことなのだろうと思った。私はカノンとシズクの顔を思い浮かべた。彼女たちの八重歯や、十字架や、笑い声の幻影が意識を包んで、心をやんわり麻痺させた。
「ふふ、ははは。おかしいよね……」
私は左右の耳の穴を潰すように指で押さえて、扉から一番離れた隅に寝っ転がると、胎児のように丸まって目を瞑り、ひっそりと時が過ぎ去るのを待った。
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