第10話 私の身体は何処にある
ああ、思い出してしまった。
同じ夢を見続けて9回目にして、私は閉じ込められたのだ。あの白木で出来た箱の中に。閉じられていく絶望に、朦朧とする頭で私は半狂乱になって抵抗した。
10回目の私が居るということは、夢を見ているか、考えたくないけれど死んで霊体になっているのかも知れない。
暗い中、目を覚ますとヒンヤリした床の感覚が伝わった。右も左も分からない、ただ暗いだけの空間に、犯人は閉じ込めたのだと考えて、歯がガチガチと震え始めた。
このまま殺されてしまうの?
先ほどまで、顕オーナーの傍でサンドイッチを食べていた自分が嘘なのか、今が嘘なのか分からない。
「どうすれば‥‥落ち着いて、落ち着かなきゃ‥‥」
真っ暗な中で絶望を感じずに心を保つこことは出来るのだろうか、身体が小刻みに震えてしまう。
ただ暗いだけなのに、光の無い暗さがどれだけ自分を蝕むのか、耐え難い苦痛は時間という概念が通じないことだった。
ここは何処だろう、私の目の前で顕オーナー達が慌てている。
「紗良さんが居ないとは、どういう事だ?」
「落ち着いて下さいオーナー。昨日の紗良さんは楽しそうに皆さんのワインチャームを選んでいました。逃げるとは思えません。」
「あの、皆さま。警察の方がお見えに。」
「こんな時に。」
「私も行こう。」
「良いのですか?」
「向こうも何か掴んでいるかもしれません。それぞれに警察の動向を見た方がよろしいかと思います。私も傍で控えます。」
応接間に通されていた溝根警部と夏目刑事が、九十九沢オーナーと入山さん、五色沼さんと3人一緒に現れた事に、視線を合わせた。
「お忙しいところ、すみませんね。」
「別件で、中富さんにお聞きしたい事がありまして。」
一触即発のような空気感を突き破ったのは、駆け込んできたメイドだった。
「大変でございます!」
「どうした?」
「あっ‥‥すみません。」
飛び込んできたメイドは、溝根警部達を見て動きを止めた。
来客中にノックも無しに入ってしまった失態。そして、入室許可もメイド長への先の報告も、全てすっ飛ばした自身の行動をおかしく思ったからだ。
「いい、紗良さんの事ならこの場で話すように。」
「お‥‥部屋を確認しておりましたら、床のカーペットに‥‥。」
顕オーナーの趣味で、1階から3階のカーペットはボルドー色のカーペットに統一されている。だから気付けなかったのかもしれない。
震えるメイドが差し出した白い筈のタオルが赤く染まっていた。
「血‥‥だと?」
「オーナー、今直ぐここに鑑識を呼ばせてもらう!」
「まだ血だと決まったわけでは!」
「入山さん、決まって無いからハッキリさせるんですよ。何かあってからじゃ遅いんです!」
すぐさま夏目刑事が、鑑識に連絡を取って手配を進めた。
「溝根警部、紗良さんの安全を第一にお願いしたい。」
「私からもお願いします。彼女は昨日、ここに居る全員にお土産を買っていて、渡すのを楽しみにしていたんです。」
「警部、カメラ確認されるのなら、必要なデータを言ってください用意します。」
溝根警部は白昼夢でも見ているのかと、思考が停止しそうになった。容疑者として危険視していた彼らが、中富 紗良の為に頭を下げて情報提供している。
「ここ数日、このワイナリーの4箇所の出入り口を張り込んでいましたが、出入りしたのは貴方方とメイドなどの使用人だ。捜査員を数人入れさせてもらう。菌がどうのと仰るなら、靴と服も着替えましょう。」
「入山、時間が無い。最低限でいいから、用意を。」
「分かりました。鑑識が来るなら、血痕を追えますね。」
少し焦った表情を見せていた入山さんが、鑑識が来ると聞いてホッと溜息を吐いている。五色沼さんも難しい表情でオーナーの耳元で提案を囁いている。
「あのタオルが紗良さんの物ならば、警察犬を導入して頂くことは無理でしょうか、オーナー。」
誰もが、畑に踏み込む捜査員に着替えまで用意する潔癖な九十九沢オーナーが許すはずないと思っていた。
「ああ、そうか警察犬なら早い。五色沼、助かる。」
「良いのですか?獣ですけど?」
「紗良さんの命がかかっている。」
この答えを聞いて、溝根警部は自分の推理が間違っていた事に気が付いた。だから、横で夏目刑事が警察犬の要請を出すことを容認した。
「私もカメラ映像を確認してみます。」
「なら、僕も手伝います。」
入山さんと夏目刑事が映像チェックに回り、要請された鑑識が到着したので、五色沼さんが警部や鑑識の方と一緒に、私の部屋を調べ始めた。
隈なく遺留物を拾い集める彼らは、とても根気のいる作業をしているように見える。少し離れた所で、簡易検査のできるセットで血液型の判別をしていた。
「これが紗良様の履歴書と健康診断書の写しです。」
「溝根警部、簡易的にだけどO型ですね。」
「ありました!カメラに映ってます!」
画像を応接間のテレビで見る為に、ケーブルを繋げて映像を少し巻き戻し、再生させると‥‥。
そこには、私を殴ったメイドの姿が鮮明に映っていた。飛び散る鮮血に、スパナの様な物から滴る血。
「紗良さん!」
「おい、あれは‥‥。」
ベットからシーツを剝ぎ取って、私を包むと端を持ってズルズルと引き摺って、部屋の中に用意していたランドリーカートへドサッと無造作に入れた。まるで物のように扱われる自分の映像に、気持ち悪さを感じながら続きを見ていると、衝撃的な場面が映った。
廊下に出た時に1台のカメラとメイドの視線が合ったのだ。
「
「なぜ、紗良さんと同僚の彼女がウチのワイナリーに入り込める?!」
顕オーナーが震えた声で叫んだ。でも、その疑問は、次の報告で解明された。
「警部、警察犬のルルーとコロンが到着、ルルーが温室の傍にある納屋で死体を発見し、身元を確認中ですが、
しばらくして、警察犬のルルーとコロンが室内に入って来た。
鑑識の人があらかじめ、私の洋服をジップロックに入れていたらしく、直ぐに私の部屋から捜索が始まった。
「九十九沢オーナー、犬の前には出んでください。」
言われた通りに後ろからついていくオーナー。
エレベーターに乗って1階の通路を通って行く。廊下の奥のドアの前でルルーとコロンは立ち止まった。
ワン!
「ここは何ですか?」
「地下ワイン貯蔵庫の入口の一つです。」
入山さんが、チェーンの付いた鍵を手に持って開錠する。
それを合図に、溝根警部と夏目刑事が拳銃を構えて、そっとドアを開けると入っていく。螺旋階段の下に広がるワイン貯蔵庫は大きな広さだった。
手で合図をしながら、死角が無いように庇いあいながら降りてゆく。その後を、応援に駆け付けた警官が続き、顕オーナーと入山さんが続いた。
ワイン棚が立ち並ぶ地下は、少し冷やりと肌寒いらしく、歩みは少しずつになった。
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