ワイン倉庫の中の私
真白 歩宙
第1話 泡沫の日常
あの夢を見たのは、これで9回目だった。汗ばんだ体に張り付く寝間着代わりのシャツがびっしょりだ。
そのまま丸めて脱ぐと、洗濯機の中に投げ入れてシャワーを浴びた。脳裏には先ほど見た夢の光景の一部が思い出されてくる。そして、薄暗い中で自由に動けない私は、どうして、こうなってしまったのだろうかと考え込んでいた。
テーブルに出されていた『
「やだ、このパン、カビが生えてる。」
食べようと思っていたパンに裏切られ、仕方なく着替えて玄関に向かった。日々の日常のリズムが崩れるのは極力避けたかったのに、最近の私は掃除も洗濯も出来ていない。
それでも、通勤のバスや電車は時間通りに動くので、私が置き去りにされているような錯覚に陥る。
「おはようございます。」
個々に研究に没頭している研究者は、挨拶をしても返ってくることが無い。窓際の棚には
私の仕事は土壌改良だ。しかも、ワインを作る葡萄の木の土壌を担当している。つい最近、天然の材料を使って、味を深める事に成功した畑が何か所か出来た。
日照や水はけやpHなど、他にもいろいろな条件も必要だが、土の意味するところは大きい。だからこその遣り甲斐のある仕事とも言える。
5年もの歳月をかけて、日本で行われるワイン品評会に参加したワイナリーのワインが入賞したことで、土壌改良の話を聞きたがるオーナーが多くなった。
特に、『トリの降臨賞*』を受賞したオーナーが、私の土壌改良案を受け入れた方々だったので、今や私は各地の説明会に招待される日々が続いていた。
変わった名前の受賞名かと思われるかも知れないが、窒素・リン酸・カリウムなどの割合とpHを育ちやすい環境に整えることは土壌改良の基本。
そして、その基本は他の野菜にも通じる部分で、昔肥料に鶏糞などを使っていた事から『トリの降臨*』という、聞いてもエレガントな感じの表現になっている。
今は、アミノ酸や魚系の栄養も加えると甘い葡萄ができることも知られていて、根本的にワインに使う品種は決まっている。そして、食用にする物は巨峰やシャインマスカットと、お馴染みの品種だ。
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