第13話 可惜屋
二階、三階と調子よく上りあがる。このダンジョンの表層は浸食が進んでいない。簡単に進むことができた。
「ここでいいや」
ほこりを払いのけ、長方形のテーブルの上に腰を下ろした。脚を組み、背筋を伸ばす。ここからは外の景色が良く見える。まだ空間が外と繋がっているみたいだ。
もう毎日ずっと欠かさず瞑想をしている。適当に生きていた自分だけど日課としてやってきたからか、かなり様になっていると思う。
今後どう強くなっていくか考える。今の自分は気を体内に留めることができていない。強くなるためには、気を育成し効率的に使うことがきっと必要だ。
「よし」
気を巡らせる。身体に降りかかるダンジョン特有の圧を深く感じて来た。呼吸に合わせて、魔力の脈動が肌を撫で始める。ダンジョンの流れを汲み取り、体に染み渡らせる。
どんな困難が待っていたとしても、揺るがない自分はここにある。静かな決意が胸の奥に生まれ、僕は――
「あー」
何か嫌な気配。おそらく、違法探索者達だ。集団で一階から上ってきている。無視して瞑想を続けようとすると、一団は僕を見つけ近づいてきた。
「おい」
中心には大柄で筋骨隆々の男。顔は壊れた対浸蝕装備のマスクで覆われている。体を覆う装甲はボロボロで、つぎはぎのように金属のスクラップで補修されている。背後にも、同じような粗末な装備に身を包んでいる連中が並んでいる。
「誰のシマにいると思ってる?」
「持ってるもの全部置いてけ。断りゃ命はねぇ」
まじか。初カツアゲだ。というか、強盗だこいつら。
テーブルから降り、戦闘態勢に入る。
どうやら話が通じる相手じゃなさそうだ。敵はつぶすして勝つ。先手必勝だ!
「星喰いに楯突くのかァ?」
巡らせていた気を一気に放ち、体中の筋肉を満たしていく。呼吸に合わせて内側から湧き上がる力。無駄な思考を切り捨て、目前の敵に集中する。
視界が澄み渡り、音すらも鮮明になる。
「てめッ!」
男が反応する前に、僕は一気に肉薄した。
あの狐の獣人が放った蹴り、それを脳裏に浮かべる。無駄のない美しい一撃。
「うらァッ!」
足が大男の腹部に突き刺さる。重たい音が響き、大柄な体が後方に吹き飛んだ。スクラップが歪み、苦痛の声が聞こえる。
「撃てぇ! おめぇらッ!」
吹き飛びながらも男は吠える。声に呼応して探索者達が一斉に構える。
「マジかよッ!」
小銃を構えて間髪入れずに引き金が引かれる。
鋭い銃声が響き、弾丸がこちらへと飛び込んでくる。テーブルを蹴り倒し、盾にして隠れた。
次々に撃ち込まれる弾丸がテーブルを貫通し、乾いた破裂音を立てる。木片が弾け、目の前に散った。
「ッあ、付与ッ!」
テーブルに向けて弾丸を防ぐ金属のイメージを送る。
直後、弾丸がテーブルにぶつかる。今度は木の破片が舞うことはない。硬化したテーブルは銃弾を弾き、鈍い音だけが鳴る。
「……っしゃ!」
開いた銃弾の穴に指を通してテーブルを持ち上げる。
体に巡らせた気をさらに高め、一気に床を蹴った。
驚いた探索者たちは銃を構え直し撃ってくるが、間に合わない。突き進むテーブルに、男たちはまともにぶつかり、弾き飛ばされた。そのまま突進の勢いを止めず、彼らを窓際まで追い詰める。
「くそっ、やめ――」
言葉の途中、ガラスが砕け散った。光を反射してきらめく破片が宙を舞い、探索者たちはテーブルごと悲鳴を上げながら三階から放り出される。
「はぁ、はぁ……」
疲れた。
――いや、まだだ。
振り向いた先。そこには大柄な男が立っていた。ボロボロのパーツがきしむ音を立てながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「アルゴス様のために!」
一本の注射器を取り出し、ためらいもなく腕に突き刺した。液体が注入されると、男の肌がじわじわと黒ずみ、膨れ上がっていく。血管が異様に浮き出して筋肉が捻じれながら隆起する。
男が持つハンマーが振り下ろされ、カフェテリアを破壊していった。
飛び散った破片が散弾のように迫る。避けられない攻撃で鋭い破片が体に突き刺さった。
「いッッ!!」
かなりマズい。今の状態でこいつと正面から戦うのは無謀すぎる。
それに、この異様な雰囲気は。
男の体から漂う魔素の濃度は、もはや人間のそれではない。モンスターそのものだ。
「……ッ!」
迷っている暇はなかった。即座に背を向け、階段へと走り出す。上の階へ逃げる。
階が変わっても、背後から物を破壊しながら突き進む轟音が響き渡って来る。
「どこまで追って来んだよ……!」
今いるオフィスフロアにはこじ開けられた社員用のセキュリティードアしかない。壁が一部崩れ落ちて、コンクリートの破片が散乱している。
行き止まりだ。
「闘うしかないか」
嫌な気配が近づいてくる。逃げ場はない。
焦燥が胸を締めつける中、気を体に巡らせ力を強め――
「なッ……!?」
背後の壁から人の手が突き出された。抵抗する間もなく、その手が僕の腕を掴み、壁の中へと引きずり込む。視界が暗転し、耳元で静かな声が囁かれた。
「静かに」
崩壊した壁の中に広がる空間。狭いが複数人が入れるほどの広さ。目の前には探索者が二人いた。
一人は華奢な女性。凛とした佇まいで鋭い眼差しをこちらに注ぐ。もう一人は細身の男性で、穏やかな表情の中にも油断のない雰囲気を醸している。
「リメンバー。誰もが忘れても、私だけが覚えている」
異能。
「これは私の異能。昔の風景を再現して、壁を作った」
壁に再現されたのは、ひび割れひとつない真新しいコンクリートだった。女性は壁を撫で、そこに本物があるように振る舞う。
「外から見れば、ただの傷一つない壁。星喰いの連中はアホだからわかんないよ」
外では、重たい足音と破壊音が続いている。
「ありがとうございます」
礼を言うと、男性が言葉に反応して首を振るう。
「うんうん。やっぱり、僕ぁね人助けはするもんだって常々そう思うよ」
「えーと、すみません。お名前は……?」
二人の探索者は、はっとした顔を向けて慌てて喋り出す。
「私達は可惜屋総合探偵事務所の者で、私がコー、こっちはラクキ」
「ラクって呼んでいいよ。さんずいに各、そして輝くで洛輝」
探偵事務所? 探偵がなぜダンジョンにいるんだ。
不審そうな顔を見て、彼らは疑問に答える。
「今時、探偵は稼げないからねぇ。ダンジョンフードを採ってきたり、依頼でダンジョンに潜ったりしないとね」
「なんでも屋みたいな感じなんですね」
「うん、大体そんな感じ。そろそろ異能を解除しても大丈夫そうかな」
静かに壁が消えていく。元の崩れた壁と荒れ果てたフロアが眼下に広がる。
足音はない。さっきまで響いていた破壊音も聞こえない。
「僕の名前は伏見魔優です。伏見魔が苗字なんです」
よろしくお願いします、とお互いに自己紹介した。
「ちょっと依頼にさ、関わらない? 報酬としてお金は払うからさぁ」
探偵事務所と縁を紡げば、東雲さんの足跡を掴めるかな。そう考えて、許諾した。
「じゃあ行こうか」
華奢な体なのに大剣と弓を装備している女性、常に魔素を体に纏わせている男性と共にダンジョンの奥へと進む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます