第6話 白狼
男と距離を取りながら、目線を合わせる。
僕とこいつの勝利条件は違う。こっちは、こいつらを追い出せればそれで勝ちだ。尾行して観察したことで、ある程度異能の正体が掴めた。五メートル以内の物体を別空間に移動できる能力だ。この能力自体に殺傷能力はないと思う。空間に入った狼を倒すために、こいつらも空間内に入ったわけだし。
「ハッ! よく見てんじゃねぇか」
こいつは僕の狙いに気づいたようだ。力を練り、周囲の状況を探る。ここは三階だ。基本的にダンジョンは奥に進むほど、敵も強くなる。
「いた」
彼らは目標に向かって突き進むような行動をしていた。つまり、周りにまだ狼が残っている。大声を上げていたことで、魔獣が引き寄せられる。
「あ」
魔獣が来た。だが、この狼は。
「白狼だ!」
リーダーじゃない方の元同級生が声を上げた。目線の先に、こいつらが襲撃してきた日に襲い掛かった魔獣。まったく同じ個体がそこにいた。
森で相対した魔法を使う魔獣と同等、もしくはそれ以上の力を感じる。ダンジョン内だからか、以前よりも存在感が違う。
ガァァァァアアアッ!!!
獣の咆哮が空気を裂き、爪を振りかぶる。
「ッッ……!」
振りかぶる直前、周囲の魔素が濃くなったことに気が付いた。だから、思いっきり左に跳び、回避する。
爪から飛ぶ斬撃が、空間を引き裂き一直線に飛んでいった。背後にあった柱は何の抵抗もなく両断され、崩れ落ちる。
この場にはもう、二人と一匹しかいない。
「中ボス戦か。レア素材落とせよ」
どこまでもゲーム気分なそんなセリフが聞こえる。こいつにとっては僕も強化するためのアイテムの一つにすぎないんだろう。
僕は即座に駆け出した。この狼が来た以上、逃げることはできない。単純に早くてすぐ追いつかれるからだ。だが、正面からやり合うつもりはない。距離を作り、隙を狙う。
衣服店が立ち並ぶこのエリアでは、マネキンが立ち並び、服がディスプレイされていた。シャツやワンピース、スーツまで揃う空間だった。廃墟と化した店内には、ホコリを被った衣類が乱雑に残されている。
ガンッ!!
白狼が店の入り口に突進し、ショーウィンドウのガラスを粉々に砕いた。鋭い牙を剥き出しにしながら、僕を追い詰める。
「……ッ!」
爪が再び振り下ろされる。瞬間、僕は服のラックを投げて即席の障害物を作った。
飛ぶ斬撃がラックごと服を両断し、辺りに色とりどりの布切れが舞う。青、赤、白――破れた生地が宙を舞い、視界を染めた。
視界が布切れで覆われた瞬間、背後から声が響く。
「逃がすかよッ!」
僕は即座に反応し、腕を交差させて身を守る。腕に衝撃が加わる。黒い矢が数本刺さった。
「ワンルーム」
気が付いた時には、異能の攻撃範囲に入ってしまっていた。五メートル。白狼と共に僕は、黒い地面に立っていた。
「なッッ!」
――視点が暗転する。
辺りを見渡すと、四角形の空間が広がっていた。体育館ほどの広さの四角い部屋。壁も天井もまったく景色のない閉ざされた場所だ。
「ようこそ、俺の部屋へ」
もう逃れることはできない。
「ルールその一、俺を倒すまでこの部屋から出れない」
「ルールその二、お前らは死んで素材になる」
「
耳障りなほどの大声。
「……うっさ」
僕は低く呟いた。目の前の男はボウガンを構え、ギラギラと笑う。
「速攻で決めてやるッ!」
矢が空気を裂く音が響く。即座に横へ跳び、矢の軌道をかわす。拳を握りしめ、肉薄する。
懐に飛び込み、拳を突き出す。狙うは顎。
「ハッッ!」
しかし、余裕の表情で身体をわずかに逸らす。拳は空を切り、男の顔にかすりもしなかった。
「遅ぇよ」
瞬間、視界の端で男の肩が動く。
「……ッ!」
咄嗟に片腕で防御を固める。だが、その予測を嘲笑うかのように、足が低く振り上げられた。
鋭いローキックが右足を直撃した。膝が崩れ、地面に片手をついてしまった。
強い。明らかに対人慣れしている。
ここでも、ダンジョンから来る流れをつかみ取ることができた。流れから力を汲み取り、負傷した箇所を少しでも癒す。今の自分には接近戦でこいつに勝てない。だから、付与を使う。
突っ込んできた狼の牙を避ける。魔石を取り出し、一緒に転移してきた切り裂かれた衣服を手に取った。
「……付与ッ!」
魔石には、白く発火するイメージを。服には、付着の付与を行なう。
「うらァッ!」
投げた魔石は白い閃光で空間を満たし、眩い光が視界を焼く。そして、驚いた男の顔面に服を投げつける。
「てめぇッ」
必死に剥がそうとするが、付着の効果で顔面に張り付く。
「ガァアッ!!!」
白狼が唸り声をあげ、斬撃を放つ。
「くそが!」
避けることができず、斬撃が男に直撃した。
「今ならできる!」
手に斬撃を付与する。斬撃は十分見た。失敗しないでどう付与すればいいかはもうわかった。
瞬時に踏み込み、一撃を振り下ろす。
手が白狼の側面を裂き、血が弾け飛ぶ。狼が苦悶の声をあげる。
「ガァアッ……!」
「終われッ!!!」
狼が咆哮を上げ、飛びかかってきた瞬間。僕は地を蹴り、迎え撃つ。手刃が狼の胸を深く裂いた。白狼の瞳が揺らぎ、巨体が倒れる。
「はぁ……はぁ……」
勝てた。
空間が歪み、景色がもとに戻る。ワンルームの異能は解除されたようだ。
大きく息を吐きながら、息を整え、横たわる白狼を見る。
「あれ?」
ダンジョン産のモンスターは、魔素に変換されて魔石を落とすはずだ。なのに、なぜか。いつまで待っても変換が始まらない。完全に生命反応がないのに。
その時、背後から拍手が響いた。
「よくやりましたね、見事でした」
急いで振り返る。そこには、思いがけない人物が立っていた。
ピンク色の髪、柔らかな笑みを浮かべた女性。東雲さんだ。
「東雲さん……?」
なんでここに。
「お母さんを討伐、おめでとうございます」
思考が止まる。
「は?……え?」
目の前の女性の瞳は、冷静でありながらも、どこか楽しげに輝いている。前回会ったときと変わらない、期待するような眼差し。
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