【8話】三人での食事
地平線に太陽が沈む頃。
デルドロア邸の大広間には、エレインとフィオの姿があった。
午後の教育内容である、基礎マナーの実技教育を行っているところだった。
「そろそろ夕食の時間ね。今日はここまで。とっても良かったわよ、フィオ」
「ありがとうございます!」
今回の教育では、優雅で上品に見せるような歩き方や、カーテシーのやり方などを教えた。
フィオの動きは初めこそぎこちなかったものの、回数を重ねるごとにどんどん上達。
最後の方は、大人顔負けの綺麗な所作となっていた。これでまた一歩、一人前の令嬢に近づいたことだろう。
(個人的には、最初の方が好きだったけど……本人には言えないわね)
教育を始めたばかりの頃。たどたどしい動きをしているフィオは、なんとも可愛らしかった。
つい、手を差し伸べたくなってしまうその姿に、どれほど母性本能をくすぐられたことか。
しかし、上達する前の方が良かった、なんて言えば、フィオは困ってしまうだろう。
もしかすると、傷つけてしまうかもしれない。
だから一人だけの秘密として、エレインは胸にしまっておくにした。
フィオと手を繋いだエレインは、大広間から出る。
今日一日の出来事を楽しく振り返りながら、二人は廊下を歩いていく。
(なんて楽しいのかしら!)
仲良く手を繋ぎ、なんでもない会話をする。
この時間の、なんたる幸福なことか。
しかし、その時間は永遠ではない。
どんなに嫌がっても、終わりというものはやって来るものなのだ。
食堂の扉の前で足を止めたエレインは、
「おやすみなさい」
と、お別れの挨拶をした。
フィオは食堂。
エレインは私室。
食事を摂る場所は、二人で別々となっている。
そのため、ここでお別れをしなければならない。
フィオとの時間が、ここで終わってしまうのはものすごく寂しい。
本音を言えば、もっと一緒にいたかった。
けれども、ワガママを言ってフィオを困らせる訳にはいかない。
(また明日会えるもの!)
強く言い聞かせて、寂しさを悟らせないようにする。
しかしフィオは、エレインの手を離さない。
依然として、ギュッと握ったままだった。
「私、エレイン様と一緒にご飯を食べたいです。……ダメ、でしょうか?」
「そんなことないわよ!」
ぶんぶんと首を横に振る。
これ以上にないくらいに、激しく動かす。
つぶらな瞳を向けられては、ダメ、なんて言えるはずもなかった。
フィオにお願いされてしまえば、もう最後。どうにも断れなくなってしまうみたいだ。
二人は手を繋いだまま、食堂へと入った。
壁際に立っているメイドへ、エレインは声をかける。
「今晩の夕食は部屋ではなく、こちらで食べようと思います。申し訳ございませんが、私の分を用意してもらっていいでしょうか?」
「かしこまりました」
これで準備は完了だ。
部屋の中心にある横長の食卓テーブルに、フィオと横並びになって座る。
(フィオとの食事! 絶対楽しいわ!)
ウキウキわくわく。
これから到来するであろう幸せな時間を想像し、期待に胸を膨らませる。
しかし、そんなハイテンションはすぐに終わってしまう。
リファルトが食堂に入ってきたのだ。
エレインは愕然。
フィオと食事することしか考えていなかったために、こうなる可能性が頭から抜けていた。
彼には激しく嫌われている。
夕食の時間が気まずくなることは、もはや避けられないだろう。
そして驚いているのは、なにもエレインだけではなかった。
「どうして貴様がここにいる……」
怪訝な表情で食卓テーブルまでやって来たリファルトの第一声が、エレインへと飛んでいく。
(……まずは謝った方がいいのかしら)
どう答えようか、と考えるエレインだったが、
「私が誘ったんです!」
聞こえてきたのは、快活な声。
エレインよりも先に、フィオが答えてしまった。
「誘っただと? ……なぜだ?」
「私が一緒に食事をしたかったからです! それと、今回だけではありません。ずっとです。これから毎回、食事をするときは三人で食べます!」
(そんなの聞いてないんだけど!?)
無邪気に笑うフィオに、ギョッとした視線を向ける。
飛び出してきたのは、驚きしかない重大発表だった。
心臓に悪い。何年か寿命が縮んだような気がする。
(そんなの無理よ!)
毎回の食事を、フィオと一緒の空間で摂れることは嬉しい。
あーん、をしたりされたり――楽しい妄想が今から捗ってしまう。
それだけなら良いことづくめなのだが、そうはいかない。
フィオと食事をする――それは同時に、リファルトとも一緒に食べることを意味している。
気まずい空気が流れる中で、食事をしなければならない。
そんなのはごめんだった。
(きっとリファルト様も嫌なはず――というか、怒っているわよね……)
恐る恐るリファルトを見てみれば、予感は大的中。
怒りの形相で、エレインを睨みつけている。
「良いですよね、お父様?」
「…………も、もちろんだ」
(嘘つき!)
顔をひきつらせたリファルトが、ぎこちなく笑う。
表情からして、納得していないのは確実。
本心は反対したくてたまらないはずだ。
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