Aパート

 その日の朝、私は荒木警部に呼ばれた。過去の事件のことで・・・。


「これを見てくれ」


 渡された資料を開けると、まさしくあの事件だった。


(あれはこのことを暗示していたのか・・・)


 私はそう思った。あの夢は未来に起こることを示したのかもかもしれない。予知夢というらしいが、本当にそうなのだろうか・・・。


資料を見て考えごとをしている私に荒木警部は尋ねた。


「どうした? 日比野。どうかしたのか?」

「いえ、何も・・・」

「この事件のことは知っているな」

「はい。別の事件の捜査で調べたことがあります。その犯人と刑務所で面会もしました」

「奥田は強盗の前科がある。再犯を繰り返してどうしようもない奴だ。だがこの事件では今でも無実を訴えている。火事に紛れて金品は奪ったが殺人や放火はしていないと」

「しかし裁判では有罪となりました。凶器であるナイフから彼の指紋が出ています」

「そこだ!」


 荒木警部は私の持っている資料を指さした。


「ナイフは現場に落ちていた。奥田は火事になっている家に忍び込み、金品を奪った。その時にそのナイフを拾っただけという。衣服についた血も返り血ではない。手に血がついたので驚いて自分の衣服で拭いたと言っている。ナイフは被害者のものだ。検出された指紋は被害者のものと奥田のもの、それにもう一つあった」

「別の指紋があったのですか?」


 私はそれを初めて知った。調書ではそこははっきりと記されていなかった。


「ああ。そうだ。だが当時は偶然ついた関係ない者の指紋だろうということで処理された」

「でも共犯、または真犯人の可能性があるのですね」

「ああ、そうだ。写真を見てくれ」


 私は資料の写真を引っ張り出した。きれいなガラスの皿が写っている。


「数日前、盗難された1点物の高価なものだ。その犯人はすぐに逮捕され。品物は戻った。そこでその皿の指紋を調べてみると、偶然、ナイフについていたのと同じ指紋が出た。その皿はまだ箱が開けられた様子はなかったので、製作したところでついたようだ」

「するとそこにその指紋の持ち主が?」

「ああ、そうだ。製作したのは牛丸浩という工場主だ。山越村というところに工場がある。そこへ藤田とともに行ってほしい」

「わかりました」


 私は藤田刑事とともに山越村に行くことになった。


 ◇


 山越村は山の中にある過疎の村である。車は途中までしか入れない。後は徒歩で山道を登らなければならない。牛丸の工場兼住居はその村のはずれにある。

 私は何度も見るあの夢のことを考えていた。


「あれは予知夢? いや、違う。ただの偶然で、過去に経験した記憶がよみがえって夢として見ただけかも・・・。でもなぜこのタイミングで・・・」


 考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。そのうちにようやく牛丸の工場に来た。彼はここでガラスの食器を作っている。中で大きな音が聞こえる。操業中のようだ。私たちは玄関に回り、声をかけた。


「ごめんください! すいません! どなたかいらっしゃいませんか?」


 するとドアが開いて一人の男性が出てきた。この人が牛丸浩なのだろう。年は中年といったところだが、ヒゲ面でたくましい体格をしている。


「なにかね?」

「警察のものです。私は捜査課の日比野。こっちは藤田です」


 私たちは警察手帳を見せた。すると牛丸の顔つきが変わり、いきなり怒鳴った。


「帰ってくれ! 俺は警察が嫌いなんだ!」

「捜査のご協力をお願いしたいのです」

「帰れ! 警察なんか顔も見たくない!」


 ドアをピシャリと閉められてしまった。


「ダメみたいだな」


 藤田刑事がため息をついた。こうした警察嫌いの人間には慣れている。


「ええ。出直しましょうか。先に村で彼のことを調べましょう」


 私は村の人家がある方に歩いた。道はなく林の中の細い道を抜けねばならないようだ。しばらくして私は地面にあいた穴に足を取られて倒れてしまった。


「大丈夫か?」


 藤田刑事が私を起こしてくれた。だが・・・


「あっ! 痛い!」


 右足が痛くて動かせない。捻ってしまったようだ。


「困ったな。病院に行こうにも車まで距離があるし・・・」


 するとそこに一人の男性が通りかかった。40代くらいで頭は白髪交じりだった。


「どうしたのです?」

「足をくじいたようで」

「診ましょう。私は医者です」


 その男性は私の右足を診てくれた。


「多分、捻挫だと思うが、しばらく動かせないでしょう。村に診療所があります。そこまで運びましょう。さあ、肩を貸して・・・」


 私は藤田刑事とその男性医師に抱えられ、診療所まで運ばれた。そこで右足を固定される処置を受けた。


「これでいい。でもしばらくは歩かない方がいい」

「でもどうしよう・・・」

「この診療所の病室に泊まったらいい。空いているのだから。身の回りのことは村の人に頼んでおくから心配はない」


 その医師はそう言ってくれた。私はそうするしかないようだ。


「よろしくお願いします。日比野美沙といいます」

「そう言えば名前を言っていなかったですね。私は高木良一です。ここで安心して入院してください」


 彼はやさしくそう言ってくれた。こうして私はこの村の診療所で過ごすことになった。

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