第6話 天野さんは天野さん

「はい、お姉さんのおにぎり。梅とおかかと鮭。わたしとママとで作ったんだよ」

 咲良ちゃんが差し出したお皿には、三角のおにぎりが、3つ並んでいた。

「美味しそう。いただきます」

 ひとつ取って食べる。

 梅干しだ。酸っぱさが酔いつぶれた身体に染み渡った。


「あーっ、大雅兄ちゃんがわたしの鮭取ったー!」

「いいだろ、ほら梅干しやるから」

「やーだー、鮭返して」

「ケンカしないで食べなさい。咲良、パパの鮭をあげるから」


 目の前で繰り広げられる、微笑ましい家族の諍い。

 それを見守る天野さんの奥さん。

 希美は居たたまれない気持ちになる。

 

 ごめんなさい。

 人生の盛り上がりだなんて思って。

 美しい思い出だなんて思って。


 おにぎりの梅干しが酸っぱくて、希美の目は潤んでいた。





「・・・で、それからどうなったのよ?」

「おにぎりごちそうになって、家に帰りました。終わり」


 週明け月曜日、桃子とのランチは「野菜たっぷりのハヤシライス」だ。

 温泉玉子のトッピングは、間違い無かった。


 公園のキッチンカーには、持ち帰りの人々が並んでいるが、この寒空に野外テーブルを使う人はほとんどいない。

 だからこそ、遠慮なく話ができる。


 希美は桃子に、金曜日の夜からのことを話していた。

 さすがに桃子は驚いた顔を隠さなかったが、何も言わずに話を最後まで聞いてくれたのが、嬉しかった。


「桃ちゃんの言う通り、夢は夢でしか無かったよ。わたし、天野さんに『理想の夫』を見ていたのかもしれない。だから、天野さんの夫としての姿を、夢に見たのかもね」

 今日のサービスは熱々のほうじ茶。ハヤシライスの濃厚さを、さっぱり洗い流してくれる。

 桃子も眼鏡を曇らせながら、ほうじ茶をすすって、

「ほんとよねぇ。夫のお手本みたいな人はすでに他人ひとの夫なのよねぇ・・・」

 と、しみじみ言った。


「そういえば希美、あんたオススメのダイエットアプリ、インストールしようと思ったのに、どこ探しても無いんだけど?」

 桃子が自分のスマホを取り出しながら言った。

「何かね、土曜日にサービス終了のメッセージ入ったのよ。提供していた会社が倒産したとか何とか・・・」

「うわ、世知辛い」

 渋い顔をする桃子を、希美が笑う。

「でもね、あのアプリ入れた頃と、天野さんの夢を見はじめた頃が重なるから、何か逆にスッキリした感じよ。ほら」

 と、希美はアイコンの消えた画面を桃子に見せる。

「あんたの変な夢も、アンインストールできたってことね」

 桃子が言って、二人は声を上げて笑った。

 

「あ、それでですね、経理課の馬場さんにご意見を伺いたいことがありまして・・・」

 希美は鞄のなかから、小さくたたんだ紙を取り出した。

「うちの会社、社食無いじゃない? だからね、仕出し弁当を呼ぼうと思うのよ。それで、来てくれそうなお弁当屋さんと、予算をリストアップしたの」

 突然の話に、桃子は目をパチクリさせる。

「とりあえず、庶務課の仕事をちゃんとやってみようかと思って。天野さんのカップ麺ランチを見て思いついたの。社内で仕出し弁当販売したら、喜ぶ人が多いんじゃないかなって」

 希美が少し照れくさそうに言うと、桃子は眼鏡をきちんとかけ直してから、紙を開いた。

 そして厳しい視線で、書かれている項目を追っていく。


「・・・これ、弁当店のHPからの抽出でしょ? まずは見積もり取らないと、具体的な数字が出ないよ。数字出たらまた持っておいで」

 桃子はポイッと希美に紙を返した。けれどその顔は、どこか嬉しそうだ。

「お願いします!」

 希美も笑顔で頭を下げた。


 もう少し暖かくなれば、この公園の桜が咲き始めるだろう。

 その頃になったら、天野さんをここにお誘いして、ランチを食べよう。

 二人だと気まずいから、桃子も誘って三人で。

 おにぎりのお店があれば、おにぎりが良いかな? おにぎりだったら、ご家族の分をお土産にしても大丈夫かな?

 ケンカしないように、鮭を多めにして・・・。


 そんなことを考える希美の顔は、とても明るかった。

 

続く

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