第4話 金曜日の天野さん

「大丈夫ですか、高田さん」

「らいじょーぶでーす! もう一軒行きましょーね、天野さん」


 その日の仕事終わり、希美は天野さんを誘い出すことに成功した。

 毎日、会社から家に直帰するという噂の天野さんだったが、希美の誘いには二つ返事で乗ってきた。


「高田さんにはお世話になっていますから、たまにはお供させていただきましょう」


 ・・・とか言われて。


 え・・・これは実は、脈有りなんじゃないか!


 なんて考えたら、誘った希美の方が緊張してきた。

 本当に本当に、そういう展開になったらどうしよう。

 こんなことなら、もっとあちこちに気合を入れてくるべきだった!


 だけど、もう動き出してしまったのだ。

 折しも今日は金曜日。

 何があったって・・・いや無くったって、土日を挟めば大丈夫・・・な、気がする。

 

 大人の恋愛って、こんなに突然に始まるんだな・・・。

 そんなことをぼんやり考えながら、終業を迎えてしまった。


 桃子と行く飲み屋は、雰囲気も値段も庶民的な居酒屋ばかりなので、さすがにそういう店ではどうかと考えて、仕事中に検索した、オシャレっぽいダイニングバーに向った。


 いつもは、とりあえず生ビールからの希美だが、今夜はせっかくのオシャレダイニングバーなので、普段はあまり手を出さないカクテルなんぞ頼んでみる。

 しかもお店オリジナルのカクテル。

 なんかこういうのも、大人っぽいと思ってしまう。

 

 天野さんはどうかというと、

「高田さんと同じもので」

 と、スマートなオーダー。

 出されたカクテルはフルーティーで口当たりが良くて、とても美味しい。


 いざ天野さんと向かい合うと、希美は何を話して良いのか分からない。

 天野さんは柔らかく微笑んでいるだけだから、希美が話しするしか無い。

 ついつい会社の話になるのを、どうにか別の話題へと切り替える。

 とはいえ、希美も趣味があるわけでも無く、話はぶつぶつ途切れてしまう。

 だから間が持てなくて、希美はグラスを口にすることが多くなってしまい、ついつい酒が進んでしまう。


 そして・・・すっかり出来上がってしまったのだ。



 ダイニングバーの支払いをしたところまでは、覚えている。

 その後、どこかの居酒屋らしきところへ行ったのも、うっすら覚えている。

 でもこの辺りから、天野さんと何を話したのかは覚えていない。

 そして、いつ居酒屋を出たのかも、希美はまったく覚えていなかった。




「あ・・・頭、痛い・・・」


 ズキンズキンと脈打つような頭痛に、希美は目を覚ました。


「あれ・・・ここは・・・?」

 

 カーテン越しに薄明かりが差している。どうやら朝らしい。

 身体を起こして、辺りを見回した。

 自分のアパートでは無いのは確かだ。

 和室の部屋の布団に寝かされているのが分かった。


 ハッとして、自分の着ている服を見た。

 上着は無いが、昨日着ていたブラウスとスカート姿のようだ。

 上着とコートは枕元にきちんと畳まれていた。鞄もそこにある。

 思わず財布とスマホを確認した。両方とも鞄の中にあって、希美はホッと息をついた。


 スマホは、バッテリー切れの表示が出るだけで、時間は分からない。

 それにしても、ここはどこだろう?

 起き上がった希美は、閉まっていた引き戸に手を引いた。


「あれっ、ここ・・・」

 そこから見えた薄暗いダイニングキッチンは、見覚えがあった。


「・・・夢に出てきた部屋だ」

 そう、何度も夢に見た部屋。

 天野さんと夫婦になって住んでいた・・・。

 じゃあ・・・これはまた夢?


 でも・・・キッチンの隅、ガスコンロの近くに誰かが立っている。


「天野・・・さん?」


 声をかけるが答えが無い。

 希美はダイニングに入って、その人影の方へと近づいた。


 大人の女性だった。

 見覚えがある。

 この綺麗な顔だち・・・

 

「天野さんの、奥さん・・・」



続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る