第6話 国王の激昂
翌朝、リヴィオを地下牢から引きずりだしたのは意外な人物だった。
「こんなところでなにしてるんだっ!」
乱暴に腕を掴まれ、庭に突き飛ばされ、腹部を蹴られた。
(まずい。本当にまずいかもしれない。お腹が……っ)
まだ熱を持ったままの腹部にさらに衝撃を加えられる。脂汗がにじみ出るほどの激痛に身体が痙攣した。
怒りの形相でリヴィオを見下ろしているのは、父の国王だった。
「貴様、よくも……っ」
「へいか……お腹、蹴るのだけはやめてくださ……ほんとに、死んじゃう……」
「うるさい! お前なんて死ねばいいだろう!」
必死に腕で庇うが構わず蹴ってくる。
「どうやってあの鍵を持ちだした!」
胸倉を掴まれ、今度は平手打ちされた。
「私は知らないです! あれは、王妃殿下が……」
よく見ると、王妃は国王の背後にいた。面白くなさそうな顔でツンとしている。
あの地下牢の存在を国王は知っていた。ならば、あの遺体のことも知っているのだろうか。
恐らく、王妃は知らなかっただろう。昨日は暗くて見えなかったと思われる。それに白骨遺体があることを知っていたのなら、王妃の性格から「お前も無様な白骨になるのよ」という趣味の悪い台詞を吐くはずだ。
「陛下、あの地下牢はどのような事情で使われるのですか? 大変不衛生で、人の尊厳を無視した扱いをされた形跡のある人が」
「黙れ!」
「黙りません! 陛下はあの存在をご存じだったのですね。弔いもせず、あのようなところに放置するのは、死者を冒涜する――」
「黙れこの害虫が……っ」
国王は激昂し、リヴィオの首を乱暴に掴んだ。そのまま首を絞められる。国王の目からは紛れもない殺意が
(殺される……っ)
息ができず、頭に血が上る。意識が混濁してきたところでハンナの叫び声が響いた。
「陛下! なんてことを……っ!」
他の使用人達も駆け寄ってくる。
臣下とはいえ、ここまで人目がある所でそれ以上はできなかったのか、国王は手を離した。
「ごほっ……ごほっ」
激しく咳込むリヴィオの背を、ハンナが必死に撫でた。
「殿下、しっかり! 意識は!? ちゃんとしてますよね!?」
心配そうに使用人に囲まれたリヴィオを、苦々しい顔で国王は見下ろした。
「昨晩、役目を命じたにもかかわらず、この男は夜遊びをしていたのだ。それを咎めた。それだけだ! もう朝だ。早く出立しろ! 目障りだ、この害虫が!」
そう言い捨てて国王は去る。王妃はそんな国王の背を不審そうに見つめながらも、リヴィオを睨みつけてから去った。
「リヴィオ……随分と酷い目に……しっかり。私を見て」
ハンナはリヴィオの顔を両手で挟み、視線を合わせた。
平手打ちされた頬は腫れ、首筋には絞められた痕がくっきりと残っている。蹴られた服は汚れ、ところどころ血が滲んでいる。
長時間地下牢にいたために異臭を全身から漂わせ、剥き出しの殺意をぶつけられたショックで目はうつろだ。
今のリヴィオはあまりに無残な姿だった。
ハンナは泣いていた。周りの使用人達からも嗚咽が漏れている。
「殿下……、私の可愛いリヴィオ。いつもの言葉を言って?」
「リヴィオ・サミュエル・ウンディーネは……たくさんの人に……愛され……」
掠れた声でそこまで言ってから、リヴィオの胸に激情が込み上げる。
――愛されてなんかいない。
――害虫で不愉快な顔で……。
――なんで生きてるんだろう。
――生まれてこなければよかった。
この言葉を言えば、ハンナは深く悲しむ。それがわかるから言えない。
「……ハンナ、離れて。今は冗談じゃなく臭いんだ。自分でもわかるもん。お風呂入ってからここを出るよ。さすがにこの臭さで行ったらディアル帝国にも失礼だ」
明るく笑って、立ち上がった。腹部が激しく痛み、頭も痛かった。ふらつきながらも使用人の棟を目指して歩き始めた。
◇◆◇
「勿体ないけど服は捨てるしかないかなぁ」
異臭がする服を脱いで畳む。
内ポケットから懐中時計を取り出して、服には自分のものではない髪の毛が付着していることに気付く。
「あれ? この髪色……珍しいな。銀髪?」
銀髪――青みがかったアイスシルバーの髪を手に取る。白髪とは違う、美しい輝きに見えた。
「あの骸骨さんのかな?」
捨てよう、そう思ったが、なんとなく毛を集めてハンカチに包む。
心から供養すれば、故人が天界に行った際に守護の力を与えてくれることもある。髪や骨など、身体の一部がおまもりになることもあるという。
(こんな綺麗な髪を持った人なんだ。きっと力になってくれて、帝国の地下牢暮らしを支えてくれるだろう。地下牢ではベテランさんのようだしね)
黙祷をしてからハンカチと懐中時計を仕舞った。
「うわ……思った以上にまずい。全身内出血だらけ」
洗い場の鏡に映る自分の姿に
(お腹が熱い。今度こそ俺は死ぬのかな。死ねるのかな)
そこまで考えて、左胸に残る傷を撫でる。この傷は激情のままに自分で剣を突き立てた時にできたものだ。
あの時、ハンナは激しく泣いてリヴィオをきつく抱きしめて叱った。あの時から約束の言葉を言わされるようになった。
(あの言葉は、ハンナの願望だよ。俺は愛されてないし、幸せになれない。実の父親に殺意を向けられて。俺はなんのために生まれてきたんだろう)
親から首を絞められるなんて、望まれなかった子である証だ。
涙が勝手に込み上げてくる。風呂場に薬師のターキーが入って来たことにも気付かなかった。
「酷いことされたな……」
そう声をかけられて、初めて顔をあげた。
「泣きたい時は泣くんだ。そうじゃないと潰れちゃうよ」
ターキーは優しく背中を洗ってくれた。
「泣いてないよ。さっき顔洗ったから濡れてるだけだし」
優しさがくすぐったくてそう返した。
「しかし酷い。炎症によく効く薬を持たせるよ。湿布もあげるから」
「ありがと。でもほんとに泣いてないんだからね」
「わかったよ。殿下は強い子だもんなぁ……。俺達は、殿下が大好きなんだ。殿下がどこに行っても、遠く離れていても、ずっと応援してるし、いつも殿下の幸せを考えているよ。あなたは俺達の大切な息子だ」
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