第3話 国王からのお呼び出し
(国王陛下が……)
リヴィオの胃がギュゥッと締め付けられるように痛んだ。
「殿下、胸の中でさっきの言葉を繰り返すのです。陛下から何を言われても、何をされても」
ハンナは小声でそう言って、リヴィオを気遣うように見つめた。
「わかってる。心配しないで。どうせ『吐き気がするくらいブサイクな顔だな』って言われてビンタされるだけだよ。吐き気がするなら呼び出さなきゃいいのにねぇ」
リヴィオは努めて明るくそう言った。
◇◆◇
「陛下、リヴィオ参りました」
片膝をついて、目線を下げたまま挨拶をする。
公式行事以外はほとんど顔を合わせない国王だ。顔を合わせると必ず殴られる。相性は最悪だ。
「ふーん、相変わらず不愉快な顔だな。なんでそんなにブサイクなんだか」
そう言われても、どう返していいのかわからず、胃がシクシクと痛む。顔を合わせるたびに容姿を罵られるのは気が滅入る。
(俺だって好きでブサイクなわけじゃないのに……)
むしろ顔のことで責めたいのはリヴィオの方だ。国王はリヴィオの父親であり、この顔の元を作った人物なのだから。
「そんなブサイクなお前に一つ大きな役割ができたぞ。聞きたいか?」
「……はい」
どこか嬉々として見える国王の様子に嫌な予感しかしないのだが、神妙に答える。
「ディアル帝国の皇帝が、先日のノーム王国との小競り合いの仲裁を申し出てきてな。仲裁する代わりにお前をご指名で人質にくれということだ」
大陸の絶対的支配者――ディアル帝国。その決定に逆らうことはできない。絶対的な力を持つ帝国を衛星のように囲む八ヶ国は、帝国の意向に沿った形で国を運営している。実質、属国のようなものだ。
(でも、ディアル帝国の歴史上、他国から人質を取ることあったかな? よほど我が国にお怒りなのかな……)
ノーム王国を騙し打ちにする形で魔石の採掘山を侵略したのだ。前王は聖王として名高かったのに、今の国王に変わってからは外国からの評判は悪い。
そんな評判の悪い国からの人質。大切にされるわけがない。リヴィオの胃がキュゥキュゥと痛んだ。
「見てみろ。第一王子の人権は剥奪し、身柄は帝国の所有とする。どのような処遇で扱おうとも、一切の苦情、抗議は受け付けないものとするって書いてあるぞ」
嬉しそうに手紙を投げて寄こしてきた。そっと手にとると、確かにそう記されている。
(人権を剥奪、身柄を所有――人として扱われないということ? それって、奴隷……?)
どんな扱いをされるのか、考えただけで目の前が暗くなる思いがした。
「きっと地下牢に放り込まれて鞭打ちにされるか、スケベな皇帝の夜伽の相手にでもされるのだろう。そのうち飽きたら処刑。はっはっは……」
頭上で国王が愉快そうに笑う。
(……なんでそんなに嬉しそうなんだろう。そんなに俺のことが嫌いなのか)
実の息子の苦境を喜ぶ――リヴィオには、国王の心理を想像することも難しい。
リヴィオが逆の立場なら、相手の前で笑えない。たとえ、自分が好意を持っていない相手だとしても、相手の不幸を笑うなんて出来ない。
どうしても人質に出さざるを得ないのなら、もっと申し訳なさそうに振る舞うだろう。
(この男には、人の心がないんだな)
弟達のことはそれなりに可愛がる国王なのだが、リヴィオにだけは憎悪を向けてくる。そこまで憎まれるほど、関わりがあったわけではないのに。
「かしこまりました。お役目、謹んで承ります」
そう答えるしかない。拒否権はないのだから。しかし次の瞬間、硬直する。
「明日の朝出発してもらうからな」
「あ……明日!? 明日の朝ですか!? あの、せめて学校の友人にだけでも挨拶がしたいのですが」
「挨拶ってなんだ? お前、貴族の子弟達に『大帝国の皇帝の奴隷になって、殺される運命なんだ。助けて』とでも言うつもりか? 同情を買って、人質を回避するつもりなんだろう!」
そう言っていきなり足蹴にされた。
「そんなつもりじゃないです! ただ」
「口答えするな!」
胸倉を掴まれ、平手打ちにされる。痛みと惨めさで、リヴィオの目に涙が浮かぶ。
「その不満そうな目はなんだ? 大体お前なんて、生きてる価値がないんだ。お前がお友達だと思ってるクラスメートだって、内心じゃ『害虫みたいなヤツだな』って思ってるんだ。そうに決まってるだろう!」
そう言われ、また平手打ちにされた。
「……っ」
泣くのを堪え、歯を食いしばる。
「おい、害虫。この書面にサインしろ。永久的に王位継承権を放棄するんだ。貴様は帝国の奴隷になるんだからな!」
王位継承権を放棄する旨のサイン。今まで何度もサインを強要されたが断ってきた。
しかし、今回は断っても意味がない。本当に帝国が第一王子であるリヴィオを人質として指名してきたのだから。もうこの地に生きて帰ってくることはないのだろう。
「……わかりました」
震える手でサインを書いた。
結局リヴィオの「友人に挨拶がしたい」というささやかな願いは一蹴され、部屋を追い出された。
悪いことは重なる。国王の呼び出しは第二王子、第三王子の耳にも入っていたようだ。にやにやと笑いながら待ち伏せをされていた。
「よぅ、害虫の人質王子。お前がここからいなくなると、臭ぇ匂いからも解放されるよなぁ」
「帝国で奴隷にされちゃうんだってな。王族に生まれながら、最後は奴隷。惨めだなぁ、お前」
その背後には、気まずそうに俯く近衛騎士達が控えている。
近衛騎士は、名門貴族の次男、三男から、平民層から騎士選抜試験に通った者達まで様々だ。
第二王子達がこのような場面に連れてくるのは、後ろ盾のある名門貴族の子弟ではない。弱小貴族の子弟や、平民層から採用した騎士達だ。
「害虫奴隷、俺達が帝国に行く前の予行演習をしてやる。付いて来い」
(抵抗すると、近衛騎士達にとばっちりがいく)
いつも二人は近衛騎士を人質にして、リヴィオに絡んでくる。抵抗すると、代わりに騎士を痛めつけると脅すのだ。
リヴィオは仕方なく付いて行くことにした。
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