第10話 不穏の教室

朝の教室には異様な緊張感が漂っていた。

3−A。

それは今や、誰もが「呪われている」と噂するクラスだった。

あまりにも突然に、生徒が消えていく。

沢渡、桂、香川、そしてその取り巻きたち。気がつけば教室の席かなり空席が目立つようになっていた。

それはそうだ。

もう15人もの生徒が停学になっているのだから。

彼らは受験はどうするつもりだろうか?

推薦で行く予定の人間たちは残らず推薦を取り消されているだろうが。


教室のクラスメイト全員が不穏な空気を感じ取っている。


ガラガラガラ


「おはよー」


後ろの扉が開いたと同時に入ってきた人間に注目が集まる。


青崎銀河。


声優アイドルとしても活動している有名人。

ただでさえ注目されている人物だが、今日の注目度はその比ではなかった。


銀河がドアを開けて教室に入った瞬間、その空気はピリリと変わった。


「おい、青崎」

「ちょっと待ちなさいよ」

「話聞かせろやコラ」


待ってましたとばかりに立ち上がったのは、田中怜王、館山飛鳥。、角田隆の三人だった。

彼らもまたアカネをイジメていた中心人物である。

銀河にとっては憎むべき敵だ。


しかしそんなことはおくびにも出さない。

銀河はいつも通りの口調で声をかける。


「ん?何かあったの?」


「何かあったのじゃねえよ!!」

「お前何か知ってるんだろ!」


「?なにを?」


銀河は不思議そうな顔で三人を眺めていた。


「なにを?じゃねえよ!!見りゃ分かるだろ!」


「クラスの連中が減ってるでしょ?これやったのアナタでしょ?分かってるのよ?」


「ちょっと聞かせてもらおうか、お前」


「? どういうこと?」


「沢渡の時も、桂川の時も、香川の時も……お前、全部“たまたま”学校いなかったよな?」


銀河は内心少し感心していた。

おおなるほど。

こいつらなりに無い知恵振り絞って当日教室にいなかったボクに当たりを付けてきたわけか。

なるほどなるほど。

当てずっぽうだろうけど大したものだ。


「あー、沢渡君も桂さんも香川さんも大変だったらしいね?ボクはあまり知らないけど」


「しらばっくれんじゃねえぞ!」


角田が机をバンッ!!叩く。

しかし銀河はピクリとも動かない。


「いやいや最近のボク仕事で忙しくてね。オーディションとか一杯あるんだよこう見えてもさ」


「はあ!?だったらその証拠出せよ」


「あはは。そう言うならボクが何かしたって証拠出してよ。大体なんでボクなのさ?」


「だ、だってアンタはアカネと一番仲良かったじゃないの!」


「アカネ?ああ。まあ一応幼馴染だからね。ん?なに?あの三人はアカネに何かしていたの?もしかしてアナタたちも何か心当たりがあるとか?」


三人はぐっと息を詰まらせる。


「そ、そんな訳ねえだろ!」


「えー?ホントに?角田君そんなに大きな声を出すなんて怪しいよ?」


「そ、そういうアンタはどうなの!?アンタだって仲良さそうな顔して!裏じゃ何してるんだか!!」


苦し紛れなのだろう。

館山飛鳥がヒステリックに叫んだ。

すると、銀河がピタリと口を噤む。


「ボ、ボクがアカネに何かしていたって?冗談じゃないよ。なんでボクがそんなことするのさ」


銀河は若干図星を突かれたようなリアクションだった。

それを見ていたクラスメイトは思う。


え?あんなに仲良さそうにしていたのに?嘘でしょ?


「ほ、ほら!!お前だって人のこと言えねえじゃねえかよ!!」


「人聞きが悪いなあ。ボクは何もしていないって」


「お前らやめろ!!」


ビシャッ!


突然、机を打ち鳴らしたのは金村健司だった。


「青崎さんがそんなこと、するわけないだろッ!」


その剣幕に、一瞬だけ空気が静まる。


「第一、証拠がどこにあるんだよ!?疑わしいってだけで人を犯人呼ばわりかよ!?青崎さんがそんなことするわけないだろ!!」


ぎゅっと握りしめられた拳。銀河の前に立ちはだかるように、金村は仁王立ちになっていた。


田中たちは舌打ちして引き下がった。


「……チッ。別にそこまで言うならいいよ。でも、あんまりおかしなこと起きたら先生に言うからな」


「言いたきゃ言えばいい。俺は青崎さんの味方だ」

「あはは。もし心当たりがあるなら田中君も気を付けてね?」


三人は席に戻っていた。


強く言い切った金村の横で、銀河はふわりと微笑んだ。


「ありがとう金村君。ボク嬉しいよ。ほんとに」

「い、いえいえ!俺は当然のことをしただけですから!あいつら青崎さんがそんなことするはずないのに言いがかりつけやがって…!」


金村は怒りで拳を震わせていた。

そんな金村を見て銀河は思う。


(薄らバカが)


銀河は金村を楽しそうに眺めていた。


(次のターゲットは君だよ。まあ精々楽しませてね金村君)


銀河は心の奥で、氷のような声が静かに笑っていた。


───


金村健司は銀河を愛していた。


その想いは誰にも言えずただ胸の中で膨らみ続けていた。

想いはドンドン強くなり、溢れんばかりだった。

ネットのブログを作成して想いを綴った詩や歌を思うがまま書き記す毎日だった。


だからこそ、あの文化祭は許せなかった。


本来は銀河が主役だったはずの舞台をアカネに奪われたあの日。


銀河が書いた脚本。金村は銀河が演じる舞台を本当に楽しみにしていた。

だからこそ必死になって準備もしていたのだった。

しかし銀河は突然言ったのだ。


「ごめん金村くん。今回の劇の主役はアカネにやってもらうことにした」


理由は知らされなかった。

ただ一方的に宣言された。

銀河は特に悲しそうにしている様子もない。


ただそれが銀河の意思なのか、それともアカネの策謀なのか。

金村には分からなかった。


実際のところは銀河の脚本はアカネのためにアカネに演じて欲しくて書いたものだったのだ。

仕事が忙しかったこともある。

だからこそ銀河はアカネにお願いしたのであり、そのことを恨みに思うなど逆恨みも甚だしかった。


(きっと、アカネが何かしたんだ……)


その嫉妬と怒りが、彼を突き動かした。


金村はアカネと銀河が一緒に使っていた詩集ノートを盗み、アカネの詩をSNSに晒したのだ。

それだけでは飽き足らず、それを“詩の朗読動画”としてネットにアップし、本人が発見するまで拡散を続けた。

もっともその詩はなかなか評判が良かったのだが。


しかし自身の詩がネットで晒されていることが分かった時のアカネの表情。

何も言えず、俯き、震えていたあの瞬間。


愉快で仕方なかった。


それこそが、金村にとっての“勝利”だった。


(ボクだけは、青崎さんを理解してるんだ。アイツとは違う)


金村は銀河に向けてまたラブレターを書く。


デスクの引き出しの中には、もう何通もの手紙が重なっている。


いつかこの気持ちが届くと信じていた。


しかしそんな歪んだ想いなど、銀河にとっては踏みつぶすだけの路肩のゴミであることを金村は分かっていなかった。

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