第6話 屋上にて

 屋上から見える校庭では、生徒達が元気にボールを追いかけていた。

 これまで何度となく見てきた光景だ。

 みんな、午後の授業なんてないかのように全力で走り回っている。


 その中の一人が蹴り上げたボールが、大きく弧を描き部室棟の方へ飛んでいった。

 今頃あのボールは野球部の部室の窓を叩き割っていることだろう。

 そして、校庭でサッカーをしていた生徒達は五時間目の後半までこってりと搾られることになる。

 これも、今まで繰り返してきた「今日」の中で定められていたことだ。


 家から適当に持ってきた菓子パンを食べ終えた俺は、屋上の日陰になっているところへ座り、空を見上げた。




 流れる雲をぼんやりと見つめていると、屋上の扉が開く音が聞こえた。

 これまでも屋上に来たことがあったが、そこへ他人が来たことはなかった。

 俺は警戒心を持ちながら扉の方へゆっくり視線を向けた。


「よう、ここにいたの」


 あいつだった。

 あちこち探し回ったのか小刻みに吐き出される息が白い靄となっては空気に溶けていく。


「どうして……」

「ん?」

「いや、どうしてこんなに寒い所へわざわざ来たのかと思ってさ」


 俺は適当なことを言って言葉を濁した。

 あいつはそんな俺の言葉を信じたのか、何も言わずに隣へ腰を下ろした。


「バレー部の部室の窓が割れたよ」

「ああ。……あ?」


 知ってる、と言いかけて俺は反射的に顔をあいつに向けた。


「今……バレー部って言ったか?」

「うん。言った」


 あいつは事もなさげに肯定する。

 バレー部の部室は野球部の隣。

 ボールは窓ガラス一枚分左にれ、野球部の部室のすぐ隣の窓を叩き割ったらしい。


 ――未来が、変わった?


 喜びが込み上げてくるのをすんでの所で抑える。


「サッカーをしてた奴らは――メンバーは誰だ」

「さあ。さすがにそこまでは分からないよ」


 あいつは首を小さくかしげて見せる。

 でも、とあいつは言葉を続けた。


「きっと今までとメンツは変わらないと思う。君が入っていたなら話は別だけどね」


 俺は驚愕の表情を浮かべたまま、ただただグラウンドを見つめることしかできなかった。




「ところでさぁ、寒くない?」


 しばらくの沈黙の後、急にあいつは言い出した。


「寒くないはずないだろ。でも、あの教室にいるよりはマシだ」


 凍える指先に息を吐きつけながら答える。

 あいつも、手と手をこすり合わせて小さく身震いしている。


「僕、暖を取れるモノを持ってるんだ」


 言うと、あいつは無邪気な笑顔で背中に隠し持っていたペットボトルを見せる。


「何だ?」


 俺が手を伸ばしかけると、あいつはそれを俺から遠ざけ、くるくるとキャップを回す。

 そして、中の液体を俺に向けてぶちまけた。


 俺は咄嗟に身をよじってそれをかわすと、あいつと距離を取る。

 ペットボトルにはまだ半分ほど中身が残っていた。


「ガソリン……、か?」


 その液体から立ち上る独特の臭いに、制服の袖で口元を覆った。


「……っ、何をするつもりだ」

「わかってるでしょ? そんなの」


 ニヤニヤと笑いながら、あいつは残りのガソリンをペットボトルごと俺に投げつける。

 ポケットをごそごそと漁ると、中からライターを取り出した。


 ――焼き殺す気だ。


 俺はとっさに駆け出すと、校内へ戻ろうと屋上の扉に手を掛ける。

 しかし、ドアはびくりともしない。


 見てみれば、あいつの足元には鍵束が一つ転がっていた。

 それが指し示すことはたった一つ。

 そして、俺がするべきことも――。


 俺は鍵束を目指して足を進める。

 それと同時に、あいつは一歩また一歩とこちらへ近付いてきた。

 あいつの指が、ゆっくりとライターの着火装置へとあてがわれる。


「や……やめろっ……」


 こんなにガソリンの充満したところで火なんてつけたら……――。


「ばいばい」


 カチャリ、とライターの着火装置が作動した音が響く。

 その冷たい音と共に、熱風が俺を包み込んだ。

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