17 バカみたい【元王女アンジェリカ視点】

【アンジェリカ視点】


 クルトの指示で、私は王女時代の頃のようにお手入れされるようになったけど、それでもメイドたちの視線や態度は冷たいままだった。


 黙々と私に仕えるものの、『仕事だから仕方ない』という想いが透けていた。そんな彼女たちの態度が、最近になって急にやわらいだような気がする。


 それまで私に話しかけることなんてなかったのに、今日なんて入浴の際に「湯加減はいかがですか?」なんて聞いてきた。


 私を気遣うふりをするなんて、何が目的なの?


 そう警戒していたけど、若いメイドが新聞を持ってきてくれて事情が分かった。


「教師たちによるアンジェリカ元王女殿下への悪質な行い、ね」


 そんな見出しの新聞を読んだ私は呆れてしまう。


 わがまま王女と呼ばれていた私が、いつの間にか悲劇のヒロインに祭り上げられている。


「こんな情報を信じるなんて、バカみたい……」


 新聞によれば、教師たちの嫌がらせで私が勉強嫌いになり、精神的に追い詰められていったのではないか、などと書かれていた。


 でも、私は物心がついたときから勉強が大嫌いだった。


 教師たちのせいで勉強が嫌いになったのか、あまりに勉強しないから、教師たちが女王反対派になったのか、私には分からない。


 ただ1ついえることは、前者の方が王家にとって都合がいいということ。


『第1王女が愚かだったのではない。彼女は被害者だったのだ』


 そう思わせることで、私が勝手にしでかした婚約破棄を他人のせいにできる。王家としても、『なぜか王家の血筋から愚かな王女が生まれてしまった』より、『大切な王女を教師たちの悪意から守れなかった』というほうがまだましだもの。


「うまい後始末を考えたものね」


 そういえば、テオドールと婚約していた頃は、いつもこんな感じだった。


 私が感情のままに動いて問題を起こしても、それほどひどいことにはならない。今思えばテオドールが後始末をしてくれていたのね。もう、私の後始末をしてくれる人はいない。


 だから今、ベイリー公爵家で、私はひどい目に遭っている。


 それにしても、こんな後始末ができるなんて、王家にはまだテオドールのように優秀な者が残っていたのね。


 そこまで考えて私は重要なことを思い出した。


「そういえば、テオドールは今、王都にいるのよね?」


 クルトが言うには、私を心配していたらしい。


「もしかして、この件、テオドールが私を助けるために……?」


 確証はないけど、そうだったらいいのに。


 それからしばらくして、国王陛下であるお父様から私宛に手紙が届いた。


 その内容は、ロザリンドの誕生日パーティーに顔を出さなかったことを心配したもので、今度、王宮で親しい者たちだけで晩餐会を開くからそれには参加するようにと書かれていた。


 バルゴア辺境伯令嬢とテオドールも参加するとのこと。


 きっと、お父様は私が迷惑をかけた二人に謝ることを望んでいるのだわ。それでもいい。テオドールに会えるならいくらでも謝るから……。


 *


 指折り数えた晩餐会の当日。


 私はようやくテオドールに会えた。


 久しぶりに見た彼は、一瞬誰だか分からないくらい変わっていた。


 溌剌(はつらつ)とした表情に、甘さを含んだ微笑み。

 姿勢がよく身体も引き締まっているように見える。


 その姿は、私の隣にいるクルトが霞んでしまうくらい輝いていた。


「ああ、テオドール……」


 クルトの手を振りほどき、私はテオドールの元に駆けて行く。


「会いたかった、ずっとあなたに謝りたくて……」


 今の美しいあなたなら、私は心の底から愛することができる。さぁ、やり直しましょう。私たちは、これでようやく幸せになれるのね。


 そんな私に向けられたテオドールの瞳は、ゾッとするくらい冷たかった。


 浮ついた気持ちが急激に冷えていく。私はクルトを問い詰めたくなった。


 ねぇ、クルト……あなた、確かに言ったわよね?


 テオドールが私の心配をしているって……。


 この目が、私を心配しているように見えるの? ねぇ?


 私に追いついたクルトは、テオドールがエスコートしている金髪の令嬢に挨拶をする。


「またお会いしましたね。シンシア様」


 そのとたんに、テオドールがクルトを鋭く睨みつけた。シンシアという女の腰を抱き寄せ、クルトを牽制する。


 その瞳には、確かに熱がこもっていた。それを見たとたんに私は気がついてしまった。


 愛しているのね、その女を……。テオドール、あなたにそんな感情があったのね。


 私が知っているテオドールは、いつも陰鬱(いんうつ)な空気を背負っていて、顔色も悪く、褒め言葉のひとつも言えないような男だったから、女性が好意的になる要素がなかった。


 だから、私がテオドールに謝れば、きっと彼は私を許して私の元に戻ってくると思い込んでいた。だって、あんな男を愛する女なんていないだろうから。


 私はベイリー公爵家でひどい扱いをされてもなお、妥協してテオドールを愛してあげようと、上から目線で見ていた。


 これは愛なんかじゃない。


 クルトが『愛している』とささやき、王女だったときの私を利用したように、私も優秀なテオドールに愛をささやいて利用しようとしていただけ。


 そんな愚かな考えの私は、またクルトの甘い言葉に騙されて、のこのことここまで来てしまった。


 戸惑うロザリンドが見える。私の代わりに女王を継ぐことになった彼女の後ろには、メイドたちが控えている。それだけではなく、王族を守るためのカゲがどこかに潜んでいるはず。


 カゲ……そうだわ。今の今まで忘れていたけど、私は自分のカゲにテオドールを殺すように命令した。殺すまで決して帰ってくるなと。


 でも、テオドールがこうして生きているということは、暗殺しようとしたカゲを撃退したんだわ。カゲがどうなったのかは分からない。でも、テオドールなら私が命じたと気がついているかもしれない。


 殺そうとした相手に許してもらおうだなんて……。やり直して、愛し合おうだなんてできるはずないじゃない。


 自嘲の笑みを浮かべたあと、私はテオドールをまっすぐ見つめた。


「今までごめんなさい。許してくれなんて言わないわ。でも、あなたがくれた手紙で私は救われたの。ありがとう」


 テオドールの瞳が大きく見開いた。私を見つめるその瞳は、ルビーのように美しい。


 あなたはこんなに綺麗な目をしていたのね。どうして気がつけなかったのかしら?


「謝罪には及びません。今がとても幸せなので」


 そう言ったテオドールは、頬を赤く染めながら愛おしそうにシンシアを見つめた。


 ……テオドール、私ね。そういう瞳で私を見てくれる人と結婚したかったの。私を心から愛してくれる人と結婚して幸せになりたかった。でも、それは、クルトでも、あなたでもなかったのね。


 私の胸がジクジクと痛んだ。

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