5-1:陽菜の新商品

 まちむら せいが一生かけて守るべき義妹であり、愛すべき彼女である町村陽菜まちむら ひなが色彩検定に合格するというサプライズがあり____。


 ささやかながらも楽しいクリスマスが過ぎ、まったりと新たな年を迎えて早や二ヶ月。


 陽菜が考案した新商品作りは思ったより難航していた。


「紅芋の量は目処がたったけど…」


 陽菜の作業台には試作品が散乱している。


 形になったところで短大の友達に食べてもらって意見を聞いたところ「美味しい」「珍しいから流行ると思う」と好評ではあったものの、「カロリーが少し気になるかも」という意見も出たらしい。


 次に和菓子職人でもある寒川千里さむかわ せんり先生にも相談したらしく「長生きしたいものだね」とトンチのような答えが返ってきたとのこと。


「千里先生の課題はいつも簡単なようで難しいんだよ〜。色々試してみたけど正解がわかんないよ〜!」


 粉がついた手で頭巾を取ってボヤキながら頭をガシガシするものだから艶のある綺麗な髪が白髪混じりのようになる。


「寒川先生はわかりやすいヒントをくださったと思うよ?」


 陽菜が作っている段階で俺の中ではこうした方が良いだろうという考えはあったが、敢えて陽菜が見出すまで放置していた。


「ってことは政くんは分かってんだよね? 多分、砂糖以外のもので甘さを出せってことはわかるんだけど、なんで長生きなのよ〜! 陽菜にはちんぷんかんだよ〜!」


「あはは。おそらくアレを使ってみるといいかなと思うものはあるよ。それがハマるかどうかはわからないけどね」


「うぅぅ〜。陽菜の頭では何年経っても答えが出ません。ギブですぅぅ〜」


 白旗の如く頭巾をヒラヒラとさせた。


「さすがに何年か経ってたらこれくらいは思いつくようになってくれてないと。じゃあ、最終ヒント。俺が初めて作った新商品」


「えぇ? 紅茶とココナッツのわらび餅? あれって砂糖を使ってるんじゃないの?」


小首をかしげる陽菜。そういう仕草がいちいた可愛いすぎる。


(いや、今はそういうことじゃなくて)


「うん。羅漢果ラカンカを使ってるよ。植物由来の甘味料で、甘味成分は砂糖のおよそ300倍なのにカロリーや糖質がゼロ」


「らかんか?」


 手についた粉を拭き取りスマホをポケットから取り出す陽菜。あっと言うまに例の集中モードに入ってしまった。


「実を乾燥させて煎じると咳止めにも…? 活性酸素の作用も抑制? 寿? あ、だから『長生き』ってこと?」


 ぶつぶつと独り言を言った後、ようやくこちらを向いて、目をキラキラと輝かせる。


「そう。砂糖と違って抗酸化作用もあるからアンチエイジングの観点からも良いと思う。陽菜の当初のイメージは、若い層のお客さんに向けてタピオカ粉を発想したんだろうけど、年配の顧客さんも考えた方がいいかな」


 『やよい庵』の客層も年齢層が幅広くなってきたとはいえコアゾーンはやはり高めだ。


「はぁ〜スッキリした! 千里先生は羅漢果のことを言ってたんだ!」


「あくまでも羅漢果は一例だと思うよ。常にアンテナを張って知識を蓄えておいて、お客さんに提供するには何が最適解かを考えるようにってことも含まれてると思う」


「ずっと勉強しなくちゃだね。政くんは千里先生が言う前から分かってたんでしょ?」


 まあね、とエプロンで手を拭いて陽菜の頭を撫でかけたところで、髪についた粉に気がついて払うが完全には取れない。


「今日の作業は終わりにしよう。髪に粉がついて取れなくなってるから先にお風呂に入っておいでよ」


「え〜、一緒に入らないの〜?」


「ご飯の後にしたいことがあるんだ。陽菜にも手伝ってもらいたいから、陽菜が風呂に入ってる間に片付けてご飯作るよ」


 はぁい、といつものぷくーっと頬を膨らませた顔で返事をして、住まいの方へと向かった。


 手早く片付けを終えて押し入れから雛人形の箱を取り出し店舗スペースに飾っていく。


「早いもんだな。じいちゃんが逝ってしまってからもう二年が経ってしまうのか…」


 怒涛の二年間だった気がする。


 俺は『やよい庵』を継ぐべく欠員募集で駆け込んだ専門学校で学び資格を取り、陽菜は高校を卒業して短大に進んだ。


 陽菜も三週間後にはその短大も卒業し夏ごろにある試験に受かれば製菓衛生師となる。その先には製菓技能士、そして経験を積み重ねていけば陽菜が尊敬する寒川先生のように教える側になるという道も少なからずある。


 じいちゃんに感謝しながら最後にお雛様をそっと置いた。

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