転生コスプレイヤーは可愛い服を作りたい

灰猫さんきち

第1章 ニンフのお店

第1話 プロローグ/かくして私は死んだ


 今日は待ちに待ったイベントの日。

 大好きなアニメの同人誌即売会兼、コスプレの祭典の日である!


 もともと同人誌を出す程度に濃いめのオタクだった私は、大学生になってコスプレに目覚めた。

 手作りで憧れのキャラクターの衣装を作って、イベント会場でたくさんの仲間たちと交流するのはとっても楽しい。

 がっつりメイクにアニメの服。派手なカラーコンタクト。現実ではあり得ない色のウィッグ。

 大好きなキャラクターになりきるのはとても楽しい。

 普段は地味な私だって、この日ばかりは輝くのだ。


 今日のイベントはギリシア神話をモチーフとしたアニメのイベントだった。

 私は女神のコスプレを選んで、この日のためにせっせと衣装を縫ってきた。

 白い布生地にたっぷりとドレープを寄せて、レジンで作ったブローチで留める。

 手にする杖は発泡スチロールを作品通りの形に切って、金色の塗料を吹き付けた。

 同人誌の費用やコスプレの材料代はそれなりに高かったけど、バイトを頑張って貯めたのだ。


「やっほー! 今日は女神さまの衣装なんだね!」


 同人誌を頒布していると、イベント仲間の女子が声をかけてくる。


「そうだよ! そっちは筆頭聖騎士かぁ」


 彼女は女性としては背が高くて、男装がよく似合っている。

 そっと足元を見てみれば、シークレットブーツを履いてさらに身長を上げているようだ。

 二人できゃあきゃあとオタトークしていたら、さらに別の男性に話しかけられた。


「二人とも再現度がすごい……。写真撮っていいですか?」


「いいですよー」


 女神と聖騎士のポーズを取ると、男性はとても嬉しそうに写真を撮った。お礼を言って去っていく。

 カメラ好きの中にはエロ目的できわどい場所から撮影しようとする輩もいるが、あの人みたいにマナーが良ければ歓迎だ。


 その後も同人誌は順調に売れていって、コスプレタイムも終わりに近づいてきた。

 イベント内でコスプレできる時間は決まっている。あまりぎりぎりまで粘ると更衣室が混むので、早めに済まさないといけない。

 私は同人誌を片付け、更衣室へと向かった。

 辺りはアニメファンの人たちがたくさんたむろしていて、みんな興奮した顔で同人誌を買ったりコスプレの人と写真を撮ったりしていた。


 ところが。


「きゃああぁぁっ」


 突然、悲鳴が上がった。

 何事かと見れば、会場の一角で暴れている男がいる。

 カメラを首から下げているので、マナー違反でコスプレイヤーと揉めたのかもしれない。

 男は憤怒の形相で荷物から何かを取り出した。


 それはハンマーだった。

 作り物のおもちゃかと思ったが、振り回す重量感を見るととてもそうは思えない。

 柱にぶつかってガツンと音が鳴る。重々しい金属音だった。……本物だ!


 イベント入場時に手荷物検査があるのに、どうやってすり抜けたのか。

 いやそれよりも逃げないと。

 イベントスタッフたちがどこかに連絡を取っているのが見えた。じきに警備員が駆けつけるだろう。


「危ない、逃げろ!」


「いやーっ!」


 辺りはたちまち混乱に包まれて、みなが我先に男から距離を取ろうとしている。

 スタッフが取り押さえようとしても、ハンマーを勢いよく振り回す男は危険すぎて近づけない。警備員を待つしかない。


 私も逃げようとした。

 でも。

 混乱する人垣の中、恐怖で固まっている人を見つけてしまった。

 中学生くらいの可愛らしい女の子だった。


 男が女の子に気づいた。

 何事か叫びながらハンマーを振り上げる。

 少女は動けないまま、手に持っていたバッグを取り落とした。中味がこぼれて、女神の表紙の同人誌が見えた。


「……っ」


 別にどうこうしようと思ったわけじゃない。

 私はただのコスプレイヤーで、本物の女神さまじゃないんだし。

 ただ。恐怖に震えるその子と目が合って。

 気がつけば、飛び出していた。男と少女の間へと。


 男がハンマーを振り上げ、振り下ろす。私の頭の位置に。

 グシャリと嫌な音がした。

 目の前が赤く染まり、すぐに暗くなる。


「あの人、わたしをかばって! ごめんなさい、ごめんなさい、女神さま!」


 そんな声をどこか遠くに聞きながら、私の意識は途絶えた。



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