第9話
「ふんふんふーん。最近は本当に筆が進むから書くのが楽しいなあ」
友美さんとの出会いから一週間が過ぎた頃、私はいよいよ大詰めになってきた『ふかふか』の執筆を楽しんでいた。友美さんをモデルにした
「まあ、立華もだいぶ印象が変わったんだけどね」
執筆しながら私はクスクス笑った。結梨の事を結構からかったり頼りになるお姉さん的な立ち位置にいる立華だけど、最近書き始めた辺りで少し可愛らしい一面を見せるようになった。それが時折見せるセクシーさや頼りになるお姉さんムーブが自分を鼓舞するためのものだったという設定だ。
「元々少し自分に自信がない立華だけど、そうやってセクシーな自分を演出したり誰かにとって頼りになる相手であると思わせる事で自信を持っていいんだと自分に言い聞かせてる感じなんだよね。まあ実際のところは相手へのスキンシップや性的な話題が少し苦手っていう可愛いところがあったんだけどね」
またクスクス笑いながら私は執筆を続ける。友美さんとの出会いで私もまた一歩先に進めたような気がする。これならもしかしたら私の中の辛さやトラウマも払拭出来るかもしれない。
「そうだといいな……」
小さく呟きながら私はまた書き始める。そうして書き進めて、目標の10万字まであと1万文字と迫った時、部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえて来た。
「はーい、どうぞー」
ノックに答えると、ドアがゆっくりと開いて凛莉さんが姿を見せた。
「これから買い物行くけど、よかったら一緒に行くかい?」
「お買い物ですか。いいですね、行きましょう」
「オッケー。そしたらリビングで待ってるからささっと準備しておいで」
「わかりました」
凛莉さんが部屋から出た後、私はお出掛けの準備を始めた。そしてある程度準備が終わった後、部屋を出てリビングに行くと、そこにはのんびりソファーに座る凛莉さんの姿があった。
「お待たせしました」
「お、来たね。それじゃあ行こうか」
「はい」
答えた後に私達は玄関に向かう。しっかりと戸締まりをしてから外に出て歩き始めたけれど、外は春らしい陽気で暖かくなっていて、歩いていてなんだか気持ちよくなるようだった。
「もうだいぶ暖かいですね。こんなに暖かいと日向ぼっこでもしたくなっちゃいます」
「それはいいかもね。それなら愛奈や友美を誘ってピクニックでもしようか。もちろん、桜が咲き始めたら花見もいいしね」
「それもいいですね。なんだか楽しみになってきました」
「だね。それなら弁当の中身も決めておかないとかな」
凛莉さんが笑みを浮かべながら言う。その凛莉さんの笑顔はやっぱり好きだ。それにここ最近、凛莉さんは笑う事が増えたような気がする。愛奈さんとの件や友美さんとの仲直りも出来たからやっぱり安心しているのだろうか。
「そういえば、さ」
一緒に歩いていた時、凛莉さんが不意に言う。でも、その声が少し真剣な物だったから私は凛莉さんにとって真面目な話なんだと感じていた。
「どうしました?」
「アンタさ、どうして性的な話題が苦手なんだい?」
「あ……」
「まあ無理には聞かないけどさ。でも、たぶんその話題から逃げちゃいけない気がする。だから、教えてほしい」
凛莉さんの真剣な顔が迫る。どうしようかと思ったけれど、これもいい機会だと思うから話してしまっていいと思う。そう考えて私は話すことにした。
「小学生の頃なんですけどね。その時に私は好きな子がいたんです」
「小学生の頃か。まあ好きな相手の一人や二人出来てもおかしくはないね」
「その相手っていうのが男子で、特にカッコいいわけでも成績が優秀というわけでもない普通の子だったんですが、それでもなんだか好きになっていて、どうにか振り向いてもらいたいなと思って色々頑張ってたんです」
「まあそれは想像がつくよ。ってことは、その男が原因になって性的な話題が苦手になったのかい?」
凛莉さんの問いかけに私は頷く。
「そうですね。ある日、一つの事件が起きたんです。その日はスカートを履いていたんですが、その子からスカートをめくられてしまったんです」
「スカートめくり……まあ小学生のやりそうな事だけど、好きな相手からっていうのが少し嫌だね」
「そうなんですよね。それも教室でクラスメート達がたくさんいる中だったのでより嫌でしたし、それよりも嫌だったのはその子の顔だったんです」
「顔?」
私は当時の事を思い出しながら静かに頷いた。
「笑ってたんです。それも一切悪びれていない顔で」
「それは……」
「その瞬間にわかってしまったんです。この子にとって私は好きでもなんでもないどころかそういう事をして笑っても許される存在でしかないんだなと。その時からですね。性的な話題が苦手になった上にそういうのを聞くと当時の恥ずかしさを思い出して顔が赤くなってしまうようになったのは」
「美音……」
凛莉さんが呟く。その表情は怒りと哀しみ、他にも色々なものが混ざりあった複雑な表情で、それだけ凛莉さんが私の事を心配したり代わりに怒りを感じたりしてくれているんだなと感じた。
「でも、少しずつ前に進まないといけないとは思ってるんです。そうじゃないと何も始まらないし、私だって成長できない。だから、一緒に歩いてほしいんです。凛莉さんと一緒なら頑張れる気がしますから」
「……ああ、もちろんだよ。アンタにはあの日からずっと助けてもらってるし、愛奈や友美の件では本当に世話になった。だったら、アタシだってアンタのために頑張るのがスジってもんさ」
「ありがとうございます、凛莉さん」
「どういたしまして。けど、どうやって頑張っていくつもりなのさ?」
凛莉さんに聞かれて私は恥ずかしさを我慢しながら答えた。
「い、一緒にお風呂に入るとか……あとは、その……そういう事をしてみるとか……」
「なるほどね……まあ、アンタの頑張りに水を差す気はないけど、初めはもう少し簡単なところから始めてみてもいいんじゃないの?」
「たとえば何ですか?」
「それはね……これさ!」
そう言いながら凛莉さんは私の手を握る。
「……ふぇ?」
「手を繋ぐくらいならまだいいだろ? というかアンタ、アタシよりも先に愛奈の事抱き締めてたじゃないか。あれはどうなのさ」
「あれは……愛奈さんの事を抱き締めてあげないと今にも壊れてしまいそうなくらいに不安そうな顔をしていたので気づいたらしていたというか……」
「手を繋ぐよりも抱き締める方がレベルは高いと思うけどね。それも家の前でだしさ」
「い、言われてみれば……」
そうだ。あの時は気づかなかったけれど、よく思い出せば私は愛奈さんと家の前で遭遇していて、そこからどこにも移動はしていない。つまり私は、同性とはいえ自宅の前で初めましての人を平気で抱き締めていた事になるのだ。
「う、うぅ……」
「まーたゆでダコになっちゃって。そんなんで克服なんて出来るのかねえ」
「うー……凛莉さんの意地悪……」
「意地悪の一つだってしたくなるだろ。だって……」
凛莉さんは手を離してからまた私の顎に手を触れながら軽く顔を持ち上げた。
「まだ一週間くらいだったとはいえ、愛奈よりも長い時間アンタと接してるアタシよりもアイツの方が先にアンタに抱き締められてるんだからね。少しくらいは妬いてもいいんじゃないか?」
「それは……って、凛莉さん妬いてたんですか?」
「妬きもするさ。アタシはアンタの事を気に入ってるのに、アタシ以外のオンナを見てるんだからね。そんなの妬かない方がおかしいよ」
「凛莉さん……」
持ち上げられている事で私と凛莉さんの目線が合い、視線がぶつかり合う。その瞬間に私は凛莉さんが女性の中でもカッコいい部類に入る容姿を持っている事を思い出して、そんな人から顎クイされている事が改めて恥ずかしくなってきた。
「り、凛莉さん……」
「アタシも少し恥ずかしいけど、このままアンタをアタシの物にしてもいいんだよ? アタシだって結構独占欲強いんだから」
「ど、どうするつもりですか?」
「そんなの決まっ――」
「キマー!」
そんな奇声が聞こえて私達はそちらに顔を向けた。するとそこでは白目を向きながら倒れ、鼻からは鼻血を流している塔子さんがいた。
「塔子さん……」
「この人またかい? この人も大抵のふれ合いくらいは流せるように成長した方がいいと思うけど」
「塔子さんも仕事で色々大変みたいですから。まあでも、少しは成長した方がいいのは賛成かも……」
「だろ? ということで、とりあえず塔子さんを家まで運んでベッドに寝かせよう。このまま放置は出来ないしね」
「そうですね」
私達は頷きあった後に協力して塔子さんを家へと運び始めた。私達に運ばれている塔子さんは白目を向きながらも幸せそうな顔をしており、ある意味こういう人になるのもいいのかなと運びながら何となく思っていた。
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