第二話

「さて、と。三年外語科英文学科H組十七番、元生徒会副会長林庭英樹。お前は先日の生徒暴行事件及びPPSメンバー暴行未遂事件の首謀者であることを認めるか?」


 ……烏丸先輩が彼にこの質問をしたのは三回目。にゃーん、あくまで否定の姿勢を貫いていた彼も、自分が副会長の任を解かれたことや――――生徒会長殿に今回の生徒暴行事件捜査権推移を隠蔽していたことを指摘されたあととなると、眼がイッてますのコトね。

 ……いい気味。あたしはにゃーっと目を細めて、薄く笑う。あたしの大事なヨウに濡れ衣着せた奴には、ちょうどいい罰だもんね。


「認めるのかと訊いている」


 眼鏡を外した先輩自身も、その眼はイッてる。うふふ、忘れてたけど先輩は伊達眼鏡だもんね。そう……姉さんと一緒にいる時は、いつも眼鏡を外した顔だった。それがまさか、こんな怖い顔を出来るなんて、半年前までは知らなかったけれど。


「ああ……ああ、そうだよ!」


 投げ遣りとも思える調子で、彼は自白した。


 自治会室に捕獲した二人を連れてきてから約一時間。……南風は別室で隊長先輩とヨウとキョウちゃんの管理下の中で尋問を受け、こちらはカリちゃん先輩と烏丸先輩、そしてあたしが管理をしている。向こうの立会人は校長先生、あたし達の方はなんと理事自らのお立会いなのだっ。


 ……あたしの傍らに立つ理事をちらーっと見上げてみる。このPPSでは、下手人を捕獲の後この自治会室と隣室とで尋問を行い、その罪状を認めさせた上で最寄りの警察に引渡しをするコトになっている……立会人を置くのは旧警察の様に拷問によって冤罪を認めさせることをしないため。こういう特殊な学園管理システムを設計したのが、他ならぬこの理事長殿なのよねー。

 背の高い理事を見るには、あたしみたいなチビッコはめいっぱい目線をあげなきゃいけない。……しかし、一見して優男の……言っちゃナンだけど若僧が、この広大な半国立学園を仕切っているなんて考えられない。


 まぁ、そんな一般的な意見の元で彼を見上げてるんじゃないんだけれどねん。

 あたしがこの男を見るのは、観察のため。

 ……姫先輩についで、あたし達のネットワーク『DOLL』に捕捉を許さないのは、この優男の理事長殿なんですもの。

 どう見ても、若くして大財閥を牛耳っている手腕に長けた人間には……見えないんだけれどなァ……。しかも婿養子で入ったはずだから英才教育なんてないハズだし、それに結婚前までの経歴が一切不明ってのはどういうコトなのかしら。睨むように立会人を見上げるけれど、首が痛くなって止めた。


「俺は真理奈に頼まれたんだ。全部真理奈がやったんだ、俺がやったことじゃない!」


 彼はやっと話し出すけど……あーっ、罪状をなすりつけるなぁっ! イラつくわ、男ならバシッと認めなさいってゆーのっ!


「あたしを襲ってきたホームレスめいた人は、君に頼まれたって言ってたんだけどっ?」


 苛立った声を隠さずにあたしは言う。そう、いかにも食うものに困って金を欲している初老の男性は確かに言った。『写真の男に頼まれた。コンビニで声をかけられて、金をくれると言うから』……って。


「だからそれは、真理奈に頼まれて……」

「あのねぇ……。君は、にゃんて言ってそいつらを雇ったの?」

「何って、『金をやるから』……」

「『金をやるから?』」

「……写真を見せて、『こいつらをちょっと痛めつけろ』って……」


 はい、アウト。


「キミには善悪の判断がつかないわけではないだろう? 頼まれたとはいえ、君が彼らを雇う事でどんな事態が生じるか、予測はついたはずだ。君は紛れもなく南風真理奈の共犯者なんだよ」


 烏丸先輩が言った。


「何故キミはあえて南風真理奈の片棒を担いだのか? キミには何か、彼女に逆らえない理由があったのか? それとも、僕らに怨恨があったのか」

「…………」

「応えろ」


 ダンマリはお利口さんじゃないなァ、烏丸先輩のプレッシャーは眼鏡と違って伊達じゃないもの。ちょっとやそっとの時間稼ぎは無駄にゃのよねっ。


「……俺は……」


 度のキツそうな眼鏡をかけた林庭は、言い難そうに呟いた。


「真理奈が好きだったんだ」

「そりゃ、嫌いなら付き合わにゃーモンよね」

「真理奈が将来性のありそうな奴ばかりと付き合ってるのは知ってた。だから真理奈が近付いてきた時には、正直言って自分に自惚れた……けど、何時の間にか俺は真理奈に本気になっていた。遊ばれているのだと判っていたけれど、どうしても手放したくなかった」

「だから逆らえなかった?」

「…………」

「あのさぁ、言わせてもらうけど? あんた最初に南風に全部なすりつようとしなかったっけ? あんた、好きなヒトに全部罪を負わせる気だったって言うんなら、はっきり言ってタダのサイテー男なんじゃにゃーの?」

「あいつの一番は俺じゃなかったっ!」


 突然怒鳴った声に身じろいだ……って言いたいけれど、あたしは慣れちゃったのよね、こういうシチュエーション。

 でも……どうやら、男女間のデリケートな問題があるみたい。


「あいつはっ……あいつは俺の、生徒会副会長というポストを利用していただけだった! そうじゃない俺ならいらなかった、だから、だから俺はっ……あいつにいらなくされたくなくて、あいつの頼みを断れなかったッ」


 ……ありきたり。


「生徒暴行事件の方は……アナタが手を出したわけなのかしら?」

「あれは真理奈のボディガード連中だ。八月朔日とかいう奴のネクタイを現場に落として疑いをPPSに向けさせるのが目的だったって……」


 ……このお兄さんはあたしも八月朔日だって気付いてにゃーのかしら。

 カリちゃん先輩の質問に答えたのを最後に、林庭は項垂れた。なるほど、こいつが南風の共犯者として加わったのは――――二つの事件の間なのかな。

 しかし副会長の任に就きながら、自分の行動の結果がどんな事態に繋がるかを予測しないで情に従うとはねェ……。クビにしてよかったんじゃにゃーかと思うわよ、まったく。生徒会選挙は数少ない学校の全体行事の一つだから、派手なポスター貼りやインタビューなんかもされるんだけれど、きっとその頃は品行方正だったんだろうな、とあたしは思う。それが春に入学して来たお嬢さんに参って、この転落ぶりか。ある意味可哀想だけど、同情は出来ないな。何と言っても、暴行事件に加担しているんだから。しかも女の子を狙った、あからさまな『弱者』を狙った事件に。


「……だ、そーだよ、ヨウ」


 あたしは同時進行になっている別室の様子を把握するためにネクタイにつけられた集音機に向かって呟く。ヨウの声と隊長先輩の声が聞こえ……続いて南風の語り。どうやら自白を促しているらしいわね。

 そしてあたしの耳にも、それは聞こえてきた。

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