第三話

「にゃーっ……しかし、イイ商売だなァっ♪」


 掌に握った五百円玉を見ながら、あたしはニヤーッと笑った。そうそう、ただ笑ってるだけでも『何企んでるの?』て聞かれちゃうからナゾナゾだわ。さてと、カリちゃんの今月分の会費は徴収したから……手帳にメモつけなくちゃねっ、ほいほい『徴収』にチェック。


 月に五百円の会費って言っても、会員が多いから、結構ボロイ商売が出来るんだよねー、これがまたっ。端末ちゃんへの報酬を差し引いても、結構あたしたちの手元にはまとまったお金が残ってくれるんだし。うふふー、今月はどんなアクセサリを買おうかなっ。もう大体は集まっちゃったんだけれど。フォトショにイラレがあれば大して困ることも無いんだけれど。正直なところ。サイトを作るつもりはないからドリームウィーバーはいらないしなあ。だって情報漏洩しそうじゃない、webに上げると。それは正直避けたい。じゃあSSDの増設かな。メモリはいくらあっても良いものだし。


 ピーロリロリッ……♪


「にゃ? にゃーっとぉハイもしもしぃ八月朔日ですよん?」


 にょーっと間延びした声で携帯端末に出る。着メロのドナドナは一小節ぐらいしか鳴っていない。『連絡にはなるべく早く出ましょう』、これは鉄則だもんねっ。いまいち人通りのない普通科棟二階と三階を繋ぐ階段の中腹に立ち止まり、あたしは相手に話しかけた。


「……にゃ? イタ電かにゃ?」

『……悪戯じゃないよ』


 聞き覚えのある声にあたしは一瞬真っ白になる。


「あっ、イルぅ!? やだやだ、どっからかけてるのォ!?」

『んー? いまロンドンから。そっちは朝だよね?』

「うんっ、ねえねえイル? そっちのネットワーク、調子はどう? 仕事は上手く行っちゃってる? お腹が鳴ってつかまるなんてドジはしてない?」

『い、いつまでその話題を笑われる運命なのさ僕は……。でも万事良好だよ! ヨウに教わったコトとか役に立ってるし、やっぱりアレだね、アジア系の妙な雰囲気に気圧される奴も多いしさ。そうそう、学校もあと半年ぐらいで終われるよ。仕事もあらかた終わったし……残りは後二つなの。それが終わったらそっちに帰れると思うんだ』

「半年ぐらいで終わるって……今何年だっけ、大学」

『二年。来年度で四年に上がって、あとは博士号取りたいから頑張らなくちゃ』

「あはは、アタマのイイ子はいいねー? 他人の四年を二年で終わっちゃうわけなの? その辺で頑張ってる普通の人には激しくイヤミな留学生ね」

『ヨウの根性の悪さには負けるさ。ヨルやキョウちゃんは? 元気?』

「ん……元気には元気だけど」

『……厄介ごと、か』

「いつものことだけれどね」

『それが仕事でしょ?』

「そう言わないでよー、いたわってねぎらって慰めて」

『じゃあナルナルもさぞかしピリピリしてるんだろーなァ、なーんか眼に浮かぶ』

「そーそ、隊長先輩このごろすごーくピリカリしてるんだよォ? ……てゆーか、さり気なく無視したわね。ほら、例の土御門多佳君覚えてる? あのヒトが持ってきた問題もあってさ」

『なんだっけ、例の子の名前』

「えーとね……リュー……竜宮寺? 竜宮寺夕霧ちゃん」

『……聞いたことあるわね、その名前。こっちで調べようか』

「ううん、やめとく。多佳君との約束だし」

『約束を守るのはポリシーか、ご立派な精神羨ましいことだ』

「信用がなけりゃ、この仕事はやっていけないもんでね」

『あ、それは知ってる』


 そうしてしばらく雑談を交わし、伝言を預かってから『じゃあね』と終話ボタンを押した。そろそろ始業式もあるだろうからサイレントに設定しておこうっと……もー、国際電話は高いってゆーのに……ま、向こうから掛けてくるんだから良いけれどね。


「ネットワークも仕事も良好、かっ。……ふふ、楽しみだなー、イルが帰ってくるのっ!」


 イルはあたしの友達で、現在ロンドンに留学をしている。向こうでは大学生なんかやっているけれど、二年前まではあたしとは違う十波ヶ丘系列の学校に通うぽややんッとした中学生だった。妹のヨルやその友達のキョウちゃんと同学年だった……つまり、あたしよりもイッコ下なんだけれど、なんか妙にあたしとも仲がイイ子で……うん、マブダチってのだったのね。だから高校は十波ヶ丘に入ったって言うのも、ないではない。まあ『みんな』集まるところが欲しくて、それが学校だった、って言うのもあるけれど。


「にゃっ?」


 あたしは手に持ったままだった携帯端末の画面を見る。サイレント設定の効果で音は鳴らなかったけれど、メールの着信が振動で分かった。


 …あたし八月朔日葉桜。

 私立十波ヶ丘大学付属高校二年、経済科情報システム学科S組所属の超お元気ガールのこのあたしは、学校内でとある商売をしている。


『情報屋さんへ。欲しい情報があるので放課後に普通科棟前庭に来て下さい』


 それが情報屋というわけさっ。

 情報屋っていうのは名前の通り情報の切り売りをしてるものでして、もちろん思いっきり非合法はしてますのよ。


 えーと、あたしが現在実権を預かっております情報ネットワーク『DOLL』には細分化された階級制度が敷かれてるのね。例えるものがあるとすれば、インドのカーストみたいなものなのかな。

 頂点にいるのは『元締め』、つまり今はあたしなんだけれど、これが一切の取引を仕切って、これ以外で自分の担当した情報を他人に流すとネットワークからは永久追放さちゃうのさ。信用第一の世界だからね、そんなヤツはお払い箱に直行なワケよ。その真下に『縒り師』が位置。これは各区画で情報を集めた人達からのデータを一つにまとめる役で、結構重労働なんだよね。

 そのさらに下…これは『カーゴ』、運び屋でして、これは細分化された断片情報を整理していく重要な仕事。


 繋げていくと、一番下っ端の『ランナー』が小さな情報を持ってくる。これは一欠片の綿花でしかないので、それを沢山集めるのが『カーゴ』。『カーゴ』達の集めた情報を更に整理して糸として縒るのが『縒り師』。その糸をつかってネットワークを織るのが……『元締め』ってところかなっ。いま挙げた役職はあくまで主部的なもので、区分けすればもっともっと役職は在るんだけれど、メンドーくさいからパスさせていただきますにょっ。


 ちなみに『ランナー』は全員信用に値する人物を使っているし、基本的には『DOLL』の全人数はそんなに大した事がない、せいぜい百人ぐらいのものにゃのよ。この情報化社会で一番ものを言うのは人間ではなくコンピュータだから、『ランナー』をつかった情報の収集はもっぱら裏付けとしてしか役に立たない事も……多い。けれど、機械から消された事件やなんかがあった時、それを一番記憶するのは人間しかいない訳だから、そう考えると『DOLL』は機械と人間の助け合いで成り立っている……かも、しれない。


「もしもしヨル? ……うん、お願いできるかな。『フェイクブリッド』の方。……今日の放課後に普通科の前庭。……普通科のコだと思う。いまアドレスで逆探知したし……うん、じゃあ言っとくね。じゃ」


 情報ネットワーク『DOLL』をあたし達が受け継いで、もう二年が経った。すっかり我が物顔で元締めをやってるけれど、でもこのネットワークはあたし達のものじゃない。あくまで、借り物。

 このネットワーク体系を作り上げたのは――――当時中学一年生の、イルなんだから。


 脇を通りすぎていく三つ編みの女の子。うふふ、さっきのコだわっ。そのコの左手首に捲かれたやけに派手な赤いリストバンドを見ながら、あたしは次のデータの更新計画を立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る