4.プリンセスを追いかけて-秋弦-



11月。


奏音と学校が変わってしまって2ヶ月が過ぎようとしていた。



9月にアイツが通う学校を見つけて、

すぐにでも大田音楽教室に行きたかったんだけど俺に難問が起こった。


奏音を思う愛だけでは試験に勝てないってことだった。



1ヶ月以上もエレクトーンから離れていた俺は

やっぱり演奏技術が追い付かなくなっていて

9月の終わりから今日までの約1ヶ月の間は学校の後、

帰って来てみっちりと眠るまで練習を続けた。



大田音楽教室に問い合わせた際に、

指示された入学試験日の11月1日。




学校が終わった後、俺は制服姿のままで、

奏音の住む町へと電車で辿りついた。




教室の最寄駅から歩いて10分。





ようやく辿りついたその場所に、

今日は奏音の姿は見つからなかった。






大田音楽教室。




そうかかれた看板を見つめながらも、

その扉を潜る勇気がいまいち持てない。





ここに奏音が居ることは間違いないのに。




俺もここに通うことが決まったってアイツが知ったら

アイツはどう思う?




ストーカーだって思われたらどうしよう?




そんな不安も多少浮かびながら、

それでも俺はやっぱりアイツを追いかけることはやめられなくて。





「君、どうしたの?」






そうやって俺に声をかけて来たのは、

年上っぽい三人の少年。





「じゃあ、史也。


 俺、誠記と一緒に書店に行ってるから。

 大田先生の用事終わったら、呼んでよ」



「あぁ」





そう言うと教室の前で、

少年たちは二人と一人に分かれていく。





「それで、君は?」


「えっと、俺……今日、試験で」


「そうかっ。なら案内するよ。どうぞ」




そう言ったその人の後を俺は追いかけるように建物の中へと入った。




「おはよう、史也。

 おやっ、珍しいね」


「入り口で拾った。

 いい加減、俺を試験に呼び出すのやめなよ」


「いやいやっ。


 史也の経験にもなるしね。

 何より師匠の俺かラクできる」


「とりあえず、奥のスタジオに居るよ」




そんな会話を繰り広げて、俺に話しかけてきた奴は奥の方へと姿を消す。



「えっと、まずは初めまして。僕がこの教室の責任者の大田憲康です。

 泉貴秋弦みずき しづる君だったね。


 じゃあ、これは入会申込書。

 月謝の支払い方とか書いてあるから親御さんに署名貰ってきて。


 まず、うちの教室のシステムを」



そう言って資料を見せながら、

目の前の奴は、次から次に説明していく。



まぁ、レベルによってクラスが7つほどあって

今日のテストで、そのクラスが決まるってことだった。


長ったらしい説明が終わると、

スタジオの方へ入るようにと促される。



重たい防音扉をガチャリと開けると、

中からは耳慣れたメロディーが流れてくる。



えっと……この曲って、確か……史也だっ。



奏音が好きな蓮井史也の「煌めきの彼方へ」。

なんで、アイツが弾いてんだよ……。



いやっ、マテっ。


さっき……この目の前の奴がアイツを何て呼んでた?

よく思いだして見ろ。 






「げっ。

 アイツが蓮井史也」




思わず紡いだ言葉に隣に居た大田先生が笑いながらこちらを向く。




「正解。君も史也を知ってるんだね。 


 9月に入会した君と同い年の女の子も

 史也を知っていてね。


 君も史也に憧れて、エレクトーンを始めたのかい?」






いっ……言えねぇ。


史也に憧れてエレクトーンを始めた奏音を

振り向かせたくて、エレクトーンを習ったなんて。




絶対にばれちゃ行けねぇ。

不純すぎる……。



とりあえず、今はアイツに憧れて始めたことにしておけ。 




上手く顔に出さずに伝えられたかどうかは、

微妙だが、俺は目の前の先生にふられたようにあの人に憧れて、

エレクトーンを始めたことにしておいた。






「お待たせ。

 史也、少しいいか?」



「はいっ」




演奏していた手を止めてリズムを停止されると、

その人は俺の方へと近づいて、そのまま正面の

エレクトーンの椅子へと腰かけた。





「遅れてすいません」




ガチャリと再び扉が開いて姿を見せたのは、

女の人。



「美佳、大丈夫。


 彼が今日からここに入学したい泉貴秋弦くん。

 松峰さんと一緒で、史也に憧れてエレクトーン始めたみたいだね。


 さて、憧れの君の前でお手並み拝見と行こうか。

 使いたいエレクトーンの機種を選んで座ってください」




大田先生にそう言われて教室内のエレクトーンを見渡す。




殆どが最新機種。


俺が持ってる機種があるわけもなく唯一触ったことがあるのが

奏音の家で触らせて貰った90か。




「すいません。


 90しかないので、こいつで。

 ただ音色とかどうなのかな?」





実力試しの演奏前にエレクトーンの機種選定で躓くってどうだよ。




「OK。


 自宅の機種との違いを考慮して審査するよ。

 まず君が演奏したい曲を教えて」




問われるままに俺は今やっているTVドラマの挿入歌のタイトルを言う。




「あぁ、蒼の草原。

 えっと、編曲……あっ、こっちも加藤女史ね。


 だったら今日のレジストは、こっちで。


 多少違和感あるかもしれないけどベースも難易度も変わらない。


 唯一変わるのは、メモリの多さかな。

 メモリの番号に関しては……」



そう言って、エレクトーンの蓋を開いて作られた

譜面台に乗せてある楽譜に手持ちのボールペンで、

サラサラとメモリー番号の変更を記入していく。



「こんな感じかな。


 まぁ、足で順番にレジスト動かしてくれたら

 うまく行くと思うから」




そんなこんなで、急きょその機種にあったデーターを読み込んで

演奏することになった俺は大緊張の中で、試験が始まった。



なんだよ、この威圧感。





俺のエレクトーンの正面。


用意されたパイプ椅子に座る男の先生。



その隣には、女の先生が書類の挟まったボードを持って

ペンを握りしめている。



そして、大田先生の隣で腰掛けて視線を向けてる奏音の憧れの奴。

演奏前から嫌な汗が出てくるって。




目を閉じて深呼吸をしたい後、両手を鍵盤に添えて、

右足を何時もの様に音量調節のペダルへ。



レジストを変更出来るように、

画面を開いて、試しにメモリ番号を動かしてみる。



一通りの確認を終えると、メモリの位地を元に戻して

ゆっくりとリズムボタンを押した。



リズム用の小さなモニターに小節の拍数が表示されて、

俺はゆっくりと演奏をスタートさせた。



大好きなドラマの曲って言っても、

ようやく両手が、まともに追いつくようになった未熟なレベル。



足も演奏するようになったけど、

一小節に多くて、二音いれるのが精一杯。



後は、オートベース機能を酷使してる。

だけど何時もの様に同じ楽譜を演奏しても上級プログラムのレジスト。



オートベースなんて入ってるわけなくて、

俺が演奏する、単音のみが空しく響く。



拙い演奏がようやく終わった後、

視線をあげた先、女の先生は険しい表情をしていた。



ヤバっ。

教室に入れるレベルじゃないって

言われそうな予感がする。



そうなったら俺はこれ以上、

奏音の傍に居れない……追い付けない。


振り向かせられない。



女の先生と男の先生が話し合ってる間、

奏音の憧れの史也は、何も言わずに先生二人を見ていた。





「えっと、泉貴君だったわね。


 大田先生とも話し合ったんたげと、

 残念ながら……」



女の先生がそうやって切り出す。




やっぱりか……。


残念ながら、貴方のレベルでは

当教室には入学させられません。


残酷にも、淡々と告げられた

その言葉は俺にはある意味死刑宣告と同じで。





「面白そうだよ。

 泉貴って言った?


 二人とも泉貴を俺が預かってもいい?」




ただ傍観者で居ただけのアイツが、助け船?



マジかよ。




「史也、わかったよ。


 史也が、そうやって興味を持つのも珍しいな。

 史也に感謝しろよ。


 まっ、教室のクラスは最下クラスの初級から」



男の先生はそう告げると女の先生と一緒に、

教室を出て行った。



「えっと……助けてくださって有難うございました」



とりあえず、

お礼言っておかないとな。




そう思って、ぺこりと頭を下げる。




「別に、君を助けたかったわけじゃないよ。

 面白いものを見つけたからね。


 断ることも出来た君が、それをしなかった。

 なら俺はそれに答えるだけだよ。


 今日、この後も時間かして貰うよ」




そう言うとスタジオを出て教室を後にして、

近くの建物の中へと入っていく。




そこの本屋さんで、二人の男の子たちと合流。




「史也、そいつは?」


「ちょっと面倒見ることになった」


「ふーん、誠記も?」


「誠記はどうかな?

 とりあえず今のところは俺の玩具かな」



玩具って何だよ。




そう思いながらも、何も逆らえない立場の俺は、

その3人と共に、書店のあった建物を出て高層マンションへと入っていく。




「お帰りなさいませ。

 蓮井さま」


「ただいま、何時もありがとう。

 留守の間、何かありましたか?」


「従兄弟のウィリアム様が訪ねてこられました。


 一週間、あちらの学校の行事で滞在予定だそうです。

 連絡先を言付かっております」


「有難う」





受付のスタッフと会話をして、

メモらしきものを受け取ると、

そのままエレベーターに乗り込む。



最上階の一角のドアの前で、鍵を出して扉を開けた。



玄関ポーチと、ホールがあってその先に続く広い空間。



そこには、プロカスタムって言うのか

何時もよりも鍵盤数の多い、エレクトーンがドーンっと

存在感を見せている。




「誠記、そいつで言いなら好きに使ってくれて構わない。


 後は君はこっち。

 俺の部屋においで」




そう言って史也の後についていくと、

そこには、アンティークの学習机と本棚。



そして二台のエレクトーンが並べられて、

その奥にも扉を見つけた。




「すげぇ、この家エレクトーン何台あるんだよ。

 三台だぜ。一般家庭でありえないだろ」




ステージアとEL900m。

2つの機種が並べられた部屋。



そして本棚の前から、がさっと取り出された

楽譜を俺の前にデンっと置く。



「はいっ、今日からお前の課題。

 俺が3歳の頃からやってきた課題だよ。


 とりあえず、着替えてくるから弾いてみて」




そう言うと、ソイツは奥の扉を開けて部屋を出て行った。


ELの900mのスイッチを入れて、

簡単な楽譜から順番に弾き進めていく。


右手だけの楽譜に簡単なコードが入ってくる左手。


徐々に、いろんなコードの記号だけが楽譜の上に現れていく。




おたまじゃくしを追いかけるのも苦手だけど、

コードもわかんねえって。



えっ?


B♭m【ビーフラットマイナー】


何だった?

コイツ……。





思い出したくても、なかなか思い出せない俺の傍に戻ってきたアイツは、

すかさず、目の前の鍵盤を押す。



シのフラット。レのフラット。ファ。


あぁ。




「だったら、足はこの音だよな」っとシのフラット鍵盤を押す。


「OK。

 んじゃ、次はその下」



その日、俺は今まで良くわかっていなかったコードを史也に叩き込まれた。



「コードとコード進行の特徴は覚えて置いて損はないから。

 んじゃ、もう遅くなったからまた明日。


 明日も教室の前か後、時間が作れたら見てあげるよ。

 これ、俺の連絡先」



そう言って、史也は俺の前に名刺を差し出した。


こう言う名刺の肩書が、俺とコイツの差を半端なく感じさせる。




「あっ、じゃ俺も」



慌てて連絡先を報せようとしたら、

その手を史也はすかさずとめる。




「いいよ。


 泉貴が連絡くれた時で。

 初回だけメールで連絡先と一緒に送信して」



それだけ告げると、彼はダイニングの方へと向かっていく。



「お疲れ様。

 史也、ご飯できたよ。


 誠記も食べてくだろう?

 んで、そこの君は?」




ダイニングのテーブルの上には、

焼き豚がスライスされて、

お皿の上に並べられていて、

その隣には、色鮮やかな野菜のサラダ。


スープに、パスタの麺。



「俺はいいです。今からK市まで帰らないと行けないし、

 母ちゃんが、多分作ってると思うんで。


 遅くまで有難うございました」



ゆっくりとお辞儀をした後、俺は史也の自宅を後にした。

そのまま最寄り駅を目指す。




げっ、レッスン時間大幅に越えて21時って。




慌てて、鞄の中に突っ込んであった

携帯で自宅に電話をして、今まで、奏音の憧れの奴の家で

レッスンして貰ってたことを告げた。



父ちゃんが帰ってきてるから駅まで迎えに行かせるよって

母ちゃんが言った通り、俺が最寄り駅に付いた時には、

父ちゃんの車がロータリーに停車していた。




「ただいま」


「あぁ。

 初日から、ハードだな」


「俺……入学断られるところだった。

 けど史也が助けてくれた。


 せっかくのチャンス貰ったんなら、

 貪欲に吸収してやるだけだよ」






そう……。




今は、まだ未熟でも

俺はアイツを越えてやる。





プリンセスを追いかけるってのは、

何処までも、マジにならなきゃ

やってられないんだ。





待ってろよ、奏音。





すぐにお前が居る場所まで、

辿りついてやるから。


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