2.近くて遠いプリンセス -秋弦-

「おいっ、秋弦しづる

 少し遊んで帰るだろ」


「あっ、けどエレクトーンが……」


「そんなのサボっちまえよ」


「いやっ、奏音が……」



そこまで言いかけて、俺は口を噤んだ。



「奏音って、松峰転校しただろ。

 一学期の終わりにさ。


 しっかりしろよっ秋弦。

 それより今日どうすんだよ」



俺のダチである、ケイが制服を着崩して

放課後、俺の方へと近づいてくる。



「H高の三島さんが今日来るって、三年の王崎さんが言ってた。

 エレクトーンなんかやってる場合かよ。


 行くぞ」


景に手をひかれるように、俺は中学の教室を飛び出して

商店街を駆け抜けて、たまり場になっているゲームセンターへと顔を出した。


煙草の煙が充満するゲームセンターの一角。

何人もの制服を着た集団が、俺たちを招き入れる。


「お疲れ様です」


「おぉ、景来たかっ。

 秋弦、お前も久しぶりだな」


そう言って輪の中心で、煙草をくわえながら手招きする高校生の王崎さんと

俺たちの中学の属に言う不良のトップ三島さんが声をかける。


「王崎さん、三島さんご無沙汰しています」


俺は会釈をしながら挨拶する。


 

俺、泉貴秋弦みずき しづるはK中学に通う一年生。


ガキの頃は、カードゲームや

ボールを追いかけるのが大好きだった。


わんぱく小僧だったガキは中学に入った途端に、

不良と呼ばれるグループと交流を持つようになった。


そんな俺が……中学に入ってもやめられなかったのはエレクトーン。

気になるアイツの気を少しでもひきたくて始めたエレクトーン。


そんな俺は、エレクトーン教室の日は休みたくなくて

不良グループに居ながらも、集会に顔出せない時が多々あった。


それでも景たちは、俺に居場所をくれた。


そんな俺の生活がガラリと変わったのは、

一学期の終わり。


何も聞かされないまま担任が告げた一言で、

アイツが転校することを知った。


一学期の終業式の後から、隣の家は引っ越しの準備に騒がしくなって

七月の終わりにアイツは隣の家から消えて、隣町へと移った。


それ以来、エレクトーン教室には顔を出せないでいた。


「おいっ、秋弦。

 ボーっとすんなよ、移動するぞ」



ゲームセンターでメンバーと合流して、

少し遊んだ後、場所をマクドナルドへうつす。


店の一角にたむろう中学生たちの集団。


順番にそれぞれが注文して、商品を手にして

テーブルへと着席する。


マクドナルドの硝子越しに見えるのは、

向かい側の楽器店の真っ白いフォルムのエレクトーン。


ガラス越しにボーっと、楽器を視線で捉えながら

引っ越ししてしまったアイツのことを思う。


正直、エレクトーンを俺がやるなんて思いもしなかったんだけどな。

俺がエレクトーンと出逢うきっかけを作ったのは松峰奏音。

隣の社宅に住んでいたアイツが始めたんだ。


小学生の低学年までは、

俺と一緒に虫を取りに行ったり、サッカーしたりして遊んでたアイツが

TVで見かけて一目ぼれしたとかでふみやって名前のガキのエレクトーン奏者に

熱を上げ過ぎて、夢中になりやがった。



明けても暮れても奏音は、エレクトーンにどっぷりとつかりやがって

アイツの会話は全部、エレクトーンの話題のみ。


何処のドイツか知らない野郎に奏音を奪われるのも癪に障るし、

アイツがエレクトーンの演奏をする男に惹かれてんなら

俺もアイツが気になる存在になって野郎って。



そんな思いでアイツが通う音楽教室の扉を開けた。




そのおかげで、俺とアイツはエレクトーンと言う話題が繋いでくれた。




ずっと続くと思ってたんだ。





今はエレクトーンしか話題がなくても、

その会話の先にアイツを俺の彼女にして見せるって

そんな想いがさ。



だけどアイツはお父さんの転勤で

隣町に行っちまった。




アイツのいない夏休み。


いつものエレクトーン教室には二度ほど通った。


だけど……アイツが居なくなっちまっただけで退屈なんだ。



エレクトーン教室もかったるいだけで、

レッスンはサボるようになった。



だけど……俺の耳はエレクトーンの音色には反応するんだな。





マクドナルドのポテトやバーガーを食べながら

俺は窓越しに、その楽器屋のエレクトーンを見つめた。





「秋弦、未練たらたらだね」


「うっせぇーって」


「奏音ちゃん、どうしてるだろう。

 可愛かったんだよな、奏音ちゃん。


 エレクトーン演奏してる姿も可愛くて

 後ろから抱き付きたくなるよな」



「って、てめぇー。

 うるせぇーって奏音は誰にも渡さないって言ってんだろうが。


 アイツはガキの頃から俺のもんなんだ」


「あぁ、また出たよ。

 秋弦の伝家の宝刀。


 そんなに今も思ってて好きなら、

 腐ってないで行動起こせばいいだろ?


 めちゃくちゃ遠距離になったわけじゃない。

 電車に乗ればすぐだし、ちょっと自転車頑張れば通えるだろう」




そう言いながら景は俺を窘めていく。




景の言葉を聞きながら、

俺は……今もアイツを追いかけたいんだと思い知らされる。



何で気がつかなかったんだよ。



隣町くらい、電車ですぐじゃねぇか。

電車代足りなくても、自転車で行ける距離じゃねぇか。





思いたったは吉日とばかりに、勢いよく立ち上がる。





「確かに隣町くらい自転車や電車で行ける。


 そっ、そうだよな。


 景、アイツが行っちまったんなら俺が追いかけりゃいんだよな。


 サンキュー、景。

 解決策はめちゃくちゃ簡単じゃん」




そう言うと俺は目の前のバーガーとポテトを一気に頬張って

ジュースで飲み干した。





「悪い、俺やること見つかったから先行くわ。

 じゃ、明日学校でな


 王崎さん、三島さんちょっと用事が出来たんで

 今日は失礼します」




そう言って手を振ると俺は鞄を肩からかけて、

慌てて自宅へと帰った。



帰った後は、アイツに教えて貰ったはずの隣町の住所をメモった紙を

必死に探す。




あれ?

何処に片づけた?




アイツが書いた、キティーちゃんの付箋にかかれた

アイツの新住所。



机の引き出しをひっくり返しながら

ようやく見つけた付箋に手を伸ばす。



そしてそこに描かれた住所を

今度はリビングのPCの電源を入れて

住所を打ち込んで検索する。



そして今度は、その先。

アイツの自宅付近にある音楽教室を調べていく。





田辺音楽教室

ヤマハ音楽教室F店


うーん、長谷川ってどっちだ?

エレクトーンか?

ピアノか?





わかんねぇーぞ。




後は……大田?




なんだよ、ここは。


音楽教室って簡単に言っても何の楽器の教室か書いてねぇと

わかんねぇーって。





PCを見つめながら一人でブツブツ、

イライラしてると、玄関から母ちゃんが姿を見せる。





「秋弦、アンタ帰って来てたんだ」


「帰ってくるだろ。

 家なんだから」


「いやっ、そう言う意味じゃなくてさ。


 アンタ、奏音ちゃんが引っ越してから

 外で友達と過ごすこと多くなったからさ。


 景くんのところかなって思っただけだよ。


 今からご飯作るから」




母ちゃんはそう言うと台所に向かって、

椅子の背もたれにかけていたエプロンを身に着けた。




そんな母ちゃんを見送って、

音楽教室の名称をめもる。





アイツが通ってる教室を見つけて、

俺も追いかける。




隣の町なんて、チャリで行けば通える。



そうやって力説してまずは母ちゃんから説得する。

んで、次に親父だよな。



気合を入れて母ちゃんのいる台所へ向かう。





「あら、秋弦。

 お腹空いたの?


 ジュース、冷蔵庫にあるから」


「あっ、うん」





って俺、何やってんだよ。

別にジュース取りに来たわけじゃねぇだろ。





アイツを落としたいんだよ。



奏音を落としたくて、エレクトーン始めたのに

アイツが居なくなってどうすんだよ。




そうだろ。




俺がとる道はアイツの音楽教室に俺も辿りつくことなんだからな。





「ほらっ、スプライト」




トンとグラスに注がれた炭酸が目の前に置かれる。



そのコップを掴み取ってゴクゴクと飲み干すと、

そのままテーブルの上へと置いた。





「って、アンタどうしたの?」





母ちゃんは、心配そうに俺を見つめる。





「別に何でもねぇって。


 ってか、どうして父ちゃんは

 奏音の親父さんと一緒に転勤にならなかったんだよ」




ふえっ?



いやっ、マテ。

俺が言わなきゃいけないのはそれじゃなくて。




ようやくの思いで紡げた言葉は、

俺の本音ではあるけど、俺が言ったって、

どうにかなるものでもないんだけどな。





「何、バカなこと言ってるの。

 父ちゃんも頑張ってくれてるんだよ。


 お前が学校に行けるのも、

 奏音ちゃんを追いかけてエレクトーンが習えてたのも」


「知ってるよ。

 皆、父ちゃんのおかげ……だろ。


 耳タコレベルで聞かされてるから、

 ちゃんと知ってる。

 

 感謝はしてる。


 けど……母ちゃん、俺……奏音が居ないとダメなんだよ。

 アイツが居ない音楽教室は退屈だし、やっぱり視線が気になるんだ」





周囲の視線。




ピアノにしても、エレクトーンにしても女がやる習い事だって

思ってる存在は世の中には多い。



めちゃくちゃ演奏できるように、

それで食べて行けるようになってこそ、

世界に受け入れられるけど最初の頃なんて散々だ。




奏音は俺の演奏にはダメ出しばっか。



奏音以外の女子生徒には『秋弦君凄い』なんて言われて

悪い気はしなかったけど、男子生徒なんてポロッくそ。



『女みたいで気持ちわりぃ』なんて言われて

何度も何度も笑いものにされた。





笑いものにされるなんて面白くねぇけど、

それでも続けられたのは不純でもなんでも奏音を落とすって

動機があったから。、





アイツは……

近くて遠いプリンセスなんだ。




今も昔も……。






「わかった。


 行きたいんだろう?

 奏音ちゃんの教室に。


 いいよっ、母ちゃんが今度電話して

 直接、直海なおみさんに聞いとくよ」





母ちゃんはそう言うと晩御飯づくりに戻った。





俺は一ヶ月とちょいぶりに

リビングに置いてあるエレクトーンの電源をONにする。




太陽が照りつける八月。



アイツが引っ越して以来、

俺に触られることのなかった相棒。




アイツの家にあった奴よりも

下のグレードの俺の相棒。




それでも俺には充分すぎる奴だった。




最近のアーティストの有名曲から一曲選んだ楽譜を手にして、

フロッピーからデーターを読み込ませる。





メモリ1を押して、レジストを開いて、

そのままカスタムプレイ。




カウントが始まってすぐにリズム隊が入る。



右手のメロディー。

左手のコード。


コードを基準にした足のベース音。




失敗したら、リズムを止めて

また最初から演奏してみる。





1ヶ月以上も、サボってたら

動かないか。




奏音にしばかれるな。





そんなことを想いながら、

晩御飯のその時まで、

エレクトーンと向き合い続ける。




晩御飯の後、洗い物を終えて

母ちゃんは、携帯電話で何処かへ電話をした。




『直海ちゃん、そっちの暮らしはどう?』





そんな会話から、

相手が奏音ちの小母さんだってことは

すぐにわかった。






『そう。

 奏音ちゃん、あのフミヤ君に……』





あのフミヤって、

あの……例のアイツか?




アイツが今、奏音の傍に居やがるのか?




心中穏やかじゃない雲行に

不安を走らせながら、

母ちゃんたちの会話に耳を澄ます。






『そうかい。

 大田音楽教室ね。


悪いけど、うちのバカ息子も行くと思うから

 また頼むわ』





そんな会話をしながら、

母ちゃんは、奏音の小母さんと会話を終えた。





大田音楽教室。

さっき調べた中に入ってた名前じゃん。


しかも俺、あやうくスルーしそうになってた教室だよ。



そんなことを想いながら俺は晩御飯の後も対して頭には入ってこない

エレクトーンのデーターと睨めっこしてた。








近くて遠いプリンセス。


奏音。






待ってろよ。




俺は簡単に、

お前を諦めるなんてしないから。 




絶対、振り向かせてやるから。



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