美甘舞亜のむつかしー話

遅くなりました。すみません

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(美甘舞亜)


 軽音楽部の練習が終わり、一人帰宅。


 五月。夏の香りがし始めた夕暮れ。

 薄暗い通学路をのろのろと歩く。

 じっとりとした気候に汗ばむが、何となくの哀愁があって暑くはなかった。


 たったの一ヶ月。

 入学してからそれくらいだというのに、濃密な時間を過ごした。

 朝学校に行けば一緒に話せる男子がいて、それが好きな人で、笑顔を見せてくれたり、時折甘いやりとりだってする。

 恋焦がれ、思い悩み、バカみたいな青春だってした。

 本当に夢みたいな一ヶ月だった。


 世の女子の夢を叶えたといっても過言ではない。

 振り返ってみると、とても充実した日々を送っていたのではなかろうかと思う。


 だからこれ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。


「はあぁ……」


 つい出た、ため息。

 しょーみ、ねえ……?


 なーくんは格好いい。

 それが更に格好良くなろうとしている。


 心臓は痛いこと間違いなし。

 ずっとずっと好きになること間違いなし。


 だからこそ嫉妬してしまう。

 きっと今より素敵な男子になって、女の子からめちゃくちゃモテる。

 なーくんがそうなるように背を押したのは私なのに、素敵になった彼を横から掻っ攫われてしまうかもしれない。


「あー。やだやだやだやだ〜」


 イヤな未来も、こんなこと考える自分もイヤだ。


 だけど現実。なーくんが自分で納得出来るようになるまで、もしくは半年後まで、恋愛は一歩も進まない。

 恋人になることも、好きになってもらうことも、距離が縮まることもない。

 よーいどんのスタートまで、私はただ日に日に格好良くなる姿に胸を焦がし、ずっとドギマギして過ごすだけ。


 そんな日常は悪くはない。

 どころか少女漫画の世界の話で、誰もが羨む生活だ。

 ラノベでもないようなコテコテの設定で、きっと夢だ、と一笑にふされるくらいの話だ。


 この半年の間は誰にもなーくんをとられる心配もないし、これ以上は高望み……なのはわかってるんだけどなあ。


「何かしないと」


 と漠然とした危機感に煽られる。

 けれど、実際何していいのかわからない。


 元より、なーくんは高嶺の花だ。

 それが今、さらに高いところで咲き誇ろうとしている。


 この期間、私も研鑽に励み、隣に並べるようになろうだとか、選んでもらえるくらいの女になろうだとか、色々考えたのだけれど、現実的ではない。


 容姿、家柄、才能。

 生まれ落ちた時にはある程度決まっているし、私は努力して負けた敗者側。

 挙げた三つにはそれなりに自信があるけれど。とても、なーくんに釣り合う女になれるとは思わない。


 今からいくら努力したところでサッカー選手になれないのと一緒。

 努力した姿を見てくれ、そこを好きになってくれ、だなんて烏滸がましいことも言うつもりはないし、それで付き合えたところでお情けだ。


 まあ、お情けなら縋るんだけど……。


「はああ。我ながらちっささが情けない……」


 でもそれくらい好きなのだから仕方ない。

 あー好き。なーくんのことが好き。

 ふと心の中で呟くだけで、とくんとくんと甘い音がなる。

 笑顔が見たくて、触れたくて、音も温度も匂いも感じたくて苦しい。

 ほんとのほんとに、どうしようもなく好き。


 好きになってくれないかなー。

 そしたら、それ以外なんにもいらないのに。


 切なさに胸が苦しい。


 諦めてしまえば楽なのだろうけど、それはしないと決めた。

 全力で恋をすると決めた。

 苦しいとわかっていながらも恋をすると決めた。


 だから泣き言を言うつもりはないのだけど、漏れてしまうのが情けない。


「はあ」


 あー。何をすればいいんだろうか。


 アピール? いやでも、半年後まではノーカウント。それまでなーくんは恋愛に勘定しないだろう。


 あれやこれや、と考えるが宙に浮いては消えていく。

 芸能人より付き合うのは難しそうだと困り果てる。


 本当、何していいかわからない。だけど何かしないと追う背すら見えなくなる。

 私の恋は確実に失恋に終わる。


 本気で恋するって辛いなぁ、ほんと。


「……よし」


 パンと、自分の両頬を挟む。

 夕暮れにやられてセンチメンタルな自分に鞭を打った。


 うじうじしてても仕方ない。

 何をどうすればいいかわからなくても、やるしかないのだ。

 好きで大好きで、恋人になりたくて仕方がないのだから。


 何がしたいわけでも、何をすべきかもわからないのに、ただ何かしようと急かされ、私は走って家に帰った。

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