美甘舞亜の答え4
何もかもを吐き出して、深い穴に埋め立てた。
もう捨てきった。万事尽くした。
だけど火種は燻っていた。
瞼を閉じて眠りにつこうとしたときに、つい想起されてしまうとダメだった。
好きで、好きで、たまらなく愛おしい。
苦しくて、もどかしくて、熱っぽくって切ない。
そんな感情はとめどなく胸の内を暴れ回り、消えかけた灯火を業火に変えてしまった。
だから翌朝には我慢できず掘り返した。
深い穴に閉じ込めたところで無駄だった。
私にとっての、宝物はどうしようと輝きを失わなかった。
***
「ちーっす、先輩」
「おう、舞亜。今日も今日とて無駄に可愛いな」
「先輩、話があります」
「話って、何?」
「急遽、ライブしたいんで死ぬ気で練習してもらえませんか?」
***
ニュースを見た。
意中の男性宅に押しかけた女性が逮捕されたというニュース。
ロックが万全で事なきを得たらしいけれど、一歩間違えば大惨事だったらしい。
勿論犯罪で、許されべきではない行為。
男性に望まれないことを強硬する最低で卑劣な行為だ。
なーくんの為には恋情は捨てる方が正しい。
なのに捨てられず、迷惑をかけようとしている。
感情を抑え切れない犯罪者と、感情を捨て切れない私、何が違うのだろうか。
***
「なーくん、あのさ」
「何? 舞亜ちゃん?」
「今週の土曜日って空いてる?」
「うん。部活もないし、一日暇だけど?」
「だったらなんだけど、あのさ……」
「うん」
「ライブするから見に来てくれないかな?」
***
あの昼休みから、なーくんはいつも通りだ。
だけど一人でいるときは常に何か考えている物憂げな顔をしている。
きっと、告白の返事と自分の行動について考えているのだろう。
私はなーくんの友達でいるから今まで通りにしていても平気だよ、なんてことを今すぐにでも伝えるべき。
ただでさえ悩んでいるのに、さらに私から好意を寄せられたら困るに決まっている。
困るとわかっているのに、気持ちを抑えないのは犯罪者と変わらない。
だから身を引くのが正しい。
皆、そう考えて身を引く。
正しい。あまりに正しい選択。
でも、正しいだけでは何も掴み取れないのもまた正しいのだ。
***
練習で一曲歌い終える。
「……凄い」
「そうですか、先輩?」
「う、うん。何というか、熱がこもっているというか」
「あはは。まあ、ピアノをやってたときは毎日こんな感じでしたよ」
「そ、そうなんだ」
「本気すぎて、引きました?」
「……いや。美甘の本気が見れて嬉しい。いつも飄々とした感じだったから」
「そうですかね」
「うん。私も頑張ろうと思えるよ! よーし! やる気出てきた! 残り短いけど全力全開でやるぞ!!」
……そうなんだ。
私の本気には人を動かす力があるんだ。
本気になるのも悪くないかもしれない、そう思って過去の自分の努力が褒められたような気がした。
才能ある人たちに歯が立たなかったけれど、努力していた私は誰かに力を与えていたのかもしれない、そんなふうに思う。
あー、好きだな、やっぱり。
本気になる機会をくれたなーくんのおかげで、トラウマを少し克服できた。
なんて結びつけて胸がときめくあたり、やはり私はどうしようもない。
うん、どうしようもないんだ、これは。
恋してるんだから。
「先輩」
「何、美甘」
「ピアノをやってた時は毎日こんな感じって言いましたけど、嘘つきました」
今の方が間違いなく本気だった。
***
小さいライブハウス。
先輩の親が経営しているところで、午後からバンドが入る前に使わせてもらった。
バリバリと響く音が気持ちいい。
音に乗せて、思いっきり歌う。
いつもより妙に爽快で、頭の中はスッキリとしていた。
メンバーは、先輩+もう二人の先輩+私。
客は先輩の友達と好きな人が来る予定。
とくんとくんと胸が鳴る。
リハーサルを終え、控室で、胸を押さえる。
緊張してきた。
かつてないくらい緊張している。
だけど嫌ではない。
今すぐにでも走り出したくなる高揚感、武者震いというやつまである。
目を閉じて、興奮する自分を落ち着ける。
今日私はなーくんに伝える。
私の答えを思いっきりぶつける。
それは正しくない。
自分の都合で人に迷惑をかける醜い行為だ。
だけどそうしてでも手に入れたいのだ。
苦しくて熱くて切ない疼きを見て見ぬフリなんて出来っこなかった。
好きで、好きで、大好きでどうしようもない感情に抗うことなんて出来ない。
そんな私を犯罪者と同じだと思う人もいるだろうけど、私は違うと言える。
なぜなら犯罪は犯していないから。
それだけ。たったのそれだけしか違いがない。
精一杯好きな人のことを思いやり、それでもなお恋情に抗い切れず、犯罪にならないよう必死で押しとどめた結果、犯罪者にならなかっただけでしかない。
……本当に私ってやつは。
こんなやつに好意を寄せられて、なーくんも迷惑で仕方ないだろうな。
でも迷惑かけないようにって必死に努力した末の結論だから、どうにか許してほしい。いや、裁いてくれたって全然良い。ただ聞くだけ聞いてくれれば嬉しい。
「出番です!」
声がかかって深呼吸を一つ。
先輩たちの後ろにつづき、ステージの上へと上がった。
——————————————————————————————————————
また近況ノートにてご報告があります。
鬱陶しくて申し訳ございませんが、見てくだされば非常に嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます