三浦千秋は……①


 テニス部の活動が終わり、俺は千秋さんと帰り道をともにしていた。


「今日も楽しかったなあ」


 冥色の空に輝く金星を見上げながらそう呟く。


 やはり運動はいい。

 この世界の娯楽は殆ど女性向け。

 男性向けのものは感性が合わなくてすぐ離脱してしまうのだ。


「うん。一年生は筋トレとボール拾いが定番なのに、テニス部は緩いから練習させてくれるの嬉しいよね」


 千秋さんはそう言って笑った。

 そこに初日にあったような緊張感はなくて、部活動を通してかなり打ち解けたように思う。


「千秋さんも俺に慣れちゃったね」


「そ、そう?」


「うん。最初に会った日は挙動不審だったのに、どこか寂しい」


「ええ!?」


「あはっ、冗談。ちゃんと仲良くなれたの実感して、浮かれて変なこと言った」


「っ! ああもう、凪くんは……」


 千秋さんは頬を赤らめたあと、嬉しさを噛み締めるように笑った。

 その笑顔には心を絆す和らぎがあって、俺も浮かれてしまう。


 駅へ向かう帰り道は街灯がキラキラと眩しい。

 道路を行き交う車の音も悪くない。

 夕の涼しい気候は心地いい。


 部活終わりの下校に趣を感じる。

 何でもない帰り道だけど、縁日の夜のような浮遊感がある。

 隣に千秋さんという同級生の美少女がいるから特別に感じるのかもしれない。


「凪くんはテニス上手くなってきた?」


「バックハンドはまだ難しい。今度先輩に握りとかフォームとか教えてもらおうかな」


「だ、ダメダメ。まだ皆、ようやく凪くんに接せるようになったところだから、そんなの死んじゃうよ!」


「そんな馬鹿な」


「割と本気だよ!」


「じゃあ千秋さんが教えてくれる? 部内で一番仲良いし」


 そう言うと、千秋さんは顔を真っ赤に染めた。


「へ!? あ、あうぅ……。う、嬉しいけど、下手だから教えられないし……」


「それもそうだね」


「ひどい!」


 軽口を交わして、笑い合う。


 本当に千秋さんとは仲良くなったなあ。


 実感して、今結構幸せなのかも、と思う。


 普通に教室では話せる友達がいて、部活に行けば千秋さんがいる。

 クラス外の子や部活メンバーの他の子とも徐々に打ち解けてきた。


 ありふれた日常だけれど、きっとこれが理想の青春ってやつなのかもしれない。


 うん。このまま行けば、フォークダンスに誘っても嫌な顔されないかもしれない。

 いやむしろ、誘ってくれるかもしれない。

 人の青春を奪うどころか、二人で青春を満喫することができるかもしれない。


 ——ぐ〜。


 お腹の鳴る音が聞こえた。

 俺ではなく、千秋さんの方から。


「な、凪くん」


「ファミレスとか寄ってく? お腹空いたし、ポテトでもつまんでこうよ」


「……うん。本当に凪くんは」


「凪くんは?」


「え!? えーと……」


 千秋さんは視線を彷徨わせたのち、俺に真剣な眼差しを向けてくる。


 その瞳には強い意志を感じる輝きがあり、飲み込まれてしまいそうなほど綺麗だった。


「な、なんでもないよ!」


 だが千秋さんは視線をまた彷徨わせて続けた。


「じゃあファミレスに行こう!」


 せかせかと歩く千秋さんを追って隣に並び、そして辿り着いたファミレスの扉を開いた。

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